日本財団 図書館


大祓うどん(おおはらいうどん)
(財)関西交通経済研究センター主任特別研究員 小村 和年
 
■大祭で御輿装束の筆者
大祓うどん
 
 一昨年夏、私は神職の講習を受け(本誌2003年春季号)、現在、郷里の神社の氏子青年会で見習いをさせて頂いている。
 神社の行事として、地域の人達と特に関わりの大きいものは、秋の大祭と新年の歳旦祭(初詣)である。この祭りを行うに当って、裏方として活躍するのが我が氏子青年会であり、今回は、大晦日から元旦にかけての行事について記させて頂く。
 「大祓うどん」とは、大晦日の深夜から元旦にかけて、初詣のために参拝する人達に振舞われるうどんのことである。(一杯三百円)
 私の郷里では、このうどんを食べることによって大祓(注)ができ、清浄無垢な心身になって新しい年が迎えられると信じられている。この大祓うどんを作って振舞うのは、青年会の大事な役目となっている。
 青年会の大晦日は忙しい。この日は、朝九時に神社に集合し、テントを張り、テーブルを並べ、うどん作りのための道具類(鉄製のかまど、大鍋、ガス器具等)を設置、おわん、割り箸一、五〇〇食分を用意した。一方、青年会婦人部はかまぼこやネギをきざみ、うどんに入れる薬味を用意した。(注連縄(しめなわ)の張替え、提灯など社殿の装飾は、十日前に済ませている)
 私の郷里は、人口約一万五千人のまちである。参拝者の四人に一人がうどんを食べるとしても六千人の参拝者を見込んでいることになる。いくら初詣とはいえ、人口の半数近い人が、夜中の〇時を期して参拝するのだろうか。私は疑問に思えたが、先輩達は確信を持って準備をしている。午前中におおむね作業が終わり、夜八時に再集合することにして解散した。
 
■氏子青年会 婦人部
 
 家に戻って大掃除をし、松飾や注連飾(しめかざり)をすると、単身生活であっても正月を迎える気分になってきた。予め頼んでおいた鏡餅や御節(おせち)料理を受け取って帰るともう夕方になっていた。急いで夕食をとりながらテレビの番組欄を見ると、今夜は面白そうなものが多い。大晦日はなんといっても紅白歌合戦であるが、青年会の会員はオープニングとともに出掛ける準備を始めなければならない。私は、カラオケ教室の人達とも懇意にしており、新年の挨拶回りのとき、紅白の話題が出ることは必定なので、入念にビデオのチェックをし、七時四〇分に家を出た。
 (注)「大祓」とは、大晦日に、一年の間に知らず知らずつもった罪穢(つみけがれ)(凶事、病気、災難など)を祓い清めることであり、神社の大切な行事となっている。
K-1
 
 神社の参集殿につくと、既に、うどん、そばの入ったダンボール箱が積まれ、昼間きざんだ薬味もきれいに盆に盛られて、テーブルの上に並べられていた。巫女(みこ)さんになる女の子達は、白衣に赤い袴をつけ、恐らく初めてつける装束なのであろう、てれながら明るく笑い合っていた。
 
■てれる巫女さんたち
 
■薬味の山
 
 大祓の神事は九時から始まる。用意された一、五〇〇食分のうどん、そば、薬味、だし汁まですべて神前に供えられた。
 テレビは、K-1の放映をしていた。私は格闘技が三度の飯より好きである。この日のメインイベントは、元横綱曙対ボブ・サップ。日本中の格闘技ファンが注目している対戦カードであった。
 セミファイナルの試合も済み、八時四〇分頃であったろうか。いよいよメインイベントとなったK-1のイントロは長い。ド派手な選手入場からリング上での選手紹介のセレモニーは、これだけで立派なショーであり、テレビ桟敷で見ていても血が騒いでくる。氏子青年会は、もともと御輿(みこし)を担ぐために結成された団体で、血の気の多さではどこに出しても恥ずかしくない。厳粛な神事を前に皆テレビに釘付けになってきた。
 「早くやれ!」という掛け声も空しく時間は刻々と過ぎてゆく。いよいよ両者がガウンを脱ぎ捨て、さあゴングというときに、時刻は無情にも九時になってしまった。
 青年会の時間は、いつもなら融通がきく。誰となく「(神事は)これが済んでからにして貰おうや」と不謹慎なことを言いながら、殆どテレビの前を動こうとしない。私も内心、「もしかしたらこの試合を見ることができるかもしれない」と思った。
 その瞬間であった。年輩の会長さんより、「皆さん、拝殿に集まって下さい」という声がかかった。それは静かで和らかい口調ではあるが、誰も抗う(あらがう)ことのできない響きをもっていた。会長に言われれば仕方がない。若い頃暴れん坊だったという人達も、皆、スゴスゴと拝殿に移動した。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION