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Frailtyの予防とCase Management(CM)
 
1. 地域における老人医療の重要性
 今日では, リスクの高い種々の疾病に対し統合されたヘルスケア・サービスを提供する手法としてCMが用いられている。わが国ではCMの普及が遅れているが, 質の高い老人医療が社会的な需要とであるとすれば, 必然的に統合された医療へ向けてチーム医療が進められ, そして, それに伴ってチーム・コーディネイターとしての役割も確立されていくと思われる。
 CMは通常統合された医療として入院患者について行われる。米国看護協会の定義によれば, 『包括的でQOLを向上させる質の高い健康管理(Quality Health Care: QHC)を, 費用を勘案しながら供給することを目的とし, 効果的に効率よく, かつ, 費用効果比に基づいて供給される論理的な医療供給のプロセスであり, 入院から退院までの患者のすべての問題に焦点を当て, タイミングよく適切に医療を遂行する方法を促進するものである』とされているが(1988) 15) , 今日では外来患者や, ホーム・ケアにおいても有用な手法として実践されている。
 世界一高齢化しているわが国においてこそ, 地域医療の中でfrailな老人に対してCMによるケアを展開することが医療に対する社会的需要であり, それが現時点で最も重要な健康政策上の課題の一つと思われる。健常人には単純な健康障害が, frailな老人にとっては致命的なイベントとなり, 周辺の家族を巻き添えにした不幸な転帰へのシナリオが始まる。このような状況に対して, 既存の医療体系の機能では満足のいくアウトカムが得にくいので, より効果的な手段が講じられなければならない。このようなプロブレムの背景には財政的な問題, 医療に対する知識の不足, そして, 社会的資源をどのように利用するかなどの障害が存在し, これらが一般の人たちにとって最も分かりにくいところであり, 大きなストレスの原因にもなっている。frailな老人が安心して家庭でケアされるような環境を実現するには, ナースをコーディネイターとするCMのシステムが試みる価値のある有力な選択肢の一つと思われる。
 北米では地域においてfrailな老人に対するCMが病診連携や病病連携を通じて行われている。北米では特にホーム・ケアが医療のコアをなしており, 入院は緊急, あるいは, 入院でなければケアが困難な状況にのみ適応があり, したがって, 急性疾患では在院日数が数日に限られる。慢性疾患でも平均22日となっており, 社会的適応による長期入院は一般病院ではあり得ない。ホーム・ケアの質を高めるためには統合された医療が必要であり, その実現にはCMが有力な戦略となり得る。
 
2. 地域におけるCMとナース・ケース・マネジャー
 このようなCMを地域医療へ拡大する試みはすでに報告されており, 地域医療→入院→退院→地域医療のサイクルのなかで統合した医療が可能となる16)。老人医療におけるキーワードをまとめると, 包括的医療, チーム医療, ケース・マネジメント, 急性期ケア, 慢性期ケア, 病院, 老人施設, ホーム・ケアとなるが, 脆弱老人(frail elderly)にとって医療システムを効果的に利用するには支援が必要であるとするコンセプトにもとづいてCMが行われ, これが生涯を通じて効果的に継続管理されるには, ケース・マネジャーの役割がきわめて重要である16)。この関係をまとめたものが図2である。
 すでによく知られていることであるが, 北米とわが国とでは疾病における患者の役割が大きく異なっている。すなわち, わが国では患者が常に受動的な立場にあって, 医療は質の如何にかかわらず同じ価格で廉価に与えられるのに対して, 北米では質の高い医療を費用を含めて効率よく手に入れることが患者自身の役割になっているので, それを可能にする支援システムとしてCMが有力な手法となる。今日わが国でも訪問看護が普及しているが, 今後, 対象をこれまでのDisabilityやCo-morbidityのみならずFrailtyにも広げて, より効果的に予防医療を展開するには, 医療施設間や種々の医療職間の障壁を乗り越えるための努力と工夫が一層必要になると思われる。
 プライマリ・ケアにおいては質の高い全人医療を継続して供給することが究極の目標であり, したがって, これは統合された医療としてチーム医療をベースに行われなければ成功しない。チーム医療では多くの職種の医療者が関わることから, 医療の選択や供給のタイミングはチーム医療を円滑に遂行させるためのコーディネイターによって調整され, この役割は通常ナースが行う。コーディネイターはケース・マネジャーと呼ばれ, ケース・マネジャーはチーム医療の要であり, この役割をこなすには十分な知識と技術, そして, 多くの経験を積んだすぐれたナースでなければならない。北米ではナースはまず一般のナースとしてスタートした後, 医師と同様な診断や治療のプランを立てることのできるナース・プラクティショナー, そして, その後, 更に専門化した分野でナース・スペシャリストとして経験を積んだものがケース・マネジャーの役割を果たしている(ナース・ケース・マネジャー:NCM)。
 
図2 CMのサービス・モデル(説明は文中参照)
 
 地域医療におけるNCMとしてのナースの役割をまとめると, 直接には健康教育, カウンセリング, 健康モニター, 外傷(転倒)の予防, 自立の支援, 患者の弁護, 静注, 服薬, 更衣などの医療行為, そして, 間接には他の医療者や生活支援者への紹介, 他の社会的関わりへの援助(予約や輸送の手配)など多くの対社会的なサポートも行う。したがって, CMとしてチーム医療への関わりをまとめると, (1)主治ナースとしての役割, (2)患者の健康に関するすべての基本情報を熟知しているもの, (3)主治医や他の医療者チーム, サービス供給者と常にコミュニケーションを保っている, (4)退院計画の促進に重要な役割を果たす, そして, (5)退院後の経過観察プランを作成し, 実施するといった機能を有する。したがって, 地域医療におけるNCMの有用性は次のようにまとめられる:(1)患者の健康や社会的状態を事前に認知している, (2)緊急時には安定時に築かれた信頼関係が役立つ, (3)病院との垣根がなくなる, (4)継続した医療を可能にする, (5)入院時に診療録へのアクセスがよく, 患者情報を次のケアに生かすことができる。
 わが国の医療において最も欠けている部分の一つである医療の継続性が, このようなCMの方式を取り入れることを含めた医療者の基本的な意識の改革によって, 一日も早く改善されることを望んでやまない。
 
まとめ
 
 今日世界で最も高齢化した国は日本とイタリアであるが, 両国は社会・文化的に異なった環境にあるため老人医療への対応は同じではあり得ない。われわれが人類史上例を見ない高齢化社会にあることは, 問題の解決にはモデルが存在しないことを意味し, 世界が注目する中で今後わが国がいかに「よく生き延びていくか」の真価が問われている。少子高齢化した中で老人の社会的役割は当然変わらなければならないし, 老人の健康評価も社会的需要にフィットしたものでなければならない。
 Frailty, Co-morbidity, Disabilityは相互に関連しあって生命予後を左右する重要な危険予測因子であり, これらを適切に評価してリスクの修正を継続的に実践するライフプランによって問題の解決を図るといった予防医学的戦略に対し, すべてが同じ方向へ向かって積極的に行動すべき非常事態にあることを認識すべきと思われる。新しい世紀は統合の時代でもあり, 個人, 組織, そして, 国を挙げて英知を結集し, 高齢社会にフィットした新たな保健システムづくりを成功させなければならない。
 

文献
15)Nugent KE: Clin Nurse Specialist 6: 106, 1992.
16)Guttman R: Clin Nurse Special 13: 174, 1999.







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