4.6.3 モックアップの設計・製作
(1)モックアップの構造検討
離脱システム改良型モックアップの構造として検討した項目を以下に示す。また、その結果今回の救命艇モックアップに採用した内容について、離脱システムの各操作に対応して現状品と比較した例を表5に示す。
(2)モックアップの概要
熟練者にとっては容易で迅速な操作が可能なものであっても、それらが未熟練者にも容易で分かり易いとは言えず、かえって分かりにくい場合があると考えられ、今回の改良型では必ずしも操作の迅速さは求めず、未熟練者にも分かり易く、かつ確実な操作が可能な構造を目指した。
例えば、前後フックのリセット操作については3名による協調動作ではなく、前後の各フック部において単独でリセット操作が可能なものとした。また、フックの引き起こし操作を助けるための手掛けの追加、さらに、リセット操作の完了が操作中にわかるよう、クリック感のあるリセットレバー構造とした。
また、離脱ハンドルの操作は、離脱時に引く操作を要求するだけで、元の位置には自動的にもどる構造として、ハンドルの戻し忘れを防ぐ構造とした。
さらに、離脱ハンドルの安全ピンやインターロックレバーを操舵席から目視できる位置に配置してそれらの操作が理解し易いものとした。それらの概要を図2に示す。
1. 操作ハンドル部
1-1 操作ハンドルにスプリングダンパーを付け、操作後、ゆっくりもどるようにする。
1-2及び1-3 コントロールケーブルの端末ピースの形状、色、位置等の見直し
1-5 操作ハンドルであることを明確に示す形状、表示、配置
1-6 オンロード離脱操作の見直し
1-4 操作方向を上下にするとの要件は、全体が分かりやすければ必ずしも必要ではない。
2. 離脱フック部
2-1及び2-2は既に実施済みと考える。
2-3 リセットレバーのクリック感
2-4 リセットレバーの操作しやすさ、どちらの手でも操作可能
2-5 フック引き起こしのための手掛け
3. 表示装置、視界等
3-1 下方視界確保のための窓等の設置
3-2 着水時の表示
4. ケーブル等の連結機構
4-1 ケーブル、リンケージ等を整備しやすい場所に配置する。
4-2 ケーブル、リンケージ等を調整不要か、又は簡単に調整できるものとする。
5. コクピットの全体配置の見直し
5-1 全体配置が分かりやすいかどうか
5-2 大小の体格を考えた時に各操作部に手が届くかどうか、また表示が見易いかどうか
5-3 各操作が分かりやすく、操作が容易かどうか
表5 ダビット式救命艇離脱システム操作比較
作業区分 |
現状品 |
改良品(モックアップ) |
主な変更点 |
オフロード離脱 |
1. 安全ピンを抜く
2. 操作ハンドルを引く (インターロック自動解除) |
1. 安全ピンを抜く
2. 操作ハンドルを引く
(インターロック自動解除) |
1. 安全ピンの視認 (操作の安心感、確実性)
2. インターロックの状態表示 |
オンロード離脱 |
1. 安全ピンを抜く
2. 透明パネルをずらす
3. インターロックを持ち上げる
4. 操作ハンドルを引く |
1. 安全ピンを抜く
2. 透明カバーを開ける
3. インターロックレバーを引く
4. 操作ハンドルを引く |
3. インターロックの視認しながらの解除(見易い場所) |
リセット |
1. 操作ハンドルを引いた状態にする
2. 船尾、船首部フックを引き起こす(同時)
3. 操作ハンドルをもどす
4. リセット状態の確認
5. 操作ハンドルの安全ピンを入れる
6. 前後フックにリンクをかける |
1. 船首部フックを引き起こし、リセットレバーをセットする
2. 船尾部フックを引き起こし、リセットレバーをセットする
3. リセット状態の確認
4. 操作ハンドルの安全ピンを入れる
5. 前後フックにリンクをかける |
1. フックの引き起こし作業 (手掛けによる容易性)
2. リセット作業 (操作の安心感、確実性)
3. 操作ハンドルを自動的に元の位置にもどす |
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図2 モックアップ概要
(1)実施方法
救命艇の離脱システムについて、現在使用されている代表的な離脱装置(現用型)及び改良された離脱装置(改良型)の各モックアップを作成し、被験者による操作実験を行うことにより操作状況を比較する。試験は平成15年12月15日、(株)信貴造船所(大阪府堺市石津西町2-1)において実施した。
a. 現用型モックアップを用いた操作試験(陸上)
現在使用されている離脱フック(SRS-37)及び離脱ハンドルを陸上に設置し、3名1チームとしてA,B2チームの参加者により、オフロード離脱、オンロード離脱及びフックリセット操作を行う。試験参加者はいずれも救命艇の操作に熟練していないものとし、試験開始前に操作マニュアルを読んだ後に実施する。1チームの3名は操舵席、前部フック部及び後部フック部に各1名を配置して行い、各々役割を交代しながら3回繰り返して行う。この間、各操作の状況をビデオ記録する。また、試験終了後、操作の難易度に関して調査を行う。
b. 改良型モックアップを用いた操作試験(海上)
改良された離脱フック(SRS-37)及び離脱ハンドルを組み込んだ救命艇を水上に浮かべ、3名1チームとしてA,B2チームの参加者により、オフロード離脱、オンロード離脱及びフックリセット操作を行う。参加者及び実施方法はa.と同様とする。
c. 試験参加者
Aチーム:A-1、A-2、A-3
Bチーム:B-1、B-2、B-3
d. 試験の順序
試験に先立ち、試験参加者に救命艇離脱機構の概要を説明した後、表6に示す順序及び試験参加者の配置により試験を実施した。
(2)試験結果
各操作に対する観察事項を表7に、また、試験後に行った評価の結果を表8に示す。
a. 離脱操作について
現用型の場合は、安全ピン及びインターロックレバーが操作者から見えない側に位置しているため、それらの操作を手探り状態で行うことになり、操作に手間取る状況が観察された。
また、安全ピンを回転してから抜くという操作について、評価では少しわかりにくい(6名中4名)、少し操作しにくい(6名中4名)との意見であった。さらに操作対象が見えないことは問題であるとの指摘もなされた。
改良型の場合、安全ピン及びインターロックレバーが操作者の見える位置に変更されている。しかしながら、安全ピンを抜くのにピン中央のボタンを押しながら抜くという操作が必要であり、また、ピンを差し込む穴の表示がされていなかったため、評価では、安全ピンが少し操作しにくい(6名中4名)、少しわかりにくい(6名中3名)との意見であった。
安全ピンの有効性については現用品及び改良品のいずれの場合でも観察され、操作ハンドルの正しい位置、又は正常なリセット状態でないと挿入できないことが確認された。
b. リセット操作について
現用型の場合、前後フックをリセットする連絡ケーブル2本が操舵席の離脱ハンドルに連結された構造である。従って、離脱ハンドルをもどす時に、前後のフック共に同時に引き起こされた状態になっていることが必要である。Aチームの場合に両方のフックが同時にリセット位置になるまで時間を要する状況が観察された。
改良品は現用品と異なり、各フック操作担当者はフックを引き起こした後、自分でリセットレバーを倒す必要がある。この操作について評価では操作方法や操作方向が分かりにくいとのことであった。但し、熟練者からは、各フック操作担当者が自分で操作の完了を確認できるので良いとの意見も聞かれた。
(3)モックアップ実験まとめ
安全ピン及びインターロックレバーを操作者の見える位置に移動したこと、フック引き起こし用の手掛けを設けたこと、また、フックのリセットレバーを大きくしたことは、操作を分かり易く、容易に確実にできることを目指した改良であり、それらに対して一定の評価が得られたことから、改良の方向性は確認されたと考える。
今後の改良点として、安全ピンを入れる穴の位置表示、フックリセットレバーの操作方向表示、インターロックレバー保護カバーロックの位置を手前側への移動と共に、より分かり易いマニュアル整備等が指摘された。また、フック引き起こし操作を容易かつ分かり易くするため、フック上部に手掛けを付けたが、何度か手の持ち替え動作が観察されている。この場合、リセットレバーが右側にあるため、最初から、左手でフックの手掛けを掴む様、マニュアルで指示した方が良いかもしれないとのコメントがあった。
それらについて、今後さらに検討することにより、より完成されたシステムが実現できると考える。
表6 実施順序及び人員配置
試験品 |
チーム |
人員配置 |
作業内容 |
操舵席 |
前フック |
後フック |
現用型 |
A |
A-1 |
A-2 |
A-3 |
1 .操作マニュアルを読んだ後オフロード離脱操作を行う。
2. 前後フックをリセットした後オンロード離脱操作を行う。 |
A-2 |
A-3 |
A-1 |
A-3 |
A-1 |
A-2 |
B |
B-1 |
B-2 |
B-3 |
B-2 |
B-3 |
B-1 |
B-3 |
B-1 |
B-2 |
改良型 |
B |
B-1 |
B-2 |
B-3 |
1. 操作マニュアルを読んだ後オフロード離脱操作を行う。
2. 前後フックをリセットした後オンロード離脱操作を行う。 |
B-2 |
B-3 |
B-1 |
B-3 |
B-1 |
B-2 |
A |
A-1 |
A-2 |
A-3 |
A-2 |
A-3 |
A-1 |
A-3 |
A-1 |
A-2 |
|
表7 離脱操作の操作状況
操作 |
チーム |
操作状況 |
現用型 |
改良型 |
オフロード
離脱 |
A |
操作ハンドルの安全ピンを抜く操作(回して抜く)に手間取る。 |
|
B |
|
|
オンロード
離脱 |
A |
|
安全ピンを抜かずに操作ハンドルを操作しようとしたが操作できず、その後、ピンを抜いて操作した。 |
B |
|
|
前後フックのリセット |
A |
前後フックが同時にリセット状態になるまで時間がかかった。 また、両フック共にリセット状態にないと操作ハンドルがもどせない状況が確認された。 |
フックを完全に引き起こさずにリセットレバーを動かそうとしたが、動かず。 その後、完全に引き起こした後リセットした。 船尾フックがリセットされる前に安全ピンを挿入しようとしたが入らず、その後、リセットされてから挿入した。 |
B |
操作ハンドルをもどす前に安全ピンを挿入しようとしたが入らず、その後、ハンドルをもどして挿入した。 |
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表8 評価結果(各操作の難易度について)
試験品 |
評価 |
現用型 |
(1)安全ピンを回転させて抜く操作が分かりにくく、やりにくい。 (回転方向の表示等が望ましい)
(2)安全ピンの位置が正しいかどうかわからずに不安である。
(3)インターロックレバーが見えない位置にあり分かりにくい。
(4)操作対象が見えにくい。 |
改良型 |
(1)穴位置の表示がしていなかったため、安全ピン中央のロックボタン及び穴位置がわかりにくい。
(2)マニュアルに記載しなかったため、インターロックカバーの留め金が見難く、開け方が分かりにくい。
(3)操作方向の表示がなかったため、リセットレバーの操作方向が分かりにくい。
という評価であったが現用型の欠点はほぼ改良される見通しが得られた。 |
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事故防止対策に対する考え方
従来から、事故が発生した場合その原因として、機器の故障か又は人間の操作ミスといった単純な取り扱いがなされてきた。そのため、事故防止の観点からは、機器は常に正しく整備され、機器に携わる人員は常時訓練を受け、機器に対する正しい知識と操作を身につけるものとされてきた。
現在、多く発生している救命艇訓練時等事故の状況をみると、そのような考え方では解決できない場合が多いことに気が付く。即ち、人間は誤った行動を取ってしまうものであり、正しい知識があっても、勘違いをして誤操作をするものであるという観点が必要と考える。整備についても同様で、複雑な装置の場合、整備ミスが起こりえると考える必要があろう。
救命艇のように日常的には使用されず、いざという時に確実な作動を要求されるものの場合は、この問題は特に重要となる。非常時に冷静でいられる人は少なく、落ち着いた行動を期待する方が不自然と考えられる。
これらの問題を解決するためには、機器の構造をできるだけシンプルで信頼性の高いものにすると共に、操作を単純に、また分かり易いものとしておく必要がある。同時に、人間は誤った行動を取ることを前提に、誤操作を受け付けないようなシステムを設計すべきであろう。
今回の改良型モックアップシステムは、このような考えをできるだけ取り入れたものとして設計した。今後、さらに改良を加えていくことにより、有効で実際に役に立つものの実現に繋がれば幸いである。
まず、内外の救命艇操作時の事故例を調査検討し、その事故要因を分析した。死傷者が発生するような重大事故の多くは、降下中または巻き上げ中に離脱フックが外れて救命艇が落下する状況であり、そのほとんどが離脱システムに関係したものとなっている。これに、離脱装置の整備不良や操作ミスのため離脱フックが完全にリセットされていない状況での揚げ降ろし作業による要因がプラスされた事故が多い。これらの事故原因を除くには、十分な整備体制の構築とともに、操作ミスを起こしにくく、また人間のミスをカバーするようなハードウェアの改良が必要と考えられる。
上記の観点より、今年度は、事故原因の中で最も多い救命艇離脱システムに注目し、現在の離脱操作系を見直し、分かり易く、また、操作ミスを防止するような離脱システムを提案した。これについては実際にモックアップを作成し、現用のシステムとの比較実験を行い有効性を確認した。
また、ダビットやウィンチ、ラッシング関連の事故例も多いため、同様の調査、検討を次年度に実施する予定である。
ハードウェアの改良と共に重要な要素である整備については、我が国より離脱装置に関する操作マニュアルの標準化のガイドラインをIMOのDE(設計設備小委員会)に提案するとともに、IMOより発行されたMSC/Circ.1093をベースにして、救命艇、進水装置及び離脱システムに対する保守点検要領(案)を作成した。
次年度、救命艇及び揚げ降ろし装置も含んだ救命艇システム全体としての操作マニュアルを作成するとともに、救命艇システムの整備体制構築のための検討が必要と考える。
最後に本事業を実施するに当たり、種々のご支援を賜った国土交通省及び日本財団にお礼を申し上げるとともに、本調査研究に参加いただいた委員の皆様にお礼申し上げます。
委員長 長田 修
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