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II 国・海域別調査等
4 ドイツにおけるAIS整備の現状
 平成15年11月27・28日、ドイツ連邦水路・海事局、ハンブルグTVSセンター及びBSHを訪問し施設見学を実施、担当者からの情報収集及び入手した情報資料を取り纏めたものである。
 
1-1 ドイツ連邦水路海事局(WSV)
 関係者からの聞き取り調査及び提供いただいた資料から概要を取りまとめたところ次の通り。
(1)WSVの所掌
 WSVはドイツ連邦運輸・建設・住宅省の下部機関として、国内の水路管理及び船舶交通の監視・指導及び情報提供に責務を有し、船舶交通の安全確保の一環として、次の業務を行う機関である。
イ 船舶交通の安全に対する危険の排除
ロ 海上物流の効率維持
ハ 海運に起因する海洋環境への脅威等の排除
ニ その他、ユーザーが求める水路環境の維持
(2)WSVの業務
 WSVは大きく分けて以下3つの業務を行う。
イ 灯台・浮標の整備・維持管理
ロ 船舶交通監視(VTS)
ハ 電波航法システムの維持(ロランC、DGPS)
(3)VTSセンターの業務
イ ドイツ沿岸には13箇所のVTSが整備されており、現在は船舶からの通報及びレーダー情報に基づき、IMOのVTSガイドラインに沿った「情報提供サービス」及び「船舶交通の秩序維持サービス」を実施するとともに、視界不良時などの特別な状況においては「航行援助サービス」も行っている。(ドイツのVTS配備状況は別図1参照
ロ ドイツでは、長さ50m以上の全ての船舶と危険物積載船はVTSに対し必要な情報を通報する義務があり、VTSでは担当海域を航行する船舶を登録するとともに継続して監視を行う。VTSはそれらの船舶に対し、「情報提供サービス」として、一時間毎、及び求めに応じて水路内における重大な状況及び事故に関する情報を提供している。また、VTSでは「船舶交通の秩序維持サービス」として、危険な事態を回避するため船舶交通の状況を監視している。更にレーダー映像により衝突や乗揚げの危険を船舶に注意喚起したり、視界不良の場合に、他船の動静に関する情報を提供するとともに、必要であれば取るべき針路を勧告する。
 
1-2 AIS導入の進捗状況
(1)WSVの取り組み
イ WSVではEU指令を受けて、AISと、従来から沿岸広く整備されているレーダー本位のVTSとの統合作業を目的とする「船舶交通工学システムの再構築プロジェクト」を実施しており、過去数年の研究を経て、右運用上の使用要件を確立した。右使用要件はその後も修正が加えられ、AIS情報がVTSのみならず港湾公社や海上救助調整本部(MRCC)等の陸上側ユーザーへの提供、更には伝統的な航行援助機能の一つとして活用することも検討されている。
ロ AIS整備にあたり関係省庁の理解と協力を得ることを目的として、2002年WSVは第一回関係省庁合同会議を開催、港長、税関、入管、警察、軍、運輸担当者等を集め、AISに関する基礎情報及び情報ネットワークに関する情報を提供するとともに今後の対応について協議した。その後、次の段階としてパブリック・ミーティングを開催し、船社、代理店などの海運・港湾関係の民間企業・関係者に対し、同様にAISの基礎情報等を提供すると同時に、AISのサービスに関する意見・要望を聴取した。
 2004年にも、このような会合を開催しAIS整備に係る理解を得るとともに、システムヘの要望を聴取することとしている。
(2)WSVが考えるAISの基本設計
イ AIS関連施設の整備
A 将来的にはAIS受信局を10箇所整備し、沿岸を航行する船舶のAIS情報は受信局を通じ航行船舶を担当するVTSに入力されることとなる。(別図2参照
B 現在、バルト海側のヴァルネミュンデAIS基地局で試験運用中。ドイツ東部については、将来的にもこのヴァルネミュンデAIS受信局が情報を集中管理することとなろう。(なお、今回視察したハンブルグVTSにおいても、動静監視スクリーン上でAIS情報を閲覧することができた。)
ロ カバレッジ
 AIS基地局は領海内の船舶はもちろん、海運の安全と効率化及び海洋環境保護の観点から、EEZ内の船舶もカバーすることとしている。
 ちなみに、現在IMOで検討されているロングレンジ・トラッキングについては、ドイツの地勢的な特徴等を考えると必要なく、AISで十分と考えているとのこと。
ハ 周波数
A AISの使用周波数については、クラスBの普及を考えると、将来的には現行2つから4つに増やす必要があるが、当面はクラスAを優先するとの考え方から現行システムで充分と考えている由。
B 小型船への特別な周波数の割り当ては考えていない。ドイツにはプレジャー・ボートは多数いるが漁船は100隻程度しかいなく、全体を考えてみてもVHFで充分対応可能と考えている由。
ニ 監視海域と監視方法
 ドイツの水域におけるVTSによる船舶交通の監視方法については、交通量の違いや地形及び環境の違いに応じ、3つの海域に区別しそれぞれ異なる方法で監視することとしている。
A HIGH: 高輻輳海域−<人的把握を維持・強化>
 交通量の多い港の入り口や進入航路を含む船舶交通が輻輳する海域については、従来通りの人的な監視体制を維持する。AIS導入により、従来のレーダーによる船舶交通監視に加え、新たにAIS情報により船のデーターと針路・速力を常に把握できることから、船舶交通の環境を継続的に監視・管制に新たに効果的な手法が得られると考えている。
B MEDIUM: 一般海域−<人的監視とシステムによる自動監視を併用>
 この海域は平均的な交通量を有する海域で、沿岸から離れているという理由でこれまでVTSは監視の対象としていなかったものであるが、今般、AISをECDISと連動することによりシステムによる自動監視の質を向上させる。VTSではディスプレイ上のAISデーター表示をオペレーターが監視することで、必要に応じ船舶に対し危険な状況にあることを連絡することができる。この作業は、例えば船舶が航行すべき航路から逸脱した場合に、当該船舶の位置・航跡の目視による監視と、自動的に異常事態を知らせる機能(ブザー、ターゲットの点滅等)の適切な併用により効果的な運用が可能となる。この機能を整備することで、特に敏感海域における事故や衝突の発生の可能性が相当程度軽減されると考えている。
C LOW: 低交通量及び主に小型船航行海域−<システムによる自動監視>
 交通量が少ない海域又は小型船(漁船、ヨット、プレジャー)が主に航行する海域は、システムによる航行船の自動監視を行う。もし当該海域が、例えば潮流が早く水深が浅いため針路を頻繁に変える必要があるという理由などから、自動監視システムが使用できない場合であっても、VTSセンターがAIS情報を有しているということは、当該船舶が海難などの緊急事態に陥った場合に右を早期に感知することで、迅速な対応を取ることができる。
ホ 船舶から発信されるAIS情報の取扱い
A 船舶交通の安全性の向上という本来の目的を離れ、AISは船社と港湾ビジネスとの間の情報交換の効率を向上する。港湾ビジネスにとって、入港する船舶の現在位置と入港予定時刻を知ることは重要であり、陸上での各種サービスを含む港湾全体のロジスティック・チェーンの効率化は早くて正確な情報の流れに大きく依存している。ただしこの目的を達成するには、法的な制約が考慮されなければならない。
B つまり、AISで得られる船位情報は個人情報に属するもので、AISを通じて入手した情報の取扱いについては慎重を要するとともに、提供者たる船社等の理解は不可欠と考えている。また、情報の共有についても、限定されたものとすべきとの考えで、政府の機関でも、当該機関の所掌に従い得られる情報を差別化する必要があり右につき一定のルール作りが必要と考えている。更に船会社からAIS情報のネットワークヘのアクセスについても、自社の船舶のみについて可能とするなどの限定をかけることとしている。
ヘ AISによる船舶動静監視
A 教訓
 約10年前にエストニアのフェリーが沈没し約800人が行方不明となった大海難がある。当時、海上は荒天で霧も深く、更に沈没位置も不確定であったため、各国の救助機関が捜索救助活動を行うも、お互いの位置を把握することすら困難だったため、むやみに現場に近寄れず、救助活動に大変時間がかかったことから、結果として死亡・行方不明者が相当数に上ったという。更に最近においても、ドイツ内水で大型フェリーが火災を起こし、千人規模の乗客が船から脱出・避難した事案がある。
 これらの教訓から、VTSで船舶の動静を監視する上で、船舶を自動追尾している状態で突然のピード減が認められた場合には警報がなるシステムを付加し、それらの船に対しVTSセンターから安否を確認するといった運用を検討している。
B モニター機能
 このように、AISからの情報の活用方法のひとつとして、船舶の動静監視システムを構築する場合、次のような行動について警報を発することを検討している。
(1)速力の急速な変化(衝突、機関故障、悪意ある行動)
(2)異常な変針(衝突、悪意ある行動)
(3)異常接近(定置網、漁船群)
(4)一定時間以上の他船との接近(積み替えの可能性)
(5)立入り禁止区域への侵入(訓練海域、原発)
C 速力監視
 通航船の速力監視については、AISによる追尾・監視は速力制限違反事件訴追のための強力な武器となる。特にキエル運河は、事故等により物流が途絶した場合、経済的も大きな影響を与える可能性があり、依存度の高い運河の通航妨害となるような事案は、これまで証拠の面でなかなか取り締まれなかったものが、今後AISによる継続監視により可能となる。
 ちなみに、キエル運河は長さ約100km、幅は狭隘部水面上で103m、深さは11mの大運河で、船舶にとってはデンマーク沖合いを迂回するルートよりも短距離かつ静穏であるため多くの船舶が行き来し、年間の通航量はのべ約4万隻であり、エルベ河の年間通航量6万隻に次ぐ物流の大動脈である。運河内は強制水先となっており、閘門で水位を調整する方式であり、運河内で大型船が行き会わないよう、運河出入り口沖で待機させるなどの航路管制がなされているが、今後、AISをベースとした航路管制に移行する予定である。(別図3参照
ト セキュリティヘの対応
A AIS情報のセキュリティヘの活用については、AIS情報を入手するVTSは言わば耳の役割を行うものであり、当該情報を機械的に関係当局に伝達・転送するのが本来の業務。今後、VTSがセキュリティアラートを直接入手することも出てくるため、特別に訓練されたVTSオペレーターを要所に配備することとなるが、VTSとしては基本的に当該情報の伝達・転送、及び特に指定された船舶の監視強化が業務と考えている。
B AISのSWオン・オフについては、EU指令に基づき特別な場合を除きEU入域中は常時オンとしておくことが決まっており、義務船舶がSWオフしている場合には、右を警察当局に連絡し対応を取ることとなろう。
チ 船舶への情報提供
A AIS技術を利用し、特別な海域を航行している特定の船舶、或いは全ての船舶に対し、短いメッセージを伝達できる。航行警報、航法に関する規則、或いは港湾関係情報などを何時でも送信することができるのがメリット。
 また、VTSセンターから擬似AIS情報を送信するというアイディアもある。例えば、VTSセンターがAIS非搭載船をレーダーで捕捉できた場合には、当該船舶の位置をVTSから擬似AIS情報として送信できる。
B これらの情報提供については、現在ユーザーの要望を踏まえながら検討中。情報の伝達に関し、受手が情報受信に必要なAIS付加機器を有しない場合には提供される情報は見られない場合があることから、ご指摘のとおり公の機関としての情報提供上、公平性が阻害されるとの認識がある。他方、当該情報を閲覧するための機能付加を強制化すると問題が大きく、情報を必要とするものが必要な機能を整備するという考え方もある。いずれにしても右は今後の問題である。
リ 周辺国とのAISネットワークの構築
A ネットワークの構築については、個人的には懐疑的。EU指令とヘルコム宣言に則り、バルト海沿岸では早急にAISネットワークが整備されることとなっているが、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーといったスカンジナビア半島側は着々と準備されているらしいが、例えばロシアやデンマークなどはどの程度の進展があるのか詳細は不明。本件についてはスウェーデンが積極的に推進しているが、各国間で共有される情報については、AIS情報が個人情報であることから充分な検討が必要であると考えている。今ドイツは、国内のシステム構築をしっかりやっていくという段階と認識している。
B ちなみに、ドイツとオランダとの間では、国境を隔てる河川水路の船舶交通監視についての二国間協定を締結し、協定に基づきドイツが監視を継続して実施しており、右ドイツの安全への貢献に対しオランダが財政的に対価を支払う仕組みが構築されている。AISのカバレッジについても、デンマークとの協議を行い、デンマークの水域についてもドイツが監視をすることをデンマーク側は了解している。最近、ロシアからの原油荷出しが増加傾向にあり、今後、原油を満載した船舶の増加が予想されるため、それらの船舶の航路にあたる海域の監視は従来にも増して重要であるとの認識。
 
2 ハンブルグTVSセンター
 同センターを訪問し、VTSに関する説明及び入手した資料を取りまとめたところ次のとおり。
(1)沿革
 1965年以来レーダー・システムを使って航行管制を行う世界でも数少ない港として、船舶交通の安全と物流管理の効率化に寄与してきた。1988年にはレーダー情報解析機能を付加し、通行船のレーダー自動追尾が可能となった。更にInfonautと呼ばれる船舶情報システムとレーダーで自動追尾システムを連動させることにより、VTSのオペレーターが画面上で任意に必要な船舶情報を得ることができるようになった。
 そしてAISの登場により、従来、新たに港に接近する船舶はオペレーター自身が目視で初認していたものが、AISを活用することにより、管制エリアに船舶が入域すれば自動的にかつ高い精度で当該船の識別が可能となる。
(2)組織と施設
イ 組織
 現在はハンブルグ自治体に所属しているが、2004年末には独立して運営されることとなる予定。
ロ 財源
 主に係船料と情報提供料を考えている。情報提供料としては、現在も、船舶から通報してきた船名、積荷、喫水の情報を代理店等に有料で提供しているが、今後はAIS情報の提供もサービスの一つになると考えている。
ハ 施設
 レーダー13基(内1基は今後増設予定)、AIS受信機1基からの情報をVTSセンターで集中管理している。(別図4参照
ニ 記録
 現在、レーダー追尾で得た船舶の航跡情報は24時間、交信記録は7日間保管することとしている。衝突事故などが発生した場合には、船舶の航跡などに係る情報はハーバーマスターやパイロット、及び捜査当局に提供している。
ホ AISの利点
 ハンブルグに入港する船舶は、ハンブルグに到達するまで複数のVTSのカバーエリアを航過するが、従来は、新しいVTSのカバーエリアに入る毎にVTSセンターにボイス等で通報する必要があったが、AISが導入されその負担が軽減されることは船側にとっては歓迎すべき点。
(3)試験期間中のAISの実情
イ 静的情報
 VTSで受信するAIS情報には、積荷、喫水などありとあらゆるものについて入力ミスが目立つ。そのような場合、適宜当該船舶に指摘するが、船側では、どのようにして訂正するかわからない等の反応が多く、間違ったままで航行している場合も多い。
 現状においては、国内のどの機関が責任を持ってその間違いを正す役割を果たすのか、また国内的に罰則を設ける等の検討はなされていない。
ロ AISの位置情報
A 今回、VTSでAIS情報を視察したところ、レーダー映像とAIS位置情報とに約200mの差が出て表示されていた。(別図5参照)更に、接岸中の他の船の場合は、船主方位が約45度違って表示されていた。
B VTS職員は、この種異常は頻繁に見受けられるとし、同席したAIS担当技師は、AISのデーター入力違いか、GPS信号系の異常であろうとした。
C 今のところ、この事態に対し解決を求める手続きや所掌について定めたものがないことから、当面は傍観といったある種無責任な雰囲気があった。
 
3 ドイツ連邦海事水路庁(BSH)での情報収集結果
(1)BSHの所掌
イ BSHはドイツ連邦運輸・建設・住宅省に所属する職員900人(多くは技術者)からなる専門機関であり、所掌は大きく海洋科学、水路測量、及び船舶安全業務がある。船舶安全業務の中には、大きく船舶の検査・測度と型式承認を行う実験施設があり、今回の調査をコーディネイトしてくれたのは、AISを含む航海計器等の型式承認のための実験施設で働く専門家。訪問時、実験施設の見学をした際には、ちょうどフルノ製のAIS重畳型レーダーの検査を実施していた。(別写真1のとおり)
ロ AIS整備については、陸上施設の整備は水路・船舶局(WSD)が、BSHは洋上の関連施設の整備を担当。BSHとしては、例えば港外のブイなどに潮流、風向・風速、海水温度などのセンサーを設置し、観測データから出入港船の航行(針路・速力)に与える影響をAIS情報として送信するといったサービスを考えている。
(2)ライン河におけるAIS活用の研究
イ 現在ライン河を航行する船舶にAISを搭載した場合の実用実験を実施している。ライン河には、川の左岸を航行する場合には青旗を掲揚するとのルールがあり、AISにおいても、MSSAR REGIONAL APPLICATIONのスロットを使って同様に表示させることを考えている。
ロ ライン河航行船の中には既にAISを搭載した船舶があり、VTSとの併用で安全が向上するものと期待している。(ライン河航行船に関する参考資料は別図6参照







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