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II 国・海域別調査等
2 パナマ運河におけるAISを使った航路管制の現状
 平成15年9月25・26日、パナマ運河公社を訪問し、施設見学を実施するとともに運河通航船に乗船、担当者からの情報収集及び入手した情報資料を取り纏めたものである。
 
1 パナマ運河の運営
(1)歴史と現状
イ 1999年、それまで米国が管理していたパナマ運河の一切の施設及び運河の運営を完全に返還、パナマ政府は新たにパナマ運河公社(Panama Canal Authority : APC)を設立し、運営に当たらせている。
ロ 運河からの収入は全て外貨収入であり、歳入の15パーセントを占める国家三大ビジネスの内の一つ。(ちなみにパナマでは安定・大型ビジネスであるバンキングに加え、最近目覚しい伸びを見せるトランスシッピングがビジネスの主流とのこと。)
(2)ACP
イ 海事局、港湾局からの監督を一切受けず、運河の維持・開発、運河通航に関するサービス提供など一切の事業を行う全職員9000人を擁す大企業体。
ロ 国会の承認を得た11名の評議員を構成員とする評議員会が経営全般に関する意思決定を行い、評議会の下に実働部隊として経営部局、開発に携わる技術局に加え、運河通航に欠かせないパイロット、船舶通過の支援をするタグボート、もやい取り等の作業員、運河維持のための浚渫船、水深の定期的な調査などを行う現場作業者を有し、特にパイロットの一部は陸上職員として運河経営の中枢に組み込まれている。
 
2 パナマ運河通過の実態
(1)運河通航
イ 運河全体を通過するには閘門でのオペレーション時間を含め7-8時間を要する。
ロ パナマ運河への入域から出域までの間、ACPのパイロットが常時乗船し、MTCCと連絡を取りながら運河内の航行、閘門への出入渠といった運河通過に係る一切の運航を行う。
ハ 運河航行中の操船は全てパイロットが行い、その責任は全てパイロットに帰するとされる。
(2)通行の調整
イ 通過スケジュール管理は生き物であり、数十分の運河通過の遅れが膨大な金の損失となることから、船の到着の遅れや不具合による遅延が生じた場合、海上交通監視センター(MTCC)とパイロットとが連絡し合い、パイロットに対し速力を上げることが可能かどうかなど閘門に入るタイミングの調整が行われる。ちなみに運河内には速度制限があり、場所により7ノットだったり、広いところでは18ノットだったりとまちまち。
ロ パイロットとしては、船間距離の調整が最も気を使う。一旦速力を落とすともう一度速力を取り戻すのに時間と燃料の無駄を生じるなどから、出来るだけ一定で走る必要があり、前船が停止したときでも余裕で止まれる距離を保ちながら尚且つなるべく早い速力で通過することが肝要。そのため、前後の船の情報は不可欠でありAISによる他船の情報は貴重な参考となる。
(3)運河通過のスケジュール管理
イ MTCCにおいては、船主から送られてきたパナマ運河通過を希望する本船のETA情報を管理し、運河内に3つある閘門の開閉時刻、及び各船の閘門への出入域時刻を調整し運河航行船全体のスケジューリングを行う。(別添1参照
ロ コンテナ船や客船の中には、パナマ運河出域時刻を指定して通過を希望する船があり、右を予約(RESERVE)船として、一般の通過料金の一割に当たるサービス料を課して出域時刻を念頭において通過順序を調整している。
ハ ACPとしては運河通航船舶の隻数を一日に35-40隻に制限している。一日のみの運用であれば50隻程度は可能であろうが、現在の人的・施設的な資源を効率的かつ継続的に活用するために適当な隻数に抑えている。
(4)事故調査
イ 2001-2002の間発生した運河内での事故件数は34件(同期間運河通航船の延べ隻数は26,678隻)で、右は減少傾向にある。
ロ ACP内に事故調査委員会があり、事故が発生した場合には関係者からの事情聴取等を行い、保険会社、法律家などもまじえヒアリングを開き、最終的な補償額を決定する。
ハ 右においては事故の原因がパイロットの操船にあったのか、本船の航海計器、舵・機関等の不具合といった船側にあったのかを調査する。事故を起こしたパイロットの罷免は別の委員会で行う。
ニ 調査に係る一連の情報はACP内部で25年間保存。
 
(1)海上交通監視センター:MTCC
 パナマ運河の通航を管理するセンターで、南部入り口のACP本部内に位置し大部屋の中に次のセクションを有し運営している。(別添3参照
イ ETA情報卓
代理店から、E-mail、ファックスにより通報されてくる通過船舶のETA情報の処理を行う。96時間前の連絡を義務付け。一年後の予約も可。
ロ スケジューリング卓
ETA卓で取り纏めた情報に従い、各船のETAから運河到着順に通過順序を決める。
ハ パイロット・タグボート手配卓
通航船舶の順番に基づき、手配すべきパイロット及びタグボートの配備計画を作成、パイロットヘの連絡とタグボートの運用を管理する。
ニ 航行監視卓(2名+班長1名)
A 乗船中のパイロットとの間で必要な情報交換を行う。センターからは、(1)行き会い船の情報、ロックの閉開門の時刻などを現在はボイスで送信している。今後はAISのバイナリーメッセージで伝達することとなる由。
B パイロットからの要望により必要な情報提供を行う。
C 運河全体に配備した40余りのCCTVからのテレビ映像、及びAIS情報画面による監視。
D 気象情報等の共有化
パイロットから視界不良の情報等の現場情報を入手し、UHFを使いボイスで情報提供。
ホ 運河内通信
UHF帯の22波のチャンネルを運河入り口、出口、閘門間水域など地域に割り当て使用している。閘門のオペレーション専用の波もある。
(2)閘門
イ 運河内に3箇所閘門があり、MTCCが作成したスケジュールに則り閘門の開閉を行う。
ロ 閘門内への注水に必要な時間は、船の大きさにもよるが約10分程度、閘門のゲート空けるのに約2分、機関車による引き込み等の時間を含めると閘門を通過するのに1時間前後の時間が必要。
ハ 船を閘門内に引き込む機関車は日本の三菱製で一台200万ドルの代物。
ニ 年間の閘門見学者は7万5千人ぐらいで、客船が通過する際の見学コースにも入っている。
(3)レーダー監視所
イ 運河の東西入り口に一箇所づつレーダーセンターがあり、運河通航予定船は入域前にセンターへの通報を行い、入り口付近海域において、センターからの指示に従い錨泊・待機する。
ロ それぞれのレーダーは入り口付近の半径約30海里程度しかカバーしていないが、レーダーで得た船の位置情報はデジタル化され船舶情報システムであるCTAN(後述)に取り込まれ、バイナリーメッセージで位置、ID、スケジュール、目的地などの情報が送信され、AIS情報との混合ディスプレイでAIS情報とは区別されたシンボルで表示されている。
(4)気象情報等観測局
イ 運河を見渡す中央付近に気象レーダーが1台設置されている。過去、このレーダー映像をPC上で表示するプロジェクトがあったが、容量が大きくてうまくいかなかった。
ロ 気象観測所が南北の入り口に1箇所づつ、及び中部に2箇所設置され、風速、温度、潮流などを計測、これらの観測データはデジタル化されデーターベース保存されるとともに、バイナリーメッセージで自動的に15分毎に送信、パイロットは欲しいデーターをPC上クリック一つで入手できる。
ハ 気象情報の送信フォーマットは、今後セントローレンスのシステムも参考にしながら整備していくこととしている。
(5)パイロット
イ ACPに所属するパイロットは総勢約280名。20名の米国人を除き全てがパナマ人。
ロ 乗船させるパイロットの人数は一人の乗船で済む場合や二人、三人と必要な場合があり、通過船舶の大きさに等により、ACPのNaval Architecture担当者が測量等して必要人数を決める。新造船については、担当者をドックに派遣して必要な調査を行った後決定する。
ハ パイロット教育
A ACP内の特別な施設で独自にパイロットの教育を行い、経験年数等によりグレードをつけ証書を発給する。5年に1回、どのパイロットも証書の書換えを行い、その際にリハビリ講習を実施する。
B パナマックスサイズの大型船を扱えるには順調にいって最短で12年はかかる。その上のグレードのパイロットはパナマ運河パイロットと呼ばれる12人の専門職、更にその上にパナマ・ポートパイロットと呼ばれ運河の東西に1名ずつ在職。これらの専門職は委員会からの指名で行われる指定職。
C 原子力潜水艦、核廃棄物輸送船等の運河通航はHigh Value Transitと呼称し、特別な研修を受講した経験豊富なパイロットを配乗する。核運搬船については、特別な研修を受けた者しかパイロット業務ができないシステムとしている。
D 現在、研修用シミュレーション施設を新替え中で、AISの活用法についても、サーブ社の取扱い説明書を参考に、パイロットのためのAIS活用マニュアルを作成し、教材として再研修時に活用する予定。
(6)タグボート、浚渫船
イ ACPが保有するタグボート24隻には全てAIS(CTAN)が搭載され、運河内の通過に際してのパイロットの上下船、引き船等の航行援助、更には運河内浅水部の定期的な水深測定について、限られた隻数を休みなく効率的に稼動させるための船艇及び人員の管理が行われている。
ロ ACPは2隻の大型浚渫船を保有し、水路両岸で発生する地すべりで浅くなった水路の航路幅及び水深の確保等、水路の保全作業全般に当てている。特に狭隘部での浚渫作業は通過船の運航を確保した上での作業となるため、MTCCにおいて徹底した作業スケジュールの管理とタグボートを配置した上での安全対策が採られている。







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