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III AIS今後の課題
 本委員会においては、平成14年度・15年度と2ヵ年にわたりAISの基礎調査からはじまり、現にAISを活用している海域の現況を調査するとともに、IMOでの検討の状況等のAISを取り巻く国際的な動向について調査してきた。
 これら調査により、AISはその活用法において開発当時の衝突予防機能に加え、SAR、情報提供、更にはセキュリティヘと幅広い分野での活用法の検討がなされることとなる反面、現実には未だAISの利点に懐疑的な意見は絶えず、またAISシステム自体の不具合や誤情報の送信と対応といった運用上の問題も浮上してきた。
 そこで本項では、これまでの調査結果をもとに現段階でAISが持つ問題点を抽出した上で、今後AISを有効に活用するため必要な対応を「今後の課題」としてとりまとめることとする。
 
1 AIS情報の管理
(1)動的情報に関するシステム上の不具合
イ これまでの調査で、船首方位が反方位で表示されたり、レーダー情報と違う位置情報や針路・速力情報が同時に表示される場合など、動的情報に関し明らかに誤ったAIS情報がディスプレイ表示される場合があることが判明した。
ロ 右不具合については、発生の頻度や発生原因の究明など十分な調査が行われていない段階であり、今後、わが国で運用が本格化される段階では右不具合の発生を念頭に入れて運用・対応を検討する必要がある。加えて、発信している船側では、そのような誤った情報が送信され相手側で表示されていることを確認できないため、外部から指摘されてはじめて事態を認識することとなる。更に指摘を受けても、原因が通信技術的問題のような場合には航海士が現場で不具合を解消するには限界がある。
ハ そのため、不具合がある場合の原因究明、当該船舶への指摘と改善指示について、責任ある機関による改善までの手続き及び指摘に従わない場合の対応策といった一連の是正措置の仕組みの検討が必要である。
(2)静的情報に関する誤情報の取扱い
イ 船名、IMOナンバー、AISのアンテナ位置、船の長さ、積荷、入港予定地・日時等などあらゆるパラメーターに関し誤情報の入力がかなり頻繁に観察されている。右は、単純な入力ミス、入力忘れ、更新忘れ等の過失によるものと、故意による誤情報入力が考えられる。
ロ 船名、IMOナンバー等は、AIS備え付け時に業者が入力するもので、基本的には乗員では変更できないことから、誤った情報が送信されていることが判明してもすぐには是正できない。
ハ 一方、積荷、入港予定地等の情報は乗員の手入力によるものであり、かつ現状ボランティアなものであるため、正確な入力を徹底することは運用上困難を伴う。
 更に、誤った情報が入力されている場合には危険な状況を招来するおそれがある。
ニ これに対する対応策としては、一定の情報については入力を強制化することが考えられる。例えばドイツにならい、航路を航行する船舶に義務付けている行き先信号に限定し、AIS上で表示できるよう入力を義務付けるとの対応も今後検討すべきである。
ホ いずれにしても、上記(1)と同様、情報の監視体制・手続きについて検討を要する。
(3)個人情報としての取扱い
イ ドイツではAIS情報は個人情報であるとして、その取扱いについて慎重を期しているとのことで、関係機関等の間でのネットワーク構築には慎重な姿勢を見せている。
ロ 今後わが国においても、AISのシステム・セキュリティ確保のための技術上の検討を実施するとともに、AIS情報の共有のためのネットワークを構築するに当たっては、システム上のAIS情報の取扱いに関し、共有情報の管理責任等の観点から十分な配慮を払う必要がある。
ハ 更に、航行安全上及び保安上の観点から、故意の誤情報発信やAIS情報の悪用に対する対応策を法制面での整備の要否を含め検討する必要がある。
 
2 簡易AIS(クラスB)への対応
(1)ディスプレイ表示上の問題
 将来、安価な簡易AISが登場し、プレジャー・ボートや漁船などの非SOLAS船がカーナビ並に搭載・活用することとなった場合、輻輳海域においては多数のAISシンボルがディスプレイ上に表示され、それぞれの識別に支障をきたすこととなることが予想される。ディスプレイ上での表示には限界があるため、有効な表示方法を検討する必要がある。
(2)情報の質の差
 クラスB自体機能の差を持つ3種類が想定され、更に、システム上でトラフィック量が混雑した場合クラスA情報が優先されるため、結果的にクラスBからのAIS情報の更新時間間隔が長くなる。これにより、同一画面で渾然となって表示されるクラスAとクラスBからのAIS情報の質に差が生じ、結局、AISを活用する上で航海士は右につき特別な配慮が必要となり実用上の支障となるばかりでなく、それらの情報の誤った活用による衝突の危険を招来する可能性がある。
(3)見張りを怠る誘引となる懸念
 プレジャー・ボートや漁船がクラスBを購入する動機の一つは「他船の動向を確実に把握できる」と共に、「周りの船は自分の動きを常に認識してくれている」といった期待であると考えられる。しかし、現実的にはAISを搭載していない船舶はもとより、SOLAS船であっても活用していない場合にはAISによる認識は行われない。更に、衝突防止等の航行安全確保の手段としてAISに過度の期待をするものであれば、結局は見張りを怠ることの誘因となりかねず、あらためて「見張り」の励行及び機器に対する正しい知識と適切な使用法の徹底が不可欠である。
 
3 AISを通じた陸上から船舶への情報提供
 AISによる情報提供に関しては、航行支援情報、海難発生情報、気象・海象情報など様々な情報を提供するとのアイディアがあるが、右情報提供サービスの構築に当たっては、提供内容に関しユーザーたる船側のニーズを踏まえることはもちろんのこと、情報入手に必要なハードの面の検討、更には当該情報の表示の問題といったソフト面の検討などにつき十分な配慮が必要である。
 
4 ロングレンジとの融合及び国際的なネットワーク構築
 IMOでは衛星を使った船舶の動静把握システムとしてロングレンジ・アイデンティフィケーション・トラッキングが検討されており、右システムとAISとのシステム上の融合及びデーター・リンク、更に将来的には国際的なネットワークの構築について検討する必要がある。
 
5 国際海上衝突予防規則の見直し
 AISが操船上どのような形で衝突予防に寄与できるかは現在のところ未知数であるが、AISが航海計器の一つとして世界的に普及するにつれ、AISの適切な使用に係る指針を再度吟味する必要性が出てくると考える。また、より拘束力の強いかたちでAISの適切な使用を確保するためにも、場合によっては国際海上衝突予防規則(COLREG)によって、現行のレーダー使用の規定(Rule6〜Rule8)の如く手当てする必要がある(すでに海外の専門家の中には、COLREG改正に関する問題意識を持っている者も見受ける。)。今後ともIMOでの本件に係るCOLREG改正等の動きをフォローしつつ、国内的には、東京湾をはじめ世界でも有数の輻輳海域を有するわが国として、現場でのAISの活用例、AISに関連する事故例・ヒヤリハット事例の収集・分析、ユーザーからの意見の聴取等を積極的に行い、鋭意、AISの衝突予防効果について検証し、要すれば、IMO等で報告・提案することも国際海事政策における日本のイニシアティブとして意義あるものと考える。
 
6 教育訓練・啓発活動
(1)AISを航行安全のためのツールとして活用する上での限界
 AISはレーダーと異なり特別な機器を有することで初めて相手に識別されるものであり、「ディスプレイ上で表示されるのはAIS搭載船のみ」という事実を使用者に強く認識させる必要がある。今後、特に簡易AISユーザーが普及のうたい文句を鵜呑みにし、AISの機能を誤解した結果、操船する上で最も重要な「見張り」を怠ることにより海難事故が多発するであろうことは、自動操舵装置に起因した海難の多発の背景を考えても想像に難くない。
(2)AIS活用に係る基本方針の明確化及びマニュアルの作成
 AISで得られる情報の特性から、どの情報を操船上どのように活用していくか、反対にどの情報は活用してはならないかなどについて、現在IMOで進められているAIS活用法に係るガイドライン作成の動きをフォローしつつ幅広く調査・研究した上で、AIS活用に係る基本方針を明確化する必要がある。更にその基本方針に則り、将来的なクラスBの普及を考慮し、クラスを問わずAIS使用者全般を対象としたAIS活用に関するマニュアルの作成を検討する必要がある。
(3)啓発活動
 更に、上記マニュアルを活用したAISの適切な運用法に係る啓発活動を、広くAIS使用者全体を対象として、積極的に展開していく必要がある。
 
7 AISの活用
 今般、本委員会岡野委員から、航海訓練所に所属するAIS搭載船の乗組員のAISに対する意見を取り纏めた資料の提出があった。(別添参照)
 右が指摘するように、AISにはなお多くの解決すべき問題点、課題がある。
 同時にAISは、未だ開発途上にあるといえ、今後に多くの可能性が期待できる。
 どのような情報をどのように活用していくかは今後の大きな課題であり、今後は広くユーザーの意見を聴取しながら、AISを有効に活用するシステムについての調査研究が求められる。
 
 
航海訓練所
2004. 3. 18
 
AISの課題に関する意見
=安全運航を主眼に=
 
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 AIS開発の経緯(北欧で、特にフィヨルド地域において、相手船が見えない状況や濃い霧の中での衝突回避のために開発)を踏まえ、船舶交通が輻輳する海域や多数の漁船操業の視点を取り入れた検討、基準及び装置開発が必要。
 
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 AISだけでなく、最近のナビゲーションシステムは、船橋のモニター画面をいろいろ変えることによって、様々な情報を提供するが、それを利用する運航者側から見れば、情報の洪水であり、提供するべき情報をもっと整理するべき。(航行区間で情報の種類を変えるなど、港内モード、湾内モード、沿岸モード、外洋モードなど)
 
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 AISを今後どう使用していくかに対しては、運航管理や船舶交通管理には、大変有効だと考えるので、その方面の検討を先に進め、衝突予防への利用については、運航者の視点での研究をさらに続ける必要がある。
 
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・全ての旅客船と300総トン数以上の国際航海に従事する貨物船にはAISの搭載義務があるが、それ以外の船舶にはAISを搭載する義務がない。したがってAISだけではレーダ・ARPAのように他船の動静を把握することができない。
・小型の船舶にAISを設置する場合、他の設備(特に国際VHF)への影響が心配される。
 
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・各種航海機器の精度により、AIS情報に誤差を含む可能性がある。実際、青雲丸でナポリに入港したとき、都市雑音でGPSデータが全く異なる値を示したことがある。
・GPS受信機により取得した船位はGPSアンテナの位置である。
・アンテナの設置場所によってはレーダマスト等による伝搬上の死角が生じる。
・自船において、自船からAIS電波が送信されているのか、送信されている情報が正しいものであるのかを確認する手段がない。
・ブラックアウトになるとAISは利用できない。
 
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・AIS表示器に表示される情報は、文字情報のみによる船名、位置、針路、速力等の情報である。文字情報だけで付近船舶との位置関係を把握するのは困難である。
・レーダ画面上にAISシンボルを表示(重畳)させることができるのは、新型レーダのみである。旧型レーダにもAISシンボルが表示される予定であるが期日は未定。したがって現在は2つの表示方法(AIS表示器のみ、表示器+レーダ画面への重畳)が存在している。AIS情報を積極的に操船に利用するには重畳機能が必要であるが強制ではない。
・多数船舶の情報が表示器に示されると、ページ送りのスクロールが遅くなる。
・同一船のARPAシンボルとAISシンボルの示す値が異なることは多々あり、両者の違いを理解し、相互に補完し合うものであることを念頭に置き、操船する必要がある。
←AISに関する実習訓練で強調すべきところはこの部分だと考える。
・AIS表示器を海図区画に設置している例がありますが、表示器だけを見ても何のことやらわからない。表示器は船橋前面のできればVHFの近くに配置するべき。他船を目視で確認して方位を図り、AIS表示器を見てその船の船名、針路を確認し、必要ならVHFで船名を呼んで交信するという使い方が良いと考える。レーダにAISデータが表示される機能があれば、レーダ画面で他船情報を確認できるので表示器は海図区画にあっても良いかもしれないが。
・現状ではレーダ画面にAISデータとARPAデータを混在して表示させると非常に見づらくなり、また、AISデータをレーダ上で処理する際に信号がとぎれるとすぐにアラームが発生するので、使いづらいとの話も聞いている。
 
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・漁場、海賊発生海域等自船の存在を知らせたくない場合、AIS搭載船であっても船長判断でAIS情報を発信させないことができる。つまり、AIS搭載義務のある船舶であってもAISを運用しない場合がある。
・船名、位置、針路、速力等の送信は強制されるが、乗組員数、目的地、積荷等は任意項目となっており、送信されない場合、または情報が更新されていない場合がある。
・最大2000個/分の情報を得ることができる。情報過多にならないように、取捨選択する必要がある。
・目視によらなくても複数の船舶の行動を把握することができるが、そこに危険が潜んでいる。
・AIS設置により出入港時に多くのデータを入力するのが負担となっている。AISに入力するデータを整理し、重要度の低い項目については廃止すべきである。
・データを入力できる状態にするためには、いくつものメニューから選択しなければならず、入力に要する時間が多く必要となる上、操作の習得が負担となる。
・製造メーカによって操作方法が異なるため、機器毎に操作方法を習得しなければならない。
 
以上







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