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第3章 ケミカル流出事故と防止対策
第1節 ケミカル流出緊急対応
 
 今年5月、アジア地域におけるケミカル流出対応制度の整備を目指した新たな取組みが始まりました。以下にその概要を紹介します。
 
1 組織及び体制の概要
 ケミカル流出については、その特性の特殊性、多様性から石油流出のような一般的な対応策の準備が難しいと言われていますが、今回の取組みは、実際のケミカル流出時に、(1)情報の提供、(2)専門家の派遣、(3)実際の除去作業の3段階に分けてサービスを行う緊急時対応センターを民間ベースで設立しようと言うものです。
 この制度は、シンガポールケミカル産業協議会(SCIC: The Singapore Chemical Industry Council)の主導により設立された「アジアケミカル輸送緊急センター」(ASCTEC: Asia Chemical Transportation and Emergency Center)が中心となります。
 サービスを受けようとする企業は、このアジアケミカル輸送緊急センター(ASCTEC)に登録することで、ケミカル流出時の対応援助を受けることが可能になるという仕組みです。
 
2 サービスの内容
 サービスの内容は上述したとおり、3段階に分けて実施されます。
(1)レベル1
 無料電話により、特定のケミカルの特性、危険性、成分等を24時間体制で情報提供するサービス。
(2)レベル2
 ケミカル流出現場へ専門家を派遣し、除去作業についての専門的助言、連絡調整を行うサービス。但し、実施する業務アドバイスに限定され、実際の作業、作業指示は行わない。
(3)レベル3
 実際のケミカル除去作業を実施するサービス。除去作業に要する支払い行為についてのエンドースが必要。
 
3 開始時期
 なお、当面はレベル1「情報提供」からスタートしますが、来年の早い時期にレベル2「専門家派遣」からレベル3「除去作業」までの対応を可能にしたいとしております。
 
4 料金
 年間登録費用は登録する企業の所在国や提供するサービスのレベルによって変わるとのことですが、その範囲は5,000〜20,000シンガポールドルとのことです。これまでにケミカル船運航会社2社が会員登録をしたとのことです。
 
5 実際作業の請負企業
 実際にこれらのサービス作業を行うのは、「アジアケミカル輸送緊急センター」から委託を受けたケミカル対応専門企業体「SGS-ALERT」が行うことになっています。「SGS-ALERT」の組織概要を以下に概略説明します。
 「SGS-ALERT」は「SGS社」と「ALERT社」の共同運営体となっています。
 「SGS社」は、石油、ガス、ケミカルに関する検査、認証業務を行う世界最大の企業で、スイスを拠点とし、全世界に1600を超える事務所を構え、140,000種類を超えるケミカルのデータベースを保有していると言われています。
 また、「ALERT社」とは、「ALERT DISASTER CONTROL社」のことで、油田発掘作業の暴噴、火災、ケミカルプラント災害における緊急時対応、安全管理技術、職員のトレーニング等を行う企業とされています。カナダを拠点とし、アラブ首長国連邦(ドバイ)、カナダ(カルガリー)、米国(ヒューストン)、シンガポールに事務所を構えています。
 
6 まとめ
 簡単に言えば、ケミカルについてのデータを豊富に所有する「SGS社」と緊急時対応を専門に行う「ALERT社」が「SGS-ALERT」を共同で組織し、専門的知識と機動力を活用し、「アジアケミカル輸送緊急センター」(ASCTEC)の名前の下、ケミカル流出対応サービスをすることになったということです。
 石油産業でいえば「EARL」(East Asia Response Limited)に相当する組織がケミカル対策として設立されたということになります。
 
第2節 シンガポール港におけるケミカル流出対応訓練
 
 2001年9月5日、シェルのパンダン桟橋においてMPAとシェルがケミカル流出訓練を実施しました。
 コードネームは「CHEMSPILL2001」で、シェルによってケミカル流出訓練が行われるのは、これが初めてのことです。
 この訓練では、市民防衛軍(日本の消防庁に相当する。)等陸上に基地を持つさまざまな団体からも出席を得て、合計120名が参加する大規模なものとなりました。
 MPAの港湾運用管理センター2(POCC2)に配置されているMPAの緊急事態運用委員会(EOC)が、「ケミカル海上緊急対応プラン(CCPM)」を発動させ、対応活動を調整し、訓練の総合指揮を務めました。
 なお、以下は本訓練のシナリオです。
 
「訓練のシナリオ」
 2001年9月5日0845、コンテナ船「ブルー・シー」(総トン数37,398トン)が、パシルパンジャンのコンテナターミナルに向かっていたところ、エンジンが故障し、シェルのパンダン桟橋に横付けしていたケミカルタンカー「フジガワ」(総トン数10,800トン)に接触した。事故発生当時、フジガワ号は5種類の異なるケミカルを積載しており、そのなかにはスチレンモノマー2,100メートルトンも含まれていた。この接触でケミカルタンカーの貨物タンクに0.8メートルの亀裂が生じ、スチレンモノマーが海上に流出した。続いて第二右舷タンクから火災が発生し、該船の周囲の海上にも火災が広まった。両船の乗組員がひどい火傷を負った。
 0900に報告を受けたMPAは、海上ケミカル緊急対応プランを発動した。緊急事態運用委員会(EOC)及びその他関係団体の代表らが、事故管理のため召集された。MPAの港長が議長を務めるEOCは、PSAビスタのPOCC2で開かれた。警察沿岸警備隊(PCG)とサルベージ会社に事件が報告された。環境省(MOE)の代表、市民防衛軍(SCDF)、シンガポール警察、保健省(MOH)、AVA、シェル、東京タンカー(タンカー船主)、SGS Redwood、Alert Disaster Control(対応会社)などが訓練に参加した。
 
第3節 ジョホールバル港のケミカル対策
 
1 調査の概要
 日本海上保安庁の国家対策チームのメンバー3名から構成されたJICA調査団は、マレーシア政府の招待を受け、有害・有毒物資(HNS)の海上輸送に関する調査を実施しました。調査団は、2日間にわたってジョホール港の以下の場所を訪れ、現地調査を実施しました。
(1)ジョホール港湾庁事務所
(2)チタン石油化学工場
(3)パシルグダン港周辺海域
(4)ケミカル流出事故(Endah Lestari号)事故現場
(5)出光ケミカル工場と桟橋
 
2 調査結果の概要
(1)パシルグダンのジョホール港湾庁事務所
 ジョホール港湾庁(JPA)は、港の所有者であり、ジョホール州にある港の取締りを行っている政府機関です。ジョホール港湾庁は、ジョホール港社(JPB)、タンジョンペレパス港(PTP)その他私営ターミナル運営者等を取り締まっています。
 ジョホール港湾庁は、今年6月13日0335にカンポンパシルプテ沖でケミカルタンカーEndah Lestari号が転覆してフェノール流出した際にも、先頭に立って調整を行いました。
 E号の事件は、地元のみならず国際ニュースとしても広く伝えられました。ジョホール港湾庁は、この種の事故が発生したのは初めてのことで、十分な対策がとられていなかったことを認めています。
 幸いケミカル物質は海水に分解されましたが、これによって流出したケミカルの回収は難しくなりました。最初の数日間は、科学技術環境省の化学局からケミカルが腐食性であることが知らされたことから、たいした対応はとられず、その後6月17日になってから、やっとダイバーが現場に派遣されました。同月23日には全ての防除作業が終了しました。
 ジョホール港湾庁によると、603トンから608トンのフェノール及び海水が回収され、別の船舶Suhaila号に瀬取りされました。ジョホール港湾庁は一旦E号の船体及び積荷を取り押さえましたが、その後解放しました。
 ケミカル流出事故を経て、ジョホール港湾庁は小さなエリアにケミカルの流出を保つことのできる装置を作成しました。それはある素材を用いて「封筒」を作り、流出したケミカルが保たれるよう船体全体に覆うというものです。強度の酸性剤を運ぶのに用いるプラスチックの容器が、丈夫で値段も安いとジョホール港湾庁は述べています。
パシルグダン油流出対策委員会は(PAGOSTAF)は、石油・ケミカル産業と政府機関がジョホール港で流出が発生した際に資機材を共有するための非公式な集りですが、同対策委員会は、年に一度緊急対応訓練を実施し、レベル1の油流出事故に対応できる資機材を保有しています。同委員会には、ケミカル流出に対応できる資機材はありません。このほかに、石油産業業者・ケミカル産業業者・政府当局は個別に消防器具を所有しており、これをまとめて保管することも可能です。ジョホール港で火災が発生した際には、地元の消防局が先頭に立って、消火作業が行われます。
 
(2)パシルグダンのチタン石油化学工場
 ジョホール港は液体ばら荷ターミナルを運用していますが、このターミナルでは、チタン石油化学製品も多く見られます。見学中にも、有害・有毒物資の海上輸送について話し合われました。チタン石油化学工場側は、同ターミナルで安全予防措置を実施するのはジョホール港社の責任であるとしていますが、チタン石油化学工場も、ジョホール港自由貿易ゾーンに位置しています。
 
(3)海上でのパシルグダン港見学
 ジョホール港社は、港湾施設及びE号事故現場の見学のためにボートを用意してくれました。すでに漁師は仕事を再開しており、漁村は普通の状態に戻っていました。
 フェノールの流出で30の養魚場が被害を受け、その被害額は50万リンギに及びました。フェノール流出の数日後には、マレーシア漁業開発局が事故現場を訪れ、被害の査定と養魚場への補償の手配をしました。
 このほかに、ボートから一般貨物、食用油、液体ばら荷、コンテナターミナル等を見学しました。ジョホール港湾庁の職員は、液体ばら荷ターミナルでの安全予防措置の実施は利用者全員が共有する責任であると述べました。
 
(4)出光ケミカル工場と桟橋
 出光ケミカルの親会社は、1972年にマレーシアに進出しました。出光ケミカル工場及び桟橋は、ジョホール港自由貿易ゾーン外の私有地にあります。
 出光の取り扱っている2つの主要原料は、エチレンとベンゼンです。エチレンは、トレガンヌ沖の天然ガスから抽出され、船でパシルグダンの出光専用桟橋まで運ばれます。出光ケミカルの完成した製品はポリスチレンで、固形・無害・不燃性であるため、出光ケミカルは液状のケミカル流出対策をとる必要がないと言っています。
 船舶からの油流出対応のため、出光の桟橋には250メートルのオイルブーム2つが設置されています。このほか、工場には消防車が配備され、安全器具が取り付けられている。出光ケミカルは、ほかのパシルグダン油流出対策委員会のメンバーとともに、積極的に緊急火災・油防除訓練に参加しています。
 
3 結論
 ジョホール港自由貿易ゾーン内のケミカル産業では、液体ばら荷ターミナルで誰が安全基準を施行するかはっきりとした責任分担がありません。
 ジョホール港自由貿易ゾーン内に多数のケミカル工場があり、これらの工場の多くが液体ばら荷ターミナルを利用しています。ケミカル産業の安全確保のため、正式な緊急時の体制を整える必要があります。







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