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ケアからみたPOSの構成
 プロブレム・ソルビングは,医師,看護師,薬剤師,その他のコメディカルたちが共に参与することによって,患者は全人的な扱いを受けることになります。これは医療だけでなく,介護にも活用されます。
 POSの構成をケアという概念から活用するとどうなるかについてお話ししましょう。
 まず,「介護」を英語ではどう表現するか考えてみて下さい。英語には介護という特別な表現はありません。医師の行うケアはメディカル・ケア,看護師によるものをナーシング・ケア,そして家庭で家族がするものをホーム・ケアというように表現しています。これらはすべてケアという広い傘の中で混じりあって存在しています(図8)。その中に患者も交えて,医学的立場のPOMRを作って,診断と治療を選択して実行するわけです。医師の取り上げるプロブレムには,狭い医学的問題だけでなく,生活・心理・社会的問題も含まれます。したがって,患者の生活像はナースと協力して要領よく書き上げられるべきです。ナースは日常業務としてバイタルサインをはじめ,疼痛の度合いや嘔吐とか,下痢状況,さらに食物の摂取状況を記載します。またリハビリテーションというとPTの業務と考えやすいのですが,脳卒中を発病した翌日からリハビリテーションはナースによって始められなくてはなりません。それらのケアが効率的になされるためには,クリニカル・パスの導入も必要です。そしてそれが家庭に延長される場合に,介護者やヘルパーは訪問看護師の指導下に患者の訴えを上手にナースに伝達し,食事を介助し,服薬,排泄,さらに入浴の介助やリハビリテーションにも参与し,またある程度のバイタルサインのチェックは介護者にも必要となります。それをナースは評価して患者のQOLに反映させていくことが必要です(表6)
 
図8 POSの構成(ケア)のための記録
 
 病院でPOSによって行われているケアは,在宅にまで広がっていくべきです。そのためには病人をケアする家族も看護や介護の技を学ばなくてはなりません。家族も脈拍や血圧が測れるような訓練を受けるべきです。拡張期血圧の測定は,医師でも難聴があったりすると高めにとりがちで,また忙しく走り回っているナースも拡張期(最少)血圧は高めにとる傾向があります。聴診器を上腕動脈に当てたままゆっくりカフ内の圧を下げないと,拡張期血圧は高く出て,その結果,誤って高血圧の診断が下されたり,拡張期血圧の下がる甲状腺機能亢進症や大動脈弁閉鎖不全症が見逃されることがあります。血圧値や血糖値は,それが測定された基本的条件が示されないと,その値は正しく評価できないため,基礎データとして活用されません。心電図をとったといっても,その導子の置き方が間違っていたり,電圧の測り方が正しい基準にのっとっていなければ,その結果としての心電図の所見を正しく判定することはできません。心電図の所見として,たとえば「あなたは不完全右脚ブロックがあります」というようにその診断名を患者に伝えても,患者には有用なデータとはなりません。信頼のおけるデータであるという確証と,信頼性のある咀嚼した病名の提供が患者に与えられない限りは,そのデータは正しく活用されたとはいえず,逆に患者を迷わすことにもなります。POSの形式だけを利用しても正しい成果は得られません。
 
表6 QOLを大切にしたPOSの実際
1. 病歴の取り方,会話の仕方
(1)環境の設定
(2)対応の条件
(3)コミュニケーションのコツ
2. 観察,診察の仕方
(1)患者の入室のステップから始まる観察
(2)全身的な観察
(3)患者の反応を見ながら,聞きながらの診察
(4)自覚症を重視しての診察
3.検査の仕方
(1)患者が持参した検査成績を重視する
(2)検査の優先順位を考える
(3)specificなtestとsensibleなtestとを区別して選ぶ
(4)個人の基準値と年齢差による値の取り上げ方を検討する
 
システムに立脚したPOS
 医師やナースには優れた臨床能力が必要ですが,それを支える最新の情報として信頼性のある研究論文やマニュアルが必要です。そしてこの2つに加え,患者がどのような立場や境遇にあるのかといった条件によって,実際に患者にどういう問題解決技法を適用できるかが決まってきます。問題指向型診療記録を作成する場合には,病院全体の医療システムが問題解決型になっていなければなりません。それと同時に,チーム医療の中に一つのシステムがなければならないということがわかってきました。
 プラトンは2500年前に「自分の仕事の中にあるシステムの価値について,深い確信をもって行動しなさい」と述べています。ウィリアム・オスラーは100年前に,医療の問題を処理するためにはシステム化が必要であることを強調しています。これを英語では“virtue of method”と表現します。virtueという言葉は非常に奥深い意味をもっています。「方法論の確実さの美徳」とでも訳せるでしょうか。
 
診療録の透明性
 インフォームド・コンセントや医療事故に際しては,診療記録開示に対応できるPOSでなければなりません。それを実践する哲学としては,すべての医療行為の中に透明性があるようにすべきであることを強調したいと思います。私たちは,自分の責任を逃れるのにものごとを隠すということをやめて,誰にでも見てもらえるような診療記録を書くようにしなければなりません。これが本当の良心的医療というものです。誰に見せてもよいようにうまく書くというのではなしに,そのまま第三者に真実を見せられる透明性のあるものにすることが本来の記録であると私は考えます。「このことについては上司と相談する」とそのまま書いてもよいと思います。そして・上司が相談にのってくれなければ,それはその上司の責任です。上司のいうようにやってよくない結果が出れば,それは実行した当事者と上司との2人の責任になります。すべてのことに責任をもって対処し,その真実を伝えること,すなわちaccountabilityには透明性がいのちとなります。ボストン大学のアンナス教授は“to tell the truth”ということをとくに強調しています。
 
患者へのインフォームド・コンセント
 さて,真実を患者に話すとき,不確実なこと(uncertainty)は患者に言うべきではありません。それはいたずらに患者を不安に陥れることになります。不確実な事実や不確実な診断や治療など,曖昧なことを口にするのは控えるべきです。アメリカの医療事故の専門家は,「真実を語り,こちらに誤りがあれば率直にあやまること」が医療の賠償についてもいちばん経済的な行為だと言っています。医療者に不利なことを隠すという行為がかえって不利を増強させるのです。良心的にやるということが医療事故に対処する上でも最上の手段であることをよく覚えていてほしいと思います。
 20年ほど前に,私は,「POSとは,患者や家族(クライアント)の全人的ケアを目指して,患者のために,患者の側に立って,患者とともに,知識と身につけた技術をもって,いのちの主体である患者にヒューマンなケアを実践するパラダイムであり,哲学である」と述べましたが,インフォームド・コンセントの原則もこれにのっとって行われることだと考えます。
 私が皆さんにお話ししたいことは,医療者の目指すべきゴールについてです。
 1915年,エルンスト・ゴートマンという外科医,彼は病院機構の審査機関をはじめて作った人ですが,このように言っています。「われわれ外科医としては,患者に役に立つことをすべきである」と。その役に立つということは,患者に志向した記録システムを実践することです。患者の問題志向または患者志向とは,患者にもたらされる結果,すなわちアウトカム(outcome)を重要視することです。具体的には,そのアウトカムを目標として,患者のQOLを高めること,そして患者が意義のある人生をどう過ごすかということに焦点を当てて医療の場で行動すること,それが臨床に携わる私たちに求められていることだと考えます。







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