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臨床研究
ライフ・プランニング・センターにおける『新老人』の身体的な健康特性に関する検討*1
道場信孝*2 佐藤淳子*3 平野真澄*4 石清水由紀子*5 鶴若麻里*6 松原博義*7 日野原重明*8
 
はじめに
 
 Successful agingは, 自立し, そして, 社会的な交流を維持しながら生活している状態と定義されている1)。自立するためには疾病を防ぎ, 心身の機能を高く保つことが必要である。2000年9月に共研者日野原によって提唱された『新老人運動』は, その後この老人の新しい生き方が全国的な共感を呼び, 飛躍的な展開をみせている。その目的とする行動目標はすでに述べたが2), その中の主要な課題の一つが『社会健康疫学研究』であり, そこでは新しい老人の生き方や健康像を明らかにするとともに, 予後の予測因子を身体, 心理, 社会的な面からに統合的に評価する試みがなされている。この集団の中で, 上記の趣旨に賛同する会員が, ヘルス・リサーチ・ボランティア(HRV)として登録し, 諸種の調査研究に被験者として同意書を提出の上参加しており, その生活習慣上の活動的な行動の特性についてはすでに報告した2)
 今回は, これまでに基礎調査を終えた163例のHRVについて面接調査による情報をもとに身体的健康状態の特性を明らかにするために, 併存する健康障害状態(co-morbidity)と, すでに示されている厚生労働省健康局の報告になる第5次循環器疾患基礎調査(平成12年)の成績との対比で検討したので報告する3)
 
対象と方法
 
1. 対象
 新老人の会員の中で, 社会健康疫学研究にボランティアとして参加することを希望した対象者より文書によるインフォームド・コンセントを得た後, 所定の問診票にしたがって看護師が直接面接して調査した。今回の検討は, 2003年5月末までに本調査を受けた163例(HRV群:男性86例, 平均年齢77.6±5.0歳;女性77例, 平均年齢76.6±3.6歳)のデータについて行った。本研究の対照群は平成12年11月1日から11月30日の間に行われた第5次循環器疾患基礎調査の中で, 70歳以上の対象者1,531例(GN群:男性635例, 女性896例)とし, 比較の対象項目は, (1)既往歴, (2)身体測定(BMI, 血圧, 総コレステロール), (3)生活習慣(喫煙)とした。肥満, 高コレステロール血症, 高血圧の判定の基準は, すべて当該調査に示されている方法に準じて行った3)
 
2. 方法
1)問診票は, 米国のDepartment of Health & Human Serviceが1995年に示した老人施設入居の際に行われる評価マニュアルの中から4), 外来受診者用に適切と考えられる最小必要限の医療情報が簡潔に得られるよう項目を選んで構造化したものを用いた。その主要な内容は, (1)生活状態の基礎情報, (2)生活の全体情報, そして, (3)問題点のまとめからなるが, (1)については, 一日の生活状況(就寝時間, 昼寝, 趣味, テレビ, 喫煙など), 食事の状態, コミュニケーション(家族・友人, ペット, グループ活動への参加など), (2)については, 生活背景, 記憶の状態, 聴力・視力の状態, 気分と行動のパターン(愁訴, 睡眠, ひきこもりなど), 心理・社会的な活動度, 身体機能(IADL, バランス, 体幹・四肢の可動閾の制限, 尿失禁など), 疾病状況(システム・レビュー), 全般的健康状態(問題となる健康状態, 疼痛, 事故), 口腔/栄養状態, 歯の問題, 皮膚の状態, 服薬状況, そして, 日常生活における活動状況について情報を得た。(3)ではこれらの問題を医学的, 心理・社会的問題にまとめてプロブレム・リストを作成した。
2)身体情報としては午後1−3時の受診時に, 身体計測(身長, 体重, BMI, 上腕周長, 上腿周長, 下腿周長, 上腕皮脂厚), 筋力評価(握力, 上腕二頭筋, 上腕三頭筋, 大腿四頭筋, 腓腹筋), 歩行速度(5m歩行速度), 自律神経機能(対光反射:瞳孔反応諸パラメーター), 重心動揺検査, 脈波速度:脈波速度, ABI(下肢/上肢血圧比), 安静時代謝率測定, 聴力検査(1000, 4000Hz), 骨量測定(腰椎骨密度), 血液検査(ヘモグロビン, 白血球数, リンパ球数, 血液像, 総コレステロール, クレアチニン, 尿素窒素, Na, K, 総蛋白, アルブミン, 黄体化ホルモン, コルチソール, 遊離テストステロン, デヒドロエピアンドロステロンサルフェイト, IL-6, 浸透圧), 尿検査(定性), そして, 遺伝子解析のための採血を行った(約30ml)。
3)データの解析:すべての情報は数値化してDr.SPSS II(Windows)プログラムヘ入力し, 解析の対象とした。nonparametricな比較の有意検定はX2法によって行い, また, 対応ある平均値の比較にはStudent t法を用いた。p<0.05以上を有意差の限界とした。
 
結果
 
1. 脳卒中の既往歴(表1)
 脳卒中の既往は男女ともGN群よりHRV群で有意に低かった。HRV群内では男女間に有意差が見られないが, GN群では女性より男性で有意に高かった。
 
2. 心筋梗塞の既往歴(表2)
 心筋梗塞の既往は男性に関してHRV群よりGN群で有意に高かった。女性では両群間に有意差を認めなかった。群内の比較において, HRV群では男女とも既往歴のあるものが存在しないので検定できないが, GN群では女性より男性で有意に高かった。
 
3. 狭心症の既往歴(表3)
 狭心症の既往は男性に関して両群間で有意差を認めなかったが, 女性ではGN群よりHRV群で有意に高かった。群内比較において, HRV群では女性で, また, GN群では男性で有意に高かった。
 
4. 高血糖の有無(表4)
 高血糖者は両性ともGN群よりHRV群で有意に少なかった。群内比較では両群とも性差を示さなかった。
 
表1 脳卒中の既往歴の比較
 
表2 心筋梗塞の既往の比較
 
表3 狭心症の既往の比較
 
表4 高血糖の有無の比較
 
表5 喫煙状況の比較
 
表6 実測値の比較
 
a. BMI
  男性 女性
HRV群 22.8±2.7 22.0±3.2
GN群 22.6±3.0 23.1±3.5
 
b. 収縮期圧(mmHg)
  男性 女性
HRV群 139.2±18.7 132.8±18.7
GN群 147.0±19.5 146.2±19.7
 
c. 拡張期圧(mmHg)
  男性 女性
HRV群 81.4±12.0 76.2±11.4
GN群 80.4±11.8 79.0±11.9
 
d. 総コレステロール(mg/dl)
  男性 女性
HRV群 208.6±29.3 227.7±28.9
GN群 190.1±33.3 211.6±33.5
 
表7 判定区分による比較
 
a. BMI: (1)<18.5 (2)18.5〜25(3)>25
 
b. 高血圧:(1)至適血圧(2)正常(3)正常高値(4)高血圧
 
c. 総コレステロール値:(1)<200mg/dl(2)220−240mg/dl(3)>240mg/dl
 
5. 喫煙の状況(表5)
 喫煙者は男性に関してGN群よりHRV群で有意に低かった。女性では両群間に有意差を認めなかった。喫煙歴は両群とも有意に男性で高かった。
 
6. BMI, 血圧, 総コレステロール値の比較(表6)
 群間の平均値の差に関する統計的検討はできなかったので, 数値のみ提示する。HRV群内の性差についてはt検定を行った。
 BMIは両群間で男女ともほぼ同等の値であり, また, 同様に各群内で男女とも同等の指数を示した。収縮期圧は男女ともGN群でHRV群より高い値を示したが, 両群とも性差は見られなかった(HRV群でns)。拡張期圧は男女とも両群でほぼ同等の値を示したが, HRV群では有意に男性が女性より高い値を示した(p<0.01)。総コレステロール値は男女ともHRV群がGN群より高い値を示し, HRV群では女性が男性より有意に高い値を示した(p<0.001)。
 
7. 判定区分による比較(表7)
1)BMIの判定は日本肥満学会が2000年に設定した基準に準じて行った:(1)低体重を18.5以下, (2)普通体重を18.5〜25, そして, (3)肥満を25以上とした。男女とも両群間で有意差がなく, また, 各群内で性差は認められなかった。
2)高血圧の判定基準は日本高血圧学会が2000年に作成した「高血圧治療ガイドライン2000年版」にしたがって, (1)至適血圧, (2)正常, (3)正常高値, そして, (4)高血圧とした。
 高血圧の有病率は両性ともGN群でHRVより有意に高かった。また, 群内比較ではHRV群で性差を認めなかったが, GN群では有病率が女性より男性で有意に高かった。
3)総コレステロール値の判定基準は, 日本動脈硬化学会が1997に作成した「高脂血症診療ガイドライン」にしたがって, (1)適性域を200mg/dl以下, (2)境界域を220−240mg/dl, そして, (3)高コレステロール血症を240mg/dl以上とした。高コレステロール血症は両性ともGN群よりHRV群で有病率が高く, また, いずれの群でも女性で男性より有病率が有意に高かった。
 
考案
 
 今日わが国は世界でも類を見ない高齢化社会を迎えているが, この状態にどう対応するかは医学的にも, また, 心理・社会的にも切迫した重要な課題となっている。望ましい高齢者のあり方としては, 米国におけるMacArthur研究などで示されるsuccessful agingの考え方が広く受け入れられているが5), そこでは老化の通念を打破すべき以下の6つの否定的見解が提示されている:(1)高齢者は病気がちだ, (2)新しい技術は若くなければ学べない, (3)今更始めても遅い, (4)遺伝的なものだから変えられない, (5)明かりはつくが電圧は低い, (6)高齢者は社会のお荷物だ。
 共研者日野原はわが国独自の文化的背景に基づいて, 新しい世紀の老人の生き方をより挑戦的で生産的なものにするための社会的提案として2000年9月に新老人運動を立ち上げた。その目的や賛同する会員の行動様式の特性に関してはすでに報告されているが2), 今回は, 身体的な健康状態の特性を第5次循環器疾患基礎調査のデータとの対比で検討した。
 循環器疾患基礎調査は, 1961年から10年ごとに当時の厚生省が循環器病の実態を把握するために始めた事業であり, 2000年11月には厚生労働省が第5次の調査を行って, その結果が2002年4月に第5次循環器疾患基礎調査報告(平成12年)として公開された3)。この調査は平成12年国民生活基礎調査により設定された単位区から層別化無作為抽出により抽出された300単位区のうち, 諸種の理由により国民栄養調査が実施されなかった3単位区を除く297単位区を調査地区に指定して行われたもので, その対象群はわが国の平均的な健康状態を知るには最も適した集団であると考えられる。今回はこれらの調査の中から脳卒中, 心筋梗塞, 狭心症, 高血圧, 高脂血, 喫煙についての実態を比較の対象とした。
 脳卒中と心筋梗塞の既往は, 男性に関してGN群でHRV群より有意に高く, 女性では有意差が見られなかった。いずれの既往もHRV群で性差はないが, GN群では男性で有意に高かった。脳血管障害といっても重症度はさまざまであり, GN群の実態は不明であるが, HRV群ではほとんどが一過性脳虚血であって実生活には何ら障害がない状態であった。当然のことながら, HRV群は高齢でありながら自立して社会的交流を維持しているので, 脳血管障害や心筋梗塞はそのような生活態様にとって制約要因となることが示唆される。
 狭心症の既往は, 男性に関してGN群でHRV群より有意に高く, 女性ではHRV群でGN群より高かった。また, HRV群では男性より女性で高く, GN群では女性より男性で高かった。狭心症の診断は医学的にも問題が多く, かつ受診者の申告のみでは信頼性に欠けるので, この結果の意味取りは保留にしたい。
 高血糖は男女ともGN群でHRV群より有意に頻度が高く, また, 群内比較では両群とも性差を示さなかった。循環器疾患基礎調査では随時血糖値が調べられているが, HRVに関してはヘモグロビンAlcの値であり, 直接比較することはできないが, 前者では140mg/dl以上が16.5%であるのに対して, 後者では11.5%であったことより, GN群よりHRV群で高血糖者が比較的少ないものと推測される。
 喫煙率は, 男性に関してHRV群よりGN群で有意に高く, 女性では両群間に有意差を認めなかった。群内比較では両群とも女性より男性で有意に高かった。喫煙率は中高年以上では男性が絶対的に高いので当然の結果ではあるが, HRV群の喫煙率が著しく低いことはこの群にきわめて特徴的な生活行動パターンであると考えられる。
 肥満に関しては群間, 群内とも有意差が見られなかったが, いずれの群も男女で平均値が正常範囲にあったことは興味深い。
 高血圧は両性ともHRV群よりGN群で罹病率が有意に高く, HRV群には性差が見られなかったが, GN群では女性より男性で有意に罹病率が高かった。実測値においても, 収縮期圧がGN群で明らかに高いこともHRV群の健康特性の一つと考えられる。
 高コレステロール血症は男女ともGNよりHRV群で有意に頻度が高く, また群内比較では, 両群とも男性より女性で有意に多く見られたことは, この年代における高コレステロール血症が健康障害要因ではない可能性を示唆するものと思われる。
 高齢世代における生活の満足度は種々の方法で評価されるが, Vaillant(2000)はHarvard cohort(75−80歳)における長期経過観察の結果から, 高齢期における生活の満足度を50歳の時点で予測する因子として以下の8要因を挙げている:(1)結婚, (2)収入を伴う仕事, (3)子供, 友人, および, 社会的接触, (4)趣味, (5)地域における奉仕活動, (6)宗教, (7)スポーツ, (8)レクリエーション6)。Happy-Wellは最も好ましいQOLの状態であって, 上記8マーカーのうち2つできわめて満足できる状態をさし, 他方, Sad-Sickはその対局にあるQOLの低い状態で, Happy-Wellの基準を満たさないものとしている。そして, Happy-Wellの予測にならない要因としては, 長寿の家系, 血清コレステロール値, ストレス, 両親の性格と行動パターン, 幼年期の性格と行動パターン, そして, 青壮年期の社会生活における適応能力が挙げられ, また, 予測に有用な要因としては, 非喫煙者, あるいは, 50歳以前に禁煙した者, 成熟した社会適応, 非アルコール依存, 適正体重, 安定した結婚生活, 運動習慣, 教育年限などであり, これらがいわゆる生活習慣病を特徴づける要因であることは興味深い。新老人ではHappy-Wellの状態にあり, 非喫煙, 適性体重, 運動習慣などは高いQOLを裏付けるものであるし, さらに今回の調査でも明らかなように, 重症な併存病がきわめて少ないことはsuccessful agingに合致する身体特性であると考えられる。
 
まとめ
 
 HRV群の健康状態を第5次循環器疾患基礎調査の対象群(70歳以上)と比較した。その結果HRV群では, (1)男女とも脳卒中, 心筋梗塞が少なく, (2)女性では相対的に狭心症の頻度が高かった。また, (3)高血圧, 高血糖, 喫煙が有意に少なかったが, (4)高コレステロール血症が男女とも有意に多くみられた。したがって, HRV群は一般の高齢群より総じて有病率が低いと結論される。
 

*1 Studies on the Physical Health Characteristics of New Elder Citizens at the Life Planning Center
*2 ライフ・プランニング・センター研究教育顧問
*3 ライフ・プランニング・センタークリニック副所長
*4 ライフ・プランニング・センター健康教育サービスセンター副所長
*5 ライフ・プランニング・センター健康教育サービスセンター所長
*6 早稲田大学大学院人間科学研究科(現所属早稲田大学人間総合研究センター)
*7 ライフ・プランニング・センター新老人事業部
*8 ライフ・プランニング・センター理事長
 
文献
1)Avlund K, Holstein BE, Mortensen EL et al: Active life in old age. Combining measures of functional ability and social participation. Dan Med Bull 1999; 46: 345-349.
Studies on behavioral characteristics of new elderly citizenship assessed with LPC life habit inventory.
2)道場信孝, 佐伯圭一郎, 西山悦子他:LPC式生活習慣検査による『新老人』の行動特性に関する研究. 日本医事新報(投稿中).
3)厚生労働省健康局:第5次循環器疾患基礎調査報告(平成12年), 2002.
4)Health Care Financing Administration: Long term care resident assessment instrument user's manual. Version 2.0, 1995.
5)Rowe JW & Kahn RL: Successful aging. 1998, New York, Pantheon Books.
6)Vaillant GE: Aging well. 2002, Boston, Little Brown.







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