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総説
新しい世紀の老人医療
Frailtyに対する予防医学的アプローチ*1
道場信孝*2 日野原重明*3
 
はじめに
 
 今日わが国における老人問題は単に医療行政上の課題にとどまらず, より広く, またより深く, いかに『よく生きるか』といった『人の生き方』の原点に戻って考えなければならない哲学的思考と, それに基づく実践的な行動が求められている1)。わが国の総人口はすでにピークに達し, 2010年以降には減少に転じることが予測されているが, これに対して65歳以上のいわゆる老年人口は2015年まで増え続け, 2050年には総人口の35%に達するとされている2)。このように老後の人生は着実にその時間を延ばしてきており, 65歳の平均余命は男性で17年, そして, 女性では24年と大幅に長くなってきている現状を考えると2), 今後, 老人のライフプランは根本的に見直されなければならない。
 加齢とともに心身の健康が障害される生物学的加齢は, 同時に存在する慢性疾患や運動量の減少, そして, 喫煙や過剰な飲酒などの好ましくない習慣によって生理的機能は次第に低下し, ついには廃疾に至る。この状態は現在Frailty(脆弱化, 壊れやすさ), あるいは, Vulnerability(壊されやすさ)と呼ばれ, その早期診断や予防的ケアのあり方が体系づけられつつあるが3, 4), これは従来, 若年者や中年層を対象とした成人病や生活習慣病に対する, いわゆる予防的介入の考えと同様であり, 老年層に対する一次予防としての対応が早急に求められるところである。
 また, 今日医療費の増大が社会的な問題となっており, 特に65歳以上の年代の医療費はそれ以外の年代の5倍といわれているが2), それは受診率で2.3倍, そして, 入院患者については在院日数が2.2倍高いといった診療のあり方に起因するところが大きいとされている2)。米国の実状を見れば加齢とともに医療費が増加することはなく, 入院についてみればむしろ減少しており5), したがって, 老年医療のあり方には更に合理的な対策が求められる。
 ひるがえって医療の質はどうであろうか。先にも述べたごとくわが国においては真の意味での老年医療の専門医が育てられていないので, 統合された全人医療やチーム医療としての診療体系が確立されていない。老人の健康はWHOの健康の定義に見る身体的, 心理的, そして, 社会的ないずれの面においても障害されているだけでなく, スピリチュアルな面でも問題が多い。老人の健康問題にはこれらすべてを含めた全人的なアプローチが必要であり, それらに対して系統的にカテゴリー化したケース・ミックスとして対応策が立てられれば, 問題の解決は効果と費用の観点からもより合理的に進められるものと思われる。
 以上を踏まえて老人医療のあり方を健康状態のリスク層別化と, 予防医学の観点から述べ, さらにそれぞれのシナリオにおける医療者の役割について考察を加えたい。
 
老人の健康状態をどのよう捉えるか
 
 老人の健康評価は青壮年のそれとは本質的に異なる問題を含んでいる。すなわち, 老人では加齢に伴う機能の変化, 多くの併存病による心身機能の障害, そして, これら前二者の直接的, あるいは間接的影響による日常活動の減少に伴う心身機能の低下が健康の状態を規定すると考えられている。純粋な加齢による心身機能の変化については, これまでの研究ですべてが明らかにされているわけではないが, 介入によるケアを中心に考えれば, 加齢自体の現象について不明な課題が残されているとしても, それが問題解決の戦略を進める上に大きな支障を来すとは考えにくい。すなわち, 結果として生じている事象を分析的に評価し, その対応策を講じることができれば, 問題の解決に一歩近づくものと思われる。そこで今回は, 評価の対象となる事象を, (1)身体的機能, (2)行動, あるいは, 認知機能, (3)心理・精神的機能, そして, (4)社会的機能などに焦点を絞って, 多面的な立場から述べてみたい。
 
1.生理機能としての身体機能評価
 これまで, 身体的機能の評価は全身機能, 臓器機能, そして, 活動能などについて行われている。まず, 全身機能は動的な面からいわゆる体力として表現されるが, これには, (1)行動を起こす力(筋力, 瞬発力), (2)行動を持続する力(筋持久力, 全身持久力), (3)行動を上手に遂行する能力(敏捷性, 平衡性, 巧緻性), そして, (4)行動を円滑に行う能力(柔軟性)が含まれる。これらは生理的機能の変化として捉えるものであり, 筋力は握力, 持久力はVO2max, 敏捷性は歩行速度, 平衡性はバランスの状態, 柔軟性は前屈能による測定といったようにそれぞれ定量的に表現することができる。
 他方, 静的な面から見れば安静によって生じる身体機能の変化が評価の対象となる。すなわち, それらは酸素輸送系機能の低下(VO2maxの減少), 起立性調節障害(起立時の血圧低下), 筋力低下, 骨の脱カルシウム, 便秘, 基礎代謝の低下, 循環血液量の減少, その他, 不安, 情緒障害, うつ傾向, 筋肉痛, 視野狭窄, そして, 平衡障害といった機能上の制約として表される。
 以上のごとく身体機能は活動によって高められる状態と, 非活動的な状態で機能の低下を生じる2面的な事象として評価するのが普通であるが, これらの機能評価の目的は, 単に生理学的な加齢の現象によって老人を層別化することではなく, 日常生活において生じる転倒やそれに伴う骨折の発生を予測したり, それらを防止する上に重要な情報源となる。また, これらの評価は自立して社会的活動を維持したり, 生活の質を高めるためのライフプランにも必要な情報であると同時に, より積極的な運動プログラムの遂行にも役立つものである。
 
2.Frailty, Vulnerabilityをどう捉えるか
 上述の生理的機能評価は, いわゆる健康な老人を対象とするものであるが, 老人全体についてみれば, このような既存の概念のみでは問題の解決に役立たない。老人の健康像をより統合して捉えるならば, 機能低下のメカニズムを踏まえて更に医学的な側面からアプローチする必要がある。すなわち, 生理的能力が低下する状況をまとめると, 生理学的加齢, 慢性の身体障害(Co-morbidity), 好ましくない生活習慣(運動不足, 飲酒過多, 喫煙, 好ましくない食習慣など), そして, それらを修飾する心理・社会・環境因子, 自己ケア, 医学的・リハ的ケアの状況などによって神経系, 骨・筋肉系, エネルギー代謝などがいわゆる脆弱な状態(Frailty)をつくりだし, ひいては腎, 肝, 内分泌系を含めた低機能の状態を生じ, 最終的には社会的役割の遂行が不能となって廃疾(Disability)に至る。したがって, Frailtyを老年病学の立場から定義すると, (1)ストレッサーに対する予備力や抵抗力の低下を伴う生物学的な症候群であり, (2)多くの生理学的系統にまたがって蓄積された機能障害を生じ, そして, その結果, (3)破綻を来しやすいfrailでvulnerableな状態となる。
 Frailtyは従来疾病としての位置づけではなく, 多病罹患(Co-morbidity), 不能(Disability), 超高齢などと同義に用いられてきた。frailは「壊れやすい」「脆い」といった自動的な意味であるのに対して, vulnerableは「壊されやすい」「攻撃されやすい」といった受動的な意味合いをもつが, ここでは同義として用いることにする。それではFrailtyについて何が問題であろうか。
 Frailtyは, (1)加齢と共に増え, 死亡, 老人施設への収容, 転倒, 入院などに対して高いリスクとなる, (2)これまでにこれらの状態をスクリーニングするための標準となる妥当な方法が示されていない, そして, (3)高齢者のFrailtyが何らかのインターベンションによって改善されるか否かが明らかにされていないことなどが現時点での問題といえる。そこで今日ではFrailtyを臨床の実在と定義して評価し, そして, 問題解決への道筋にしようとする考え方が支配的になってきている。すなわち, FriedらはFrailtyの発症を次のように考えている(図14)
 
図1 Frailtyの発現機序と機能の変化(文献4)より改変)
 
表 Frailtyの臨床像(説明は文中参照)
A.frailtyの特徴
・萎縮:体重の減少
・Sarcopenia(筋肉量の減少)
・筋力低下
・持久力の低下
・緩慢な動作(歩行速度↓)
・活動性の低下
B.測定指標
前年に比べて3.7kg(10lbs)減少

握力(下位20%以下)
疲弊(自己評価)
歩行時間/4.5m(下位20%以下)
kcal/週 M<383kcal, F<270kcal
○frailtyの診断:陽性≧3基準, 中間=2〜1基準, 陰性=0
 
 まず, 神経・内分泌性の調節障害が食欲の低下を来すと蛋白と総エネルギー摂取が低下するが, それに微量栄養素の不全も加わって慢性の低栄養による負のエネルギーバランスが生じ, そして, 体重が減少する。更に加齢に伴う骨・筋肉系の廃用性不全, 併存する多くの疾患(Co-morbidity)によって筋肉量が減少する結果サルコペニア(筋肉減少症)の状態となる。そのような状況下では安静時の代謝と最大酸素摂取量は低下し, 強さやパワーが失われるので, 歩行速度は減速して活動性は鈍り, 廃疾となって依存度を高めることになる。この終末の状態が廃疾(Disability)である。このような身体活動の変化は形態や機能の異常として定量的に捉えることができるので, 現在では臨床的実在として定義され, そして, 診断される。
 すなわち, Frailtyの表現型の特徴をまとめると(), まず身体の萎縮は, 例えば1年間で10ポンド(3.7kg)以上の体重減少として捉えられる。これは筋肉量の減少であって, 上腕, あるいは, 上腿の計測によって得られる周長や皮脂厚から筋面積として計量化して表される。パワーの低下は種々の筋群の力で表されるが, 簡便には握力が指標として用いられる。持久力の低下は運動負荷試験によって定量化されるが, 多くの対象者を扱う場合にはより簡便な方法として質問表による自己評価でも目的は十分に達せられる6)。緩慢な動作は種々の作業をさせることで評価できるが, 最も実用的には歩行速度が用いられる。日常生活での活動性の低下は簡単な行動の評価からおおよそ1週間におけるエネルギー消費を推測し, 男女別に基準を設けて判定される。Friedはこれらの6項目のうち3項目以上の基準を満たせばFrailty陽性, 1〜2項目であれば中間, そして, いずれの項目についても基準を満たさなければ陰性と評価している。このようにしてリスク層別化した各群について7年間の生存率を追跡調査すると, 障害度の高いほど生存率が有意に低くなることが示されている4)
 このようにFrailtyを病態生理学的に評価する以外に, 生活の実態を知るためには行動の面からも特徴づけることが必要である。従来, この目的で用いられているのがADL(Activity of Daily Living)評価であるが, これには更衣, 摂食, 排泄, 入浴, 床上行動, 歩行, 移動といった行動が含まれる。これらは日常自立して生活する際の必要最低限の条件で, これらのいずれかに支障を生じれば介護が必要となる。これに対して, 対社会的な活動の遂行にはもう少し複雑で高いレベルの行動性が求められ, それらには「料理をする」「家の掃除をする」「家計簿をつける」「電話をかける」「買い物に行く」「交通機関を利用する」「薬を飲む」などの行為が含まれる(Instrumental ADL: IADL)。また, 当然のことながらこれらの行動の遂行には認知能力が健全でなければならない。その評価には種々の試みがなされており, その一つにCognitive Performance Scale(CPS)がある7)
 CPSの評価の詳細は省くが, それには認知機能障害のない0から昏睡の6まで7段階のリスク層別化が含まれる。そして, CPSとADLの関連を見ると, CPSが0〜1ではADL評価で機能障害がないか, 軽度なものが多くを占め, CPS評価が下がるほど(スケール値が高くなるほど)ADL評価のきわめて低いものが多くなる。他方, IADL評価との関連では, CPSが0〜1でもIADLの低いものが含まれるが, CPS2以上ではIADL評価の正常者はほとんど皆無となる。このようにしてCPSによって対象群を層別化し, それらの生存率を6カ月の経過で追跡した研究結果を見る限り, 認知機能の障害は明らかに独立した死亡に対するリスクとなっている8)
 
3.Frailty診断の意義
 Frailtyの臨床的実在を定義することは, (1)これらの群に対して早期に診断をし, 介入することが予後を改善するか, そして, (2)Frailtyそのものが予防できるかという2点において重要な意義を有すると思われる。
 まず早期診断の意義については, 少なくともその状態から更に進んだ廃疾への移行を阻止し得るか否かが問題であるが, 現時点ではそれを実証するデータはない。Frailtyがphenotypeとして臨床的に受け入れられるようになったのがごく最近のことなので, 今後, このような観点から臨床疫学的な研究が広く行われるものと期待される。しかし, 転倒, 平衡不全, 筋力低下, 骨粗鬆症などの代替エンドポイントを指標にしたこれまでの研究では, 運動, 太極拳, 筋力トレーニングなどの有用性が数多く報告されている9, 10, 11)。また, プライマリ・ケアを主体にしたcommunity-basedの介入研究ではfrailな集団に対して機能の改善やQOLの向上が期待できることが示されている12)
 Frailtyそのものが予防できるか否かは更に重要な課題であるが, 当然のことながら確かなエビデンスはない。診断基準が確立されれば, 今後, 前向きの大規模対照研究が可能となるので, 介入の効用が実証されると思われる。Frailtyへの介入はチーム医療によって行われ, かつ, 主たる介入の場は地域になるので, わが国の保健医療のシステムに置き換えると, Frailtyへの介入は今後保健所の大きな役割になると考えられ, 更にまた, 地域医療に重要な役割を担うプライマリ・ケア医, ナース, 保健師, そして, 理学療法士, 作業療法士, ソシアル・ワーカーなどによるチーム医療としても拡大させていく必要があると思われる13)
 従来の成人病や生活習慣病における介入は対象が不特定多数であったが, Frailtyに対する介入には, よりターゲットを絞った対応が求められると思われる。もし, Frailtyのgenotypeが今後明らかにされれば, リスクの高い集団に対して選択的に予防的介入を図ることが可能になる。現時点においてこの課題に対する確かなエビデンスはないが, apolipoprotein E genotypeに関する研究では, この遺伝子型が長寿の遺伝子型ではなくFrailtyの遺伝子型であるとする報告がある14)。今後, これに類した遺伝子型が他にも示される可能性があり, これら遺伝子型と他の臨床的な危険因子との組み合わせによってリスク層別化が図られれば, より効率の良い介入の効果が期待できると思われる。
 

*1 Geriatrics in the New Century: Preventive Approaches to Frailty
*2 ライフ・プランニング・センター研究教育顧問
*3 ライフ・プランニング・センター理事長
『日本医事新報』(第4085号, 2002年8月10日発行)に掲載
 
文献
1)Rowe JW et al: Adv Renal Repl Ther 17:70, 2000.
2)原田泰:人口減少の経済学, PHP, 2001.
3)Buchner DM et al: Dis Prev 8:1, 1992.
4)Fried LP et al: Am J Geront 56: M146, 2001.
5)Perls TT: Living to 100. NY, 1999.
6)Orme J et al: J Clin Psychol 42: 28, 1986.
7)Morris JN et al: J Gerontol 49: M174, 1994.
8)Nourhashemi F et al: J Geront 56: M448, 2001.
9)Elain C et al: JOSPT 24: 4, 1996.
10)Wolf SL et al: Phys Ther 371, 1997.
11)Evans WJ: Med Sci Sports Exerc 31: 12, 1997.
12)Leveille SG et al: JAGS 46: 1191, 1998.
13)Butler RN: Geriatrics 55: 20, 2000.
14)Gerdes LU et al: Gene Epidemiol 19: 202, 2000.







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