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3. 基調講演
「開発途上国における都市交通問題の現状と課題」
東京大学工学部教授 森地 茂
【司会】 それではただいまから、東京大学教授森地茂先生に基調講演をお願いしたいと思います。ここで森地先生のご経歴を簡単にご紹介します。先生は1966年東京大学工学部工学科をご卒業され、日本国有鉄道に入社されました。67年には東京工業大学に移られ、75年に工学部助教授、87年に教授になられ、また96年4月からは現職の東京大学大学院工学系研究科社会基盤、工学専攻の教授でおられます。この間、米国のマサチューセッツ工科大学客員研究員及びフィリピン大学客員教授を務められております。
 また講義の傍ら、多数の研究論文を発表され、また著書も執筆されるとともに、政府の審議会及び内外の学会における要職にも就任され、極めて多忙な日々を過ごされていることは、皆様すでにご高承のところであります。なお2002年には、交通文化賞、国土交通大臣表彰を受賞されております。
 先生は皆様ご承知のとおり、特に都市交通の分野では大変ご活躍になっておられます。また海外の交通事情についても精通されております。当協会は開発途上国における運輸インフラ整備等の国際協力を推進しておりますが、森地先生にはいろいろとご指導ご協力をいただいております。
 特に1997年にはベトナム現地を訪問され、ベトナム政府運輸省に対して全国の総合交通発展計画策定の必要性とその方向性について、直接提言していただきました。その提言に基づき、JICAはVITRANSSの略称で知られる開発調査が実施されました。先生はその作業監理委員長として、調査に多大な貢献をされました。
 さらには、当協会が現地セミナーを開催して案件形成を推進しましたJICAのホーチミン市の都市交通調査が現在実施中ですが、先生はこの調査にも作業監理委員長としてご活躍されております。
 本日は、ベトナム等での先生のご経験に基づいて、開発途上国における都市交通問題につきまして、有意義なお話をお聞かせいただけるのではないかと期待しております。
 先生のご講演の後、若干質疑応答の時間を予定しております。それでは先生よろしくお願いいたします。
【森地】 ご紹介いただきました森地でございます。大変身に余るご紹介をいただきまして恐縮しております。今日こういう記念すべき場で話をさせていただくこと、大変光栄に存じます。ただ、どこまでお役に立てるお話ができるか心配でございますが、主として私が30過ぎのころからずっと、常時何らかのODAのプロジェクトに参画をさせていただいて、その中で感じてきたことを中心にお話をしたいと思います。
 お話の内容はここにございます4つで、開発途上国の都市交通問題、ご専門の方に釈迦に説法ですが、どう考えておくべきなのか。次に東アジア諸国の将来と日本をどう見ておくべきなのか。会長からもお話ございましたし、矢部様からもお話ございましたODAについての世銀の方針が、何らか我々に影響を与えておりますが、その本体のほうの方針変換が今動き出しているという中で、我々はどう考えておくべきかが3番目。最後にこれからどういうことを考えておくべきか、この順にお話をさせていただきたいと思います。
 
 最初の話題ですが、都市交通問題。これは申すまでもなく、自動車の保有率が10%以上毎年増え、大都市圏の人口が5%以上増えている。これに見合うインフラの容量、特に道路の容量を増やすというのは全く不可能です。こういう問題を一体どう解決していくかということがメインの仕事ではありますが、重要なことは第一に、同時にいろいろな問題が同時多発的に起こっているという特性への対処であります。ここがDeveloped Countryとの違いかと思います。
 例えば鉄道ができ上がって、おおよその骨格ができた後、モータリゼーションが来た国と、同時にそれを解決しなくてはいけない。あるいは都市化とモータリゼーションと環境問題、こういうものも同時に起こっております。
 それから税制とか金融システムがちゃんとしていない。例えば徴税システムがちゃんとしていなかったり、アジアの経済危機にありますように、いろいろなことについての対応がうまくいかないときに、同時に民営化、BOTから始まってPFIとかを導入しなくてはいけない。こういう問題に直面しております。
 また発展途上国の多くは、特に南の方の国は、官僚システムが専門家としてちゃんと機能していない。そういうところで同時に、先進国で教育を受けた人のリーダーシップで市民意識がだんだん高まるという問題を抱えております。
 後ほど例でお話したいと思いますが、いろいろな種類の悪循環があります。何か一部の問題を解決すればうまくいくということではなく、構造的な悪循環を何とか断ち切ってポジティブに回さなくてはいけない。こういう課題を抱えているわけです。ODAの多くの案件は個別案件ですので、なかなか全体の悪循環を断ち切ってという広い課題解決に対し、動きづらい我々としての立場もあります。
 公共交通が重要だということですが、例えて言いますとこんな例を経験いたしました。マニラに住んでおりますときに、ジプニー、LRTの運賃、これは6ペソ、20数円。これを少し値上げしようとしますと大問題になりまして、テレビも新聞も、あるいはデモも起こります。ところが見ておりますと、LRTとかジプニーをおりたあと、トライシクルという4人乗りぐらいの自転車で引っ張っているようなものに乗って、ほんの二、三百メートル、歩けばいいような距離をそれに乗ります。この運賃が2.5ペソですが、4人乗って2.5ペソでちょっと待っていれば4人で1人2.5ペソでいいのに、1人乗って10ペソ払ってまいります。行く先はスコーターです。
 つまり、そんなお金が払えないわけではない、自分たちはちょっと努力すれば節約できるのに、そこでは払っておきながら、公共交通の運賃を1ペソ上げるというと大政治問題になる。こんなこともあります。そういう意味で、市民意識をどうやって変えていけばいいのかという問題にも、ご専門の方々は日々直面されるわけであります。
 もう一つは都市化と地域格差。これは日本でもあったことでして、言ってみますと日本の国土計画というのはほとんどこの地域格差をどう解決するのか、過疎・過密と言ってみたり、多軸型国土や多極化と言ってみたりしておりますが、要するにこの格差をどうやっていくかということにずっと努力されてきて、世界に例のない格差の少ない国をつくり上げたわけです。
 発展途上国で起こっておりますことは、大都市に大変な人が集まってきて、バンコク・マニラ・ジャカルタ、ご承知のとおりで、特に交通関係のインフラのボトルネックが経済成長の足を引っ張ったり、あるいは海外からの投資のネックになったり、こういう状況になっております。したがって、第2、第3の都市をどうやって育成すればいいのかということも、大変重要な課題になっております。
 例えばタイにおけるチェンマイ、あるいはクアラルンプールに対するペナン、ジョホールバル、マニラに対するセブですとか、こういうところに日本の企業が立地しつつあるのはご承知のとおりです。
 たまたま多くが観光地に立地している。アメリカ人がカリフォルニアとかフロリダに人が住みたいから、そこに産業が発展するということと無関係とは言いませんが、観光地だったのでそこそこインフラがそろっていることも影響しているのではないかと思います。
 例えばペナンにしろ、ジョホールバルにしろ、あるいはセブにしろ、またそこで大都市問題が発生しつつあります。そのような都市の問題解決を早めにやることも重要です。
 大都市と地方部の問題も、私たちの世代の人間が若い頃、30年代後半から大量に地方から大都市への人口移動が起こりました。「集団就職」や「出稼ぎ」という言葉が典型的に示しますように、どちらかというと職があって、そこに大会社・大企業が労働力を求め、したがって住宅や仕事が用意され、場合によっては夜間の学校に行けるようなことまで用意されて、大都市集中が起こるという状況でしたが、発展途上国で起こっていることはむしろ、食べられないから集まってくる。これがものすごい勢いで起こり、スコーターの拡大の原因にもなっているのは、ご承知のとおりです。
 こういう問題を我々は一体どう考えていくのかというときに、実は私もいろいろなところでJICAの専門家のお役所の方々を中心に、あるいは地方自治体の方がおられる、また、多くの方はお若い方でして、これはとんでもないことだ、日本ではこんなことが起こったことがないというお話をよく伺いました。しかしながら戦後日本にも不法占拠というのは大変な問題がありました。私、京都で生まれ育ちましたが、それでもときどきは電気が盗まれるとか、水が盗まれるということもこの国でもあったわけです。
 特に不法占拠地の解決のために公営住宅を用意して、それをどうやって解消するかとずっとやってきたはずですが、そのノウハウはほとんど日本人の若い人には伝わっていないという状況にあります。
 都市形態。これも後ほど一、二枚写真をお見せしますが、大変気になりますのは、大変な勢いで膨張するときに鉄道系がしっかりしていない、したがって非常に拡散型の都市の拡大が起こっております。
 
Typical Urban Development Pattern in Rapidly Urbanizing Area
 
Ribbon Development(Northern Area)
 
Unplanned Sprawling(Binh Chanh)
 
Residential Blocks in Suburban Area
(Tama Garden City)
 
 日本でもスプロールと称してそういうことが起こってまいりましたが、今、東京の航空地図をごらんいただきましたら明らかなように、鉄道を中心としたヒトデ形の人口形態です。それと、例えばロスなんかの写真を比べますと、明らかにロサンゼルスで公共交通を、今さらどうやって入れるんだという状況ですが、発展途上国で起こっていることはどちらかというとロス型の展開をしています。
 こんな問題を一体どう解決すればいいのだろうかということが、大変気になるわけです。皆様もうよくご承知のとおりの状況です。







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