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まえがき
 
 この報告書は、当協会が平成15年度に実施した「船舶バラスト水等処理技術調査研究」をとりまとめたものである。
 
 
 地球規模の海洋環境保護問題の一つとして、船舶の運航に不可欠なバラスト水を媒体とする有害水生生物の国際間の移動・拡散がある。
 1982年の国連海洋法条約及び生物の多様性に関する条約においては、いずれの国も生態系の保全のために、在来種を脅かす外来種の移入を防止・軽減するために必要な措置をとることを規定している。
 1992年国連環境開発会議(地球サミット)におけるリオ宣言基本方針も同様のことを呼びかけており、国際海事機関(IMO)に対し、バラスト水排出に関する適切な規則採択のための審議を要求している。 2002年の南アフリカのヨハネスブルグで開催された、持続可能な開発に関する世界サミット(RIO+10)の実施計画においても、バラスト水中の侵略外来種の対処方法を促進するためのあらゆるレベルの措置を要請している。
 IMOは、1993年の第18回総会で、「船舶のバラスト水及び沈殿物からの好ましくない水生生物と病原体の導入を防止するためのガイドライン」に関する総会決議A.774(18)を採択したが、1997年11月の第20回総会では、決議A.774(18)を廃止し、さらなる検討を踏まえた「有害水生生物・病原体の移動を最小化する船舶バラスト水制御・管理するためのガイドライン」に関する総会決議A.868(20)を採択した。
 2003年7月の第49回海洋環境保護委員会(MEPC49)では、「船舶のバラスト水及び沈殿物の管制及び管理のための国際条約」が最終化され、同条約は2004年2月9日〜13日に開催された外交会議において採択された。
 国際社会をリードする先進国の一員として、また、「資源輸入国」言換えれば大量のバラスト水輸出国でもある日本は、当該国際条約への積極的な対応を図っていくべきである。
 バラスト水問題への対策として、現在の唯一行われている方法は外洋におけるバラスト水の交換である。 しかし、この方法は、海象・気象条件、荷重状態、これに伴う船体への安全性が問題となるだけでなく、短距離航路では実施が困難なこと及び船員の労働負担が増加するなど多くの問題を抱えており、必ずしも万全の対策とは言い難い。
 そこで本事業は、水生生物移動防止効果が高く、かつ、実用性にも優れているバラスト水等処理技術の開発を進め、平成14年度事業において制作した機械的殺滅法の試作機(プロトタイプ実機)を一般商船(コンテナ船)に搭載し、実際の運航に即した形での効果の検証を行った。 多種多様な船舶への実用機(カスタマイズ実機)搭載には改良を加える必要はあるが、国際審議への対処及び処理技術の開発推進に対して寄与できる可能性は十分にある。
 本事業を進めるにあたり、学識経験者、専門家及び海運業界関係の方々から、貴重な御意見を賜った。 ご指導ご協力頂いた関係各位に厚くお礼申し上げる。
 特に、ポンプ専門メーカー株式会社シンコーには、卓越した先端技術をもってご指導賜った。
 さらには、徳田拡士先生(元東京大学教授)、加藤洋治先生(東洋大学教授)、福代康夫先生(東京大学教授)、岡本研先生(東京大学助教授)及び都丸亜希子先生(東京大学アジア生物資源環境研究センター、リサーチフェロー)から賜った絶大なるご指導・ご協力は、本事業の実効性を大きく向上させた。先生方のお力添えに、厚く感謝申し上げる。
 
 
 
 水生生物の移動・拡散による生物多様性の減少、生態系の破壊及びこれに伴う経済・健康面への被害は、国際的な緊急課題である。 これらの原因の一つとして船舶の運航に伴うバラスト水による生物の移動が挙げられている。 本調査研究では、バラスト水による生物移動の防止に利用できる水生生物処理システムの開発を行っている。 本システムは、現在運航している船舶にも搭載可能であり、かつ、有効性、経済性、簡便性等に優れたものである。 また、環境にやさしい有害水生生物処理システムの開発をテーマに、当該システムの実用化・普及を図り、ひいては、世界の水圏環境保護に資することも目標としている。
 
 
 
 本研究は、平成14年度「船舶バラスト水等処理技術調査研究」事業で、既設バラストパイプに簡単なプレートを装着して、バラスト水中の水生生物を殺滅する機械的処理装置(仮称「スペシャルパイプ」以下同様)の実船への搭載を想定し、設計・製作した処理能力:100トン/時間レベルの試作機(以下、「プロトタイプ実機」と呼ぶ)を一般商船に搭載し、通常の船舶運航に即した形で運用試験を行った。 海運界にとって最も実用的である本処理技術の国際的な容認を得るために、その効果と運用の安全性を検証した。 
 実船実験の対象船は、船種、就航航路、寄港地の生物分布等を考慮し、多角的に選定作業を行った結果決定したコンテナ船に、運航船社と建造造船所の協力を得てプロトタイプ実機を搭載した。 調査は、処理装置の暫定承認プログラムを平成16年7月1日から開始する米国ワシントン州魚類野生生物局(WDFW)に、実験計画を提出して本処理技術の承認審査を申請し、平成15年11月から平成16年1月に実施した。
 なお、本実験では、実船実用搭載機(以下、「カスタマイズ実機」と呼ぶ)の制作、搭載ための情報として、搭載性、運用性、経済性等に関する検討も行った。
 実験成果は、本技術の周知及び国際的承認活動に用いるとともに、カスタマイズ実機の制作、搭載の準備情報としても活用し、さらに、赤潮対策、水質改善等への応用にも考慮しながら行った。
 
 
平成15年
 
  5月6日 実船実験の対象船候補の中から平成15年8月及び11月に就航予定の(株)商船三井が運航する北米航路のコンテナ船2隻を最終候補とし、搭載条件の検証を開始した。
  6月5日 船上搭載工事要領を詳細に検討した(於:三菱重工神戸造船所)。
  6月9日 対象船として検討していた上記2隻の就航先が確定したことを受け、11月就航船(船名:MOL EXPRESS)が実験に最適であると決定し、同船に対するプロトタイプ実機搭載工事を発注した。
  7月3日 プロトタイプ実機の作動及び効果検証試験を実施した(於:伊万里)。
  7月17〜18日 第17回海洋工学シンポジウムにて本調査研究事業の発表を行った(於:船の科学館)。
  7月14〜18日 第49回 海洋環境保護委員会(MEPC 49)に参加し処理基準等の条約内容に関する情報収集と本調査研究事業の周知活動を行った(於:ロンドン)。
  7月21〜23日 第2回国際バラスト水処理研究開発シンポジウム(GloBallast)にて本調査研究事業の発表を行った(於:ロンドン)。
  8月10日 実験船の就航相手国との渉外・調整を開始した。ワシントン州魚類野生生物局より、バラスト水処理技術暫定承認の申請要領を入手し、申請書の作成に着手した。
  8月29日 プロトタイプ実機を造船所に搬入した(於:三菱重工神戸造船所)。
  9月5日 プロトタイプ実機の船上搭載工事が完了した。
  9月12日 開発メーカー、ポンプメーカー及び事務局がカスタマイズ実機の制作に向けて検討を開始した。
  10月2日 プロトタイプ実機の試運転を行い、学識経験者及び海運業界関係者によって実験内容の検証を行った。
  10月14日 マスコミ対応に関して船社との打ち合わせを行った。
  10月18日 WDFWの暫定承認プログラムに、本処理装置の申請書が受理され、専門家(科学者)による審査が開始された。
  10月31日 装置の最終的な調整及び実験機材の積み込みを行った。
  11月10日 日本財団よりプレスリリース(11月7日発表)を行い、本船上で記者発表を行った。
  11月12日 MOL EXPRESSが造船所より船社に引き渡され、処女航海を開始した。
  11月22日 東京大井埠頭国際コンテナターミナルに初入港、船上実験を開始した。
  12月6日 WDFW、ワシントン大学及び米国海洋大気庁(NOAA)が、シアトル港での本船実験に立ち会った。
平成16年
  1月8日 WDFWより本処理技術の性能が評価され、プロトタイプ実機を搭載したMOL EXPRESSによる1年間の実験継続が承認された。
  1月12・13日 WDFWから本処理技術の暫定承認の総評を受けた。また、WDFWとワシントン大学の関係者と会合し、今後の性能向上策、共同研究等に関する検討を行った。
  1月22日 本船実験を終了した。
  1月30日 第29回海洋工学パネルに参加し「船舶バラスト水管理」と題して講演を行った。
  2月3日 NHK総合テレビ「クローズアップ現代」で本装置及び実験内容が紹介された。
  2月9日〜13日 「船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約」採択のための外交会議に参加し、バラスト水性能(排出)基準等の情報収集を行った。
  2月10日 条約採択を受けて、カスタマイズ実機の制作、搭載に向けての協議を、開発メーカー、ポンプ会社、船社、造船会社と開始した。 また、バラスト水性能(排出)基準適合に向けてのシステム改良の検討も開始した。
 
 
 平成16年2月9日〜13日に、IMO本部ロンドンにおいて開催された外交会議において「船舶のバラスト水及び沈殿物の管制及び管理のための国際条約」(バラスト水管理条約)が採択された。 今後は2009年の発行を目指し、本条約の実施に必要な、多くのガイドラインの作成が急務である。 バラスト水処理装置の型式承認に関しては、ガイドライン作成の検討が開始された段階であり、現在のところその要件は明確ではない。 ただし、ガイドラインに関する国際的な議論では、実船での運用試験を行って安全な作動の確認を必要とする意見が趨勢にある。
 本事業では、プロトタイプ実機を一般商船に搭載し、通常運航に即した形での効果の実証を目標に各種検討及び実験を実施した。また、国際的容認の取得活動においてはGloBallast等で収集した情報に基づいて、就航相手国との渉外・調整を行った。
 その結果、WDFW(ワシントン州魚類野生生物局)のバラスト水処理技術暫定承認プログラムによって、ワシントン州の港湾でのバラスト水排出に際し、バラスト水の洋上交換に代わる処理技術の一つとして認められ、平成16年の1年間について船上実験の継続が承認された。 なお、承認期限については、今後の性能向上を示す実験結果の提出等により延長が可能である。 また、日本国内及び北米西岸の各寄港地での実験で、多くの貴重なデータを蓄積するとともに、運航に支障を来すことなくシステムが運用できることも確認した。
これらの詳細な検討は、今後のバラスト水問題の議論の場に反映できるものであり、各関係機関、海運業界等の関係者が今後の対策・方針を提案する際の参考資料として十分な成果である。
 さらに、これらの成果は、国際シンポジウム等の学術的分野で発表するとともに、各種マスコミ(NHK放映、新聞各紙に掲載)によって広く一般に紹介され、バラスト水問題に係る日本独自の新技術として大きな社会的反響を得た。







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