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II 国・海域別調査等
3 セントローレンス川におけるAISを使った航路管制の現状
 平成15年9月29・30日、カナダ・コーストガードVTS監視センター及びセントローレンス水路管理会社航路監視センターを訪問し施設見学を実施、担当者からの情報収集及び入手した情報資料を取り纏めたものである。
 
1 セントローレンス川の船舶航行の特徴
 
(1)所掌
 
イ セントローレンス河における船舶の航行安全については、入り口のセントローレンス湾からモントリオールの水路閘門までをカナダ・コーストガードが、セントローレンス水路内は13の閘門をカナダ側水路管理会社が、2つの閘門を米国側水路管理会社が担当している。エリー湖より西については、サーニア周辺をカナダ・コーストガードが通航船の動性を把握している他は特段の監視等を行っていない。
 
ロ セントローレンス水路は、東の閘門のモントリオールから西端はエリー湖まで至る400マイルの航路であり、通常船舶は8-10日かけて五大湖周辺の港を目指す。カナダと米国の国境は必ずしも水路の中央となっていないため、水路を航行する船舶は20数回に渡りカナダと米国の内水の出入域を繰り返す。そのため、カナダ内水でありながら米国側水路管理会社が航路監視を行ったり、また同様に逆の場合が生じる特殊な水域であり、両機関の緊密な協力は欠かせない。
 
(2)通航
 
イ セントローレンス水路は、氷が張り航行不可能となる冬場を除き、毎年3月中旬から12月末までが航行可能な期間である。その9ヶ月間で約3,000隻の国際航海に従事する船舶が通航、一日5-10隻程度の通航があるのみ。通行量は伸び悩みの状況にある。
 
ロ 物流としては鉄道との対抗を余儀なくされるが、鉄道側が水路開放時は運賃を下げ冬場は運賃を上げることでバランスを取って経営するのに対し、9ヶ月ほどの期間で一年分を稼がなくてはならず経営的には厳しいと言わざるを得ない。
 
ハ 航路内を航行するカナダ、米国のそれぞれの国籍船は約70隻であり、両国の水路管理会社が事業内容等を把握している。
 
(3)船舶検査
 
イ セントローレンス水路を航行する船舶は、水路東側入り口のモントリオールで船舶検査を受ける。この検査は水路が開放される期間中の初めての航海にESI(Enhanced Ship Inspect)と呼称する総合的な検査を1回実施する。
 
ロ 検査官はカナダ、米国の両コーストガード職員、又は指名された両水路管理者であり、検査内容としては、航海計器、安全・救命設備、機関、バラスト水、油水分離器など多岐に渡り、通常なにも問題がなければ3時間程度で終了する。
 
ハ 2002年のSOLAS改正を受け、これまでの船舶検査に加え、ISPSコードに基づくセキュリティ措置に関する検査も行うこととなる。
 
ニ 9・11事件の直後は、同年12月24日までに209回のカナダ・米それぞれの関係機関合同による検査を実施した。
 
2 カナダ・コーストガードによる航路管制の現状
(1)航行安全業務の歴史
イ 従来は各港の港湾公社単位でレーダー所を設置し、船舶からの通報とレーダー情報により港内の管制を行っていたものであるが、港内管制のみならずセントローレンス川を航行する船舶全体の把握と航路の管制を目的として、CCGがレーダー所・通信所の運用を全般的に所掌することとなったもの。
ロ ケベック地区については、現在CCGが4箇所の無線通信・航路管制センターを運営し、各センターにおいて、(1)港内入出港船舶に対するクリアランス発出、(2)港内における推薦錨泊地情報提供等の航路等の整頓、(3)通航船舶からボイスによる通過情報等の入手、(4)異常気象等の気象状況及び航路安全情報等の情報提供の業務を実施してきた。ケベック地区においてセンターが対象とする通航船舶等は一日約40隻である。
ハ 特に船舶交通の状況については、従来から船舶からのボイスによる位置通報に基づき、推測航法によりチャートとペンを使って位置を推定し(DR情報)、レーダー情報を有する2箇所のセンターではレーダー情報も併用しながら船舶の通航の実態把握と監視を行ってきた。
 
イ 基地局整備
A 今般、AISについては国家予算として27.5百万ドルが計上され、CCGがAIS基地局の整備及び情報の管理を所掌することとなり、現在までにケベック地区には7箇所のAIS基地局を整備、今後は水路が狭く船舶交通が輻輳するモントルイス沖をカバーするAIS基地局を2007年度を目処に整備し、最終的には20弱のAIS基地局でこの海域をカバーする予定。
B 将来的には、エリー湖とフロン湖をつなげるサーニア地域の監視を行う予定であり、最終的にはカナダ国内では太平洋側のバンクーバーを含め72基の陸上局を整備する予定であり、それらの情報はネットワーク化され共有されることとなる。
ロ ケベック地区
A AISシステムのディスプレイでは、当該AIS基地局で受信したAIS搭載船からのAIS情報、レーダー2箇所からの通航船舶のレーダー映像情報、及びタグボート等の水路内を航行する非AIS搭載対象船からの通報に基づきオペレーターがマニュアルで入力するDR情報について、同一画面で表示される。現在ある4箇所のセンターでは、同一のソフトを使用し同じ画面をディスプレイ上で監視することができる。
B 従来は無線による監視が主だったオペレーターに対し、AISを使った監視作業の訓練を実施するとともに、AISによる監視作業自体の評価を行うため複数のプロジェクトを実施してきており最終段階にある。
ハ 入港事前通報
A 9・11事件を受け、セントローレンス河を航行する船舶は入港前96時間までに、入港する船舶から衛星電話を使ってコーストガードの地上局に20項目にわたる入港情報を通報することとなっている。
B 着信した地上局のオペレーターは、右情報をコーストガードが維持・運営するINNAV(Information system on marine navigation)に入力する。INNAVは、これら静的情報とAISを通じての動的情報を、別々にデーターベース化して記録する。
C 入力された情報は、船の目的地に応じ関係の機関(CCGの他のセンター、パイロット、港湾公社、代理店等)に自動的に配信される。他方、直接関係ない機関であっても、ネットワークを通じて興味のある船に関する情報を入手することは可能。
ニ データーベース
A CCGではINNAV(Information system on marine navigation)と呼ばれる情報データーベースを構築している。右は船舶の航海に関する情報DBであり、関係機関との情報の共有を図り、かつシステム・セキュリティを確保するため、オリジナルのデーターベースとは完全に独立した共有用データーベースを作成・リンクさせており、オリジナルからのDBからの更新のみができる。
B 共有用データベースは、政府機関である国防省、港湾公社、税関、警察などの他に、代理店、船社、パイロットなどあらゆる海事関係者が、予めセンターの承認を得た後、専用WEB上でIDとPWによりデーターへのアクセスができる。ただし、閲覧できる情報量と質はステイタスによって異なる。例えば、VTS、税関、船舶検査官などは船舶の履歴を閲覧できるが、代理店は現在の情報のみで過去の履歴等は閲覧できない。
 
C 国防省については、船舶の過去の履歴に非常に興味があり、現在、我々は彼らとの間で、国防省としてどのような情報が必要かを聴取した上で、本システムと国防省とのリンクのためのシステム設計をしている。
 
D 米国との間では、AIS情報交換についての取極めを結び、米からはカナダのDBにアクセスすることができるようになっている。反対にカナダからは米国のDBにアクセスできない。その一つの理由としては、米国側はカナダのようなネットワークの発想がなく、各地域毎に小規模な情報ネットワークのセルを構築し、隣り合ったセル通しでは限られた情報交換しかしていないため、横断的なネットワークが組まれておらず、カナダのネットワークとのリンクが難しい現状にある。
 
E 本システムは、水路管理会社がセントローレンス水路内の交通監視を行うために設置したAIS情報を収集するシステムとは別のシステムであるが相互にリンクさせることとなる。現在は予算の都合もあり、Eメイル・ベースでの情報交換を行っている。
 
ホ 船舶からのAIS情報の信頼性
 
A 位置情報
 
−本年7月、水域内で錨泊するため変針した900フィートの船舶を監視していたINNAVシステム上のディスプレイに異変を生じ、結果的に東向け航行中の船舶と数メートルまで接近した事例がある。
 
−ディスプレイ上では、レーダーで観測した本船のレーダー映像はNW方向、ARPA機能によるレーダーベクトルはSSE方向、AIS情報ではSWを表示していた。実際には西向け航行中のところを右前方の錨地に向かうため右に変針したところであった。(別添2参照
 
−このようなディスプレイ上の情報の処理については、大変示唆するところが大きく、オペレーターを対象としたAIS研修等でこの事例を紹介し、監視上の情報確認の必要性を説いている。
 
B マニュアル入力情報等
 
 船舶からの運用開始した頃は船舶の動・静的情報の双方に関し明らかに航海士による入力ミスや入力不適切が見受けられたが、最近においては減少傾向にある。
 
ヘ 速度制限の設定と違反対応
A セントローレンス河内では、波の影響を受けやすい場所の前面海域を航行する場合の速力制限を行っており、違反者に対する罰金制度もありCCGが取り締まっている。
B 従来は区間の経過時間で取り締まったこともあるが実効が上がらない。今後はAISを使ってこれらを行うこととなろう。
 
ト 気象情報等の提供
 
 従来から、異常気象等の場合のみボイスで情報収集しているが、AISを通じた気象情報の提供等については今後の検討課題であり、バイナリーメッセージの活用についても同様に検討中。
 
チ AIS搭載義務の拡大等
 
A カナダ政府としては当面考えていないが、今後の検討によっては米国の動きに追従する可能性が高い。
B スイッチオフした船に対する対応は現在検討中であり、遭難の可能性を含めスイッチ・オフの原因を幅広く想定した上で、呼び出し・確認、関係機関への情報伝達などの手順を検討中である。
 
3 カナダ側水路管理会社による水路内航路管制
 
 
イ カナダ側はSaint Lawrence Seaway Management Corporation(SLSMC: セントローレンス水路管理会社、職員約600名)が担当しており、NPOとして活動しているとされるが、提供するサービスに対価を求めるビジネス色の強い組織である。これに対し米国側はSaint Lawrence Seaway Development Corporation(SLSDC: セントローレンス水路開発会社)が担当し、相互に情報の交換等を行っている由。
 
(2)水路内の航路管制
 
イ 水路内を3つのセクションに分割し、それぞれに航路監視センターを設置、当該センターにおいて航路通過船舶を把握し、上り・下りの船舶の閘門への入域時刻の調整を行っている。
 
ロ また、プッシャーバージ等の運転不自由船に対しては、水路内で大型船舶と行会わないよう、待機場所の指示を行う。
 
ハ 水路内を航行する場合にはパイロットが乗船し、センターが定めた時刻に間に合うように船を操船することとなっている。AISが導入される前までは、パイロットは定められた通過点において通過の事実等をセンターに通報し、センターでは速力と針路から推測航法を用いて閘門への入域順序を決定しており、不確定な要素が多かった。更に複数の船が閘門に差し掛かる場合などは、本船の通報位置を操作するなど、パイロット同士の駆け引きで閘門に入域する順序が決まるといった面があった。今般のAIS導入により、それらが解消され、無駄のない操船、閘門の開閉時間管理、及びタグボート等の作業管理を行うことができることから、水路を活用している運航者たちは年間最大30万ドル減の効率化を図れるとしている。
 
ニ また、水路通過中には複数箇所の位置等の通報義務があり、AIS導入後の現在もボイスによる通報を行ってきているが、今後は、位置情報のみの通報地点においてはAISからの送信のみにかえることも考えている。
 
ホ ちなみに、航路内で発生した事故は年間30件程度であり、いずれも負傷者を伴わない船体の接触等である由。
 
(3)AISの運用
 
イ システム
 
A AIS基地局
 
 カナダ、米国両水路管理会社の共同出資により、水路内に9基の陸上局を設置、それぞれをネットワークでつなぎ水路内を空白なくカバーするシステムを構築。ちなみに陸上局はサーブ社製を採用し、各陸上局の有効カバーエリアは半径約30キロメートルで設計した。
B AIS運用初期の状況
 陸上側としては、AISのカバレッジの観測及び不感地帯のチェック等、発信側の不具合の解消に時間をかけた。落雷による一時的な障害が生じたこともある。船側としては、AIS導入当初は、船上のAIS搭載の不備(搭載位置、方法)やGPSの不具合や精度等によって発信されなかったり、表示が不適切なことがままあった。
 
ロ 船舶からの情報
 
A 不正確な情報
 
 本年3月中旬の運用開始直後は、船名、要目、目的地、積荷など初期設定、航海士によるマニュアル入力情報を問わず不正確な情報や、入力漏れが顕著であったことから、以来、SLSMCの担当者から船社担当あて、当該船舶情報がAISディスプレイ上でどのように表示されているかを添付した改善要求レターを発出している。その甲斐あって、最近はごく少なくなってきた。
 
B AIS情報発信義務の免除
 
 米国との協議の結果、政府船舶、軍艦(実績として年に2・3回表敬で通過する由)、及びテロのターゲットとなりやすいHigh risk shipとしてタンカーについては、発信を免除している。
 
ハ AISを通じた情報提供
 
A バイナリー・メッセージの使用
 水路内の3箇所の気象レーダー、海水温度等観測用のブイ、及び数箇所の観測センサーから得られた気象情報、水位等の情報や、水路内間門の開閉時刻などは7分毎に、また水力発電の放水情報は一日1回の割合で更新した情報をBMで送信、受信者側は表示画面をクリックすることで閲覧できる。フォーマットは別添4参照
 
B 受信側のBM表示ソフトの調達
 
 パイロット協会が採用する表示ソフトを最終決定した状況で、今後は当該ソフト購入の負担につきパイロット協会及び船主協会が協議中。
 
ニ 情報の共有
 
A カナダ、米国両コーストガードのシステムとは完全にリンクさせる方針で調整中。
 
B サービスの一環として、代理店、船主がWEB上で関係の船舶の位置を閲覧できるよう調整しているが、セキュリティ上の懸念もあり右位置情報はリアルタイムではなく、一定の時間を経た過去の情報としている。
ホ AIS情報の監視
 センターのオペレーターの業務として、船からAISを通じて送信される情報の監視が新たに加わるとともに、AIS情報がディスプレイ上から消失した場合の海難の可能性を念頭においた対処方法について、今後その手順を確立する必要があると考えている。
へ AIS搭載義務の拡大
 水路が米国との共同で管理されていることから、米国が拡大する場合には追従する形を取らざるを得ないとの立場。
チ 水路内速度監視への活用
 水路内には、水路幅が極端に狭く速力を上げて航行すると航走波で水路沿岸の構造物等に損壊等の被害を与える恐れがあることから速力制限を設けており、違反者には罰則がある。現在は簡易速力測定器で計測しているが、AISの速力観測精度を検証中であり、精度に問題がない場合には、速度監視用として活用することとなる。







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