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医療は人間同士の関わりの中で成立する
 ケアの対象は“病む人”です。患者とは“疾患をもっている人”です。そして,病人とは,“病気をもって悩んでいる人”です。ill(病気)とdisease(疾病)は概念が異なります。私たちの対象はあくまでも“人”であることを忘れてはなりません。また,client(クライエント)という言葉もあります。これは臨床心理学から派生した用語で,“問題をもって相談にくる人”という意味です。そして,最近は医療を商業行為ととらえて利用する意味でconsumer(コンシューマー)という言葉も用いられています。
 しかし,私たちにとって患者は癒しを求めている人,困っている人,つまりsufferです。それにはセラピストが必要です。あるいはセラピストだけでは不十分で,ヒーラー(healer,癒し人)という存在が必要になる場合もあります。そこで,最近はスピリチュアル・ケアという概念も重視されるようになりました。
 医療は人間関係をベースにして成り立つ職業です。イスラエルの哲学者マルチン・ブーバーは,「人間に関する科学の中心的な対象は個人でも集団でもなく,人間と共存しつつある人間である。人間と人間の生きた関わりの中においてのみ,人間の本質性,人間に固有なるものが直接認識されるのである」と述べています。患者を理解するためには,empathy(共感)やsympathy(同情)を経てrapport(関係)が生まれ,心の交流に至るのです。そめためには,医療者は直感力が鋭く,深い感受性と洞察力をもち,同情心もあるというように知・情・意のバランスをもっていなければなりません。
 POSをウィードから引き継ぎ発展させたハーストが最近著した医学生対象の本に次のような一文があります。
「よい医師とは,患者によい医療を行おうとする者である。そのために求められるものは,以下の4ステップです。
ステップ1: 患者のすべての問題点を確認
ステップ2: 各問題に対して論理的な目標を設定
ステップ3: 各問題に関する適切な計画と観察
ステップ4: 患者,同僚および他の医療従事者との良好な連絡」。
 そして,ハーストは交通信号でそれを説明しています。
「医師は各ステップで立ち止まって,忙しくてもまず考えなさい。それから次のステップに移りなさい」。これはナースにもそのまま当てはまります。ナースがいろいろな処置をするところでも,まずリスクのことを意識していったんストップして考え,それから次のステップへ進んでもいいかどうかを確認する。このように行動することが私たちの習慣としなければならないと考えます。
 
“スピリチュアル”の評価をどのように組み入れるか
 患者の問題を把握しそれに対応するためには,肉体的,精神的,社会的な状態に加えて,スピリチュアルという観点からの評価も必要です。とくに緩和ケアにおいては,スピリチュアルの問題が大きく影響してくることも忘れてはならないと思います。
 
むすび
 最後に,私が皆さんに申し上げたいことをまとめてみましょう。
 「知恵と同化したヒューマニティがヘルスのアートとして,いつまでも発展を続けることを私は期待する。このシステムを誰がサイエンスとして,またアートとして発展させていくのか。仰ぐべき山が雲の彼方に存在することを信じて,私たちは共に歩み続けよう」
 私たちは,仰ぐべき山が雲の彼方に存在することを信じて,たとえいま雲がかかっていてその頂が見えなくても,そこに山があるということを信じて,勇気をもって歩みをつづけようではありませんか。
 いまや,科学的な根拠をベースとしたEBMが流行しつつありますが,EBMのエッセンスには,決して新しいものだけでなく,古きよき伝統があり,それを選別して次の世代に引き継ぐという作業も含まれていることを忘れてはなりません。古い中国の言葉に「温故知新」とありますが,これを実践することが私たちのミッション(使命)だと思います。
 
図9 Doctor's Office
(Norman Rockwell)
 
 最後にお見せするのは,英国の医学雑誌『ランセット』の小児科特集号の表紙です(図9)。椅子の上にズボンを引き上げながら立っている子どもが,世話になっているおじいさんの開業医の医籍登録書を見ています。医師と患者とがこのような純な関係で関わり合っていく中で,子どもは自分も大きくなったらこのおじいさんのような家庭医になろうと思っているのかもしれません。EBMというと,非常に理屈っぽく聞こえますが,医師と患者との間にはこの医師と子どもとの対比の図のようないのちの通った関係が必要なことを忘れてはなりません。
 21世紀においても,伝え遺すべきものを大切にして,EBMやNBMがPOSの中で賢く活用され,患者によい医療が提供されることを祈念します。







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