臨床研究
高齢者の生きがいに関する研究
Spiritual Well-beingの視点から*1
鶴若麻理*2 岡安大仁*3
要約
1971年の高齢者に関するホワイトハウス会議ではSpiritual Well-beingに関する議論がなされ, それが契機となり, Spiritual Well-beingは, 神, 自己, コミュニティ, 環境との関係性の中での人生の肯定であると定義された。そこで本稿では, このSpiritual Well-beingをめぐる議論や定義をふまえ, インタビュー調査を中心に, 高齢者の生きがいについて検討することを目的とした。インタビュー調査からは, 多くの人々が, 生きがいに関わるものとして, 他者と社会とのつながりを語り, さらに他者, 社会などとの関係性の中で, 人生を肯定する傾向が見られた。高齢者の生きがいに関して, その人が属する社会や他者との関係性において, 人生をどのように捉えているのか, いわばSpiritual Well-beingという視点から, 高齢者の生きがいについて検討していくことの重要性および生きがいとSpiritual Well-beingの概念との近似が示唆された。
本稿の目的
世界保健機関(WHO)の本会議での議論はまだなされていないが, 1998年のWHO執行理事会において, 従来の「健康」の定義に含まれていた「Physical, Mental and Social Well-being」という3つの要素にSpiritual Well-being1)という側面を付け加える提案がなされたことにより2), 医療, 看護のみならず, 様々な分野で健康人のSpiritualの側面への関心が高まっている。わが国においては, ターミナルケアを中心に末期がん患者のSpirituality3)やそれらへの具体的な対応について検討がなされてきたが4), その一方, 健康人のSpiritualの側面への議論についてはあまり行われていないのが現状である。
アメリカでは, 1971年の高齢者に関するホワイトハウス会議において, Spiritual Well-beingに関する部門が設けられ議論がなされている5)。それらを受けて1975年にはSpiritual Well-beingの定義が作成された6)。
そこで本稿では, 高齢者に関するホワイトハウス会議でのSpiritual Well-beingをめぐる議論をふまえ, 「新老人の会」7)(日野原重明会長)に所属している高齢者8名と, 「特別養護老人ホーム」入所者6名, 「特定有料老人ホーム」入居者7名に対する, 生きがいに関する個別インタビュー調査を通して, 高齢者の生きがいについて, わが国の現状ともあわせて捉えてみることを目的とした。
高齢者に関するホワイトハウス会議でのSpiritual Well-beingをめぐる議論
アメリカでは, 高齢者の人口増加に伴い生じる様々な課題に取り組むために, 1961年から約10年ごとに高齢者に関するホワイトハウス会議が行われている。この会議では, メディケアやメディケイドをはじめとし, 社会保障制度の改革, 高齢者のための住宅, 職業, 交通などのサービスを充実させる契機を作り出した8)。
1961年の会議では, 「宗教とエイジング(Religion and Aging)」部門が設けられ, 高齢者の宗教的なニーズを満たすための教会の果たすべき役割について焦点があてられていた9-10)。1971年の会議では, 宗教的な組織に属さず, また何らかの宗教的実践を行っていなくても, すべての人はSpiritualの存在であるという立場から議論が進められた11)。特筆すべきは, 1961年とは異なり, 高齢者のSpiritual Well-beingに関して, 宗教的団体の果たす役割のみならず, 公的なセクターへの責任が言及されたことである12)。高齢者への公共政策においてSpiritual Well-beingは重要な要素であるとの見解が示されたといえる。
これらの議論の産物として, 1972年に高齢者に関する全米宗教間相互協力委員会(National Interfaith Coalition on Aging: 以下NICAとする)が組織され, 1975年にSpiritual Well-beingの定義が作成された13)。NICAは, 高齢者に関する国家評議会(National Council on Aging)に属し, あらゆる信仰をもつ組織や個人で構成され, 高齢者とSpiritualityとのかかわり合いを研究し, 実践的なガイドラインを提供することを目的としている。様々な文化に適用することができるように, NICAは下記のSpiritual Well-beingの定義を作成した。
Spiritual well-being is the affirmation of life in a relationship with God, self, community, and environment that nurtures and celebrates wholeness(National Interfaith Coalition on Aging, 1975)14)
NICAによれば, Spiritual Well-beingは, 神, 自己, コミュニティ, 環境との関係性の中での人生の肯定であり, それらは全体性を育み, 心から享受されるものである。Spiritual Well-beingというのは, 単に人生の一側面ではなく, 人生全体に行き渡り, 意味を与え, 全体性を指し示している。つまり, 身体的, 心理的, 社会的な健康と同等ではなく, むしろ, たとえどんな否定的な状況にも関わらず, イエスと言うことができる, そういう人生の肯定なのである。しかし現実をあえて無視した, 楽観主義というのではない。
また1981年, 1995年の会議においては, Spiritual Well-beingに関する部門のタイトルに, 「Ethics」「Values」という言葉が加わり15-16), 人間の尊厳や価値, いのちの終わりをめぐる意思決定などの倫理的問題まで含めた議論が行われた。
1971年の会議では, 1961年に引き続いての「宗教とエイジング」ではなく, Spiritual Well-beingという新しい部門が設定された。その理由について公式な見解は出されていないが, Spiritualという言葉は宗教や教会を直接意味するものではなく, より中立的な意味合いをもつことから使用されたと推測されている17)。このSpiritual Well-beingに関する議論の背景には, アメリカ社会における国家と教会の分離という問題が深く関係していることは押さえておく必要がある。
生きがいについて
生きがいという言葉は, わが国固有のものであると, 神谷18)などにより示されており, 一見すると生きがいというのは日本的問題であるかのようにみえるが, 生きがいとは生きていくことを問うこと, また人生の意味や目的をもたらすものと考えれば, 文化を超え, 世界中の人々の中に存在すると考えられる。生きがいという言葉そのものは日本独特のものであるとしても, 概念としての生きがいは, わが国だけに留まることはないであろう。
生きがいの最も基本的な部分は, 自分が生存することの充実感, 生きている喜びである。それは, 単に個人的快楽や欲求が満たされるというような心理的満足のみによっては説明され得ない, むしろその人が自分の人生をどのように考えているのかということと大きく関連してくる。高齢者能力開発研究会による「高齢者の生きがいに関する国際比較調査」によれば, 様々な国の高齢者に生きがい, またはそれに相応する事柄を語ってもらった時, 具体的には個人と社会とのつながり, 接点について語っていたという19)。生きがいというのは, 自分の属する社会において, 他者とのかかわり合いの中で, 個人が人生の意味を追求していくということにほかならないということであろう。
対象および方法
対象は, 「新老人の会」に所属する高齢者8名(男女各4名, 平均年齢78歳), 「特定有料老人ホーム」に入居する高齢者7名(男性1名, 女性6名, 平均年齢78歳), 「特別養護老人ホーム」に入所する高齢者6名(すべて女性, 平均年齢89歳)である。「新老人の会」では事務局の手伝いや会員へのパソコンを教えるボランティアなど, 「特定有料老人ホーム」では園芸クラブのお茶会への定期的参加, 「特別養護老人ホーム」ではクラブ活動のお手伝い, ボランティア活動を通して, 了承を得られた高齢者に協力を得た。
方法は, 「新老人の会」と「特定有料老人ホーム」の対象者に関しては, ヴィクトール・フランクルの考えに基づいて考案されたPILテスト日本版(Purpose in Life Test)を使用し, さらに個別のインタビュー調査を1時間程度行った。PILテストは, 「生きがいテスト」ともいわれるが, 人々の生きがい, 人生の意味や目的の経験の諸相を描いてみようとするもので, 本研究にとって有効であると思われる。ただし, 「特別養護老人ホーム」対象者は, 質問紙を記述することが難しく, また長時間の連続した聞きとりは困難な人も含まれたため, 実際どのように人生の意味や目的をもっているのかという情報が得られる, PILテストのパートB, Cの部分を, 聞きとる形式で行った。さらに, それを補足するために, 何日にも分けて個別に聞き取りを行った。
結果
まず, PILテストの結果であるが, 「新老人の会」会員はパートAの平均得点が118点, パートB, Cの平均得点が64点, 「特定有料老人ホーム」入居者はパートAの平均得点が107点, パートB, Cの平均得点が60点であった。PILテストの判定基準と比較すると, これらの結果はいずれも高得点であった20)。本研究の対象高齢者の高得点は, 学歴水準も高く, 健康に恵まれた人が多いことも, 一因ではないか推測された。
次に, PILテストパートB, Cと個別のインタビュー調査をもとに, 対象者が日々どのようなことに生きがいを見出しているのかを, PILテストのカテゴリを参照しながら, (1)欲求・願望・未来への希望, (2)人生の達成, (3)人生の意味と目的, について比較検討した。ただし「特別養護老人ホーム」の対象者は, (3)人生の意味や目的に関して, 「困ります」「答えにくい」などの応答が多数を占めたので, (4)日常生活においての楽しみ, (5)日常生活における喜びについてを質問に加えた。
1. 欲求・願望・未来への希望について
・健やかに大切に毎日を暮らす
・安らかな死/死への準備
・社会に役立つ/奉仕活動
・趣味/旅行
・信仰を深める
・クラブ活動
・子供や家族に会えること
2. 人生の達成について
・家庭を守る/子育て
・仕事
・戦中・戦後を生き抜いてきた
・精一杯出来る限りの努力をして生きてきた
・信仰を守る
3. 人生の意味や目的について
<新老人の会>
・社会への貢献(仕事/通信教育/手話)
・人生の整理(執筆したもの/写真/財産etc.)
・健やかに暮らす
・奉仕活動(陶芸/コーラス)
・自己を高める/省みる(新しいことへのチャレンジ/読書/様々なことへの関心)
・信仰を深める
<特定有料老人ホーム>
・健やかに暮らす
・現況の生活が続くこと
・感謝する生活
・奉仕活動
・次世代に自らが経験してきたことを伝える
・愛すること(自分, 家族, 他人, 自然など)
・趣味
4. 日常生活における楽しみについて
<特別養護老人ホーム>
・クラブ活動
・子供に会うこと
・自然の美しさ
・入所者との会話
5. 日常生活における喜びについて
<特別養護老人ホーム>
・入所者同士のおしゃべり
・みんなが楽しそうにしている時
・みなさんがちょっとしたやさしい言葉をかけてくれる時
・今日一日無事に生きることができたと感じた時
・子供が来てくれた時
まとめと考察
生きがいに大きく関係する「人生の意味や目的」に関して, 「新老人の会」対象者は, それらが明確かつ具体的であり, 実際の行動を伴っていることが特徴であった。また個別のインタビュー調査からは, 退職後もライフスタイルの継続性が高いという特徴が見られた。たとえば, 現役時と同じかかわり方ではないが, 今もなお仕事を続けている, 職業を生かしたボランティア活動などである。さらに社会貢献への意識がより一層高いことも推測された。それは特に「新老人の会」では, 自らの生活習慣や健診データなどの健康情報を提供し, 今後の医学・医療への発展に寄与する, 次世代への社会奉仕としての「ヘルス・リサーチ・ボランティア」が行われ, 多数の参加が得られていることからも明らかである。
「特定有料老人ホーム」入居者は, 「今ある生活を続けていく」「健やかに暮らす」など, 現況の生活をいかに継続するかに重点がおかれているようであるが, 対象者は自ら老人ホームを選択し入所しており, 単に現状維持というものではなく, 自らで決めたライフスタイルをいかに大切に守っていくかとの表現と考えられた。
「特別養護老人ホーム」の対象者は, 現況での喜びや楽しみについては, 多くの人が入所者の集まるクラブ活動, 誕生日会, 食事, また子供の存在などをあげ, コミュニケーション, 人間同士のつながりの必要性が強く示唆されていた。
すべての対象者から, 生きがいの対極にある, 絶望を感じる時というのは, 相手にされないなど, 他者との関係においての回答を得ている。
今回の調査では, 21人中6人が特定の信仰をもっていたが, それらの人々にとって信仰が生きがいと関わっていることが明らかであった。
以上まとめると, 多くの人々が生きがいに関わるものとして, たとえば社会貢献, 社会との接点など, 根本的に人間にとってコミュニケーション, 人間同士のつながりが必要だと示されており, 他者がいて自分の存在がある, また自分の存在が受け入れられる体験, 実感が重要であると示唆される。
今回の調査対象者は, 過去の人生, また今の現況について, 肯定的に捉えてその中で「感謝する」「自分を愛するように, 他者を愛す」「自然を愛する」「みんなの幸せを願う」「仏様におまかせする」など, すなわち社会, コミュニティ, 他者, 神との関係の中で自分の人生を肯定し, 自分の存在を受け入れていくということが表現されている。全米宗教間相互協力委員会によるSpiritual Well-beingの定義は宗教や宗派間の協議のもとに作成されており, わが国においてその定義の利用にはより慎重な検討が必要であろうが, これは先に述べたSpiritual well-beingの定義と合致するものと言えよう。
高齢者の生きがいに関して, その人が属する社会の中での他者との関係性において, 自分の人生をどのように捉えているのか, いわばSpiritual Well-beingという視点から, 高齢者の生きがいについて検討していくことは重要であると思われる。
Spiritual Well-beingは, 人生全体に行き渡り, その人の人生に意味を与えるものであり, 単に人生の一側面ではなく全体性を指し示しているとされる。一方, 生きがいは, 自己と他者との関わり合いを通じて, いかに生きていくのか, 生きていくことを問うことである。このようにみてくると, 生きがいとSpiritual Well-beingとは近似した概念であることも示唆されよう。
今回は, 「新老人の会」を中心として, 一般の高齢者よりどちらかといえば意欲的, 活動的な高齢者を対象にした。今後はコミュニティの高齢者, 介護度の高い人, 痴呆の人に対しても, さらなる聞きとり調査を行い, 高齢者の生きがいとSpiritual Well-beingとの関係性について, さらに実証的に検討していこうと考えている。
本稿は, 第7回日本臨床死生学会における口頭発表を, 加筆修正したものである。なお平成13年度庭野平和財団助成金を受けて行われた。
<ABSTRACT>
Mari TSURUWAKA Masahito OKAYASU
Graduate School of Human Sciences, Waseda University
Section of Internal Medicine, The Nippon Dental University
The spiritual aspect of human being has been caught attention in various fields. The "Spiritual Well-being" section of the 1971 White House conference of Aging was landmark on this subject, National Interfaith Coalition on Aging defined the term of "Spiritual Well-being" in 1975, It's the affirmation of life in a relationship with God, self, community, and environment that nurtures and celebrates wholeness. The purpose of this essay is to discuss the meaning in life among the elderly through their interviews from the perspective of "Spiritual Well-being" . Most of them told about the relationship between their selves and society, and tented to affirm their life. It is important to examine the meaning in life among the elderly from the perspective of "Spiritual Well-being" . And it was suggested that the ideas of "Spiritual Well-being" and the meaning in life are approximate.
*1 A Study of the "Worth Living"(Ikigai)among the Elderly in the Perspective of "Spiritual Well-being"
*2 早稲田大学大学院人間科学研究科(現所属 早稲田大学人間総合研究センター)
*3 日本歯科大学内科教授
『臨床死生学』(日本臨床死生学会, 7(1)2002年)に掲載
参考文献及び註
1)本稿ではSpiritual Well-beingを日本語に訳さずそのまま表記する.
2)津田重城:WHO憲章における健康の定義改正の試み−スピリチュアルの側面について. ターミナルケア10(2): 90−93, 2000.
3)本稿ではSpiritualityを日本語に訳さずそのまま表記する.
4)鶴若麻理, 岡安大仁:末期がん患者のスピリチュアルニーズについて. 生命倫理10(1): 58−63, 2000.
5)White House Conference on Aging: Final Report of the Post-Conference Board of the 1971 White House Conference on Aging. U. S. Government Printing Office, Washington, DC, 341−361, 1973.
6)National Interfaith Coalition on Aging: Spiritual Well-being-A Model Ecumenical Work Product. NICA Inform 1: 4, 1975.
7)「新老人の会」は, 2000年9月に聖路加国際病院理事長 日野原重明氏を会長として75歳以上を会員, 74歳未満を準会員に発足した. 健やかな第三の人生を感謝して生きる人々が, 新しい自己実現を求めて交流することを支援し, また自らの健康情報をリサーチボランティアとして提供し, 戦争体験を次世代に語り継ぐことなどを目的としている.
8)木村利人:1995年高齢者に関するホワイト・ハウス会議. 国際BIOETHICS NETWORK 19: 3-4, 1995.
9)U.S. Department of Health, Education, and Welfare Special Staff on Aging: Religion and Aging-Reports and Guidelines from the White House Conference on Aging. U.S. Government Printing Office, Washington, DC, 1-17, 1961.
10)White House Conference on Aging: Background Paper on Religion and Aging. U.S. Government Printing Office, Washington, DC, 1-24, 1960.
11)Moberg D O: Spiritual Well-being-Background and Issues. White House Conference on Aging, Washington, DC, 1971.
12)White House Conference on Aging, 1973, op. cit., 341-361.
13)National Interfaith Coalition on Aging, op. cit., 4.
14)Ibid.
15)Cook T C, McGinty D L: Spiritual and Ethical Values and National Policy on Aging. National Interfaith Coalition on Aging, Athens, 1-22, 1981.
16)Erkenbrack N L, Evans J: The National Council on Aging's National Pre-White House Conference on Aging. National Council on Aging, Washington, DC, 1-8, 1995.
17)Moberg D O: Spiritual Well-being and the Quality of Life Movement-A New Arena for Church-State Debate?. Journal of Church and State 20:427-449, 197.
18)神谷美恵子:生きがいについて. みすず書房, 東京, 14, 1980.
19)森俊太:日常世界と生きがいの関係. 高橋勇悦, 和田修一(編):生きがいの社会学. 弘文堂, 東京, 91-110, 2001.
20)佐藤文子, 田中弘子, 斎藤俊一他(編):PILテストの全体像と分析法. システムパブリカ, 東京, 35-38, 1998.
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