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1993/05/13 産経新聞朝刊
【主張】PKOの任務完遂を 富める日本に当然の責任
 
 今、日本は大きな試練を迎えている。国のあるべき進路の選択という意味では、戦後史での節目のひとつと言って過言ではないと思う。
 試練とはもちろん、カンボジアでのPKO(国連平和維持活動)で、日本が任務を全うできるかどうかという点である。それが危うい。社会党など真剣にPKOの役割を理解しようとせぬ勢力は仕方がないが、PKO法成立に尽力した公明党や民社党、それに当の内閣にも動揺が見られる。
◆遅れた首相の決意表明
 そうした中、宮沢喜一首相が十二日に記者会見し、日本の国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)参加の基本方針を変更せず、UNTAC任務を「貫徹する」決意を表明した。与野党それに政府部内の一部にある懐疑心や動揺を鎮静化させるだけでなく、国民にも改めて理解を求めたものとして評価できる。
 惜しむらくは、この決意表明がもっと早く行われなかったことだ。機敏に対応していれば、村田敬次郎自治相の急なカンボジア派遣で生じた各国の批判や国民の不安を解消できたはずだ。
 今後も適時に、内外にこうした所信を表明することが不可欠だ。それが一国のリーダーの責任というものだ。もちろん、首相が国際貢献に対する信念をぐらつかせないことが必要である。
 いまはテロリズムとの対決や、広範な「合意」による国際の平和維持のためには、犠牲も覚悟するという国際社会の常識に沿って行動すべき時である。「一国平和主義」のそしりをまぬがれるためにも、PKO参加の灯を絶対に絶やしてはならない。
 高田晴行警視の殉職には心から哀悼の意を表する。邦人要員の安全確保に最善を尽くすのも当然のことだ。それでもなお、国民が銘記すべきことは、国際の平和と安全を維持するPKO任務の重さと困難さである。そして、その努力が時には苛烈な犠牲を強いるものであるという冷厳な事実だ。
 国内では、PKO参加五原則のうち、もっとも基本的な「停戦の合意」が崩壊したとの観点から、UNTAC要員の撤収を叫ぶ声も強い。しかし、首相が「和平の枠組みはくずれていない」と明言したように、その一義的な判断は国連にゆだねるのが筋である。
 なぜなら、参加五原則はPKOの伝統的な「約束事」であって、何も日本だけの注文ではない。各国のUNTAC要員にも殉職者は出ている。ここはたじろがずに、各国が耐えているのと同じ苦しみを分かち合うことが、国際社会の「倫理」である。
 もうひとつ再確認すべきことは、日本が遅まきながらPKO参加に踏み切った原点である。湾岸戦争後、急速に高まった国際貢献論議は、国際社会の「普通の国」レベルの汗、時には血をも流す「人的貢献」の欠如を他国から厳しく指弾されたからだった。
 殉職者が出たこの段階では、勇気のいることだが、国連の要請があり、PKO参加五原則が満たされている限りでは、冷静な政策判断によって要員派遣を決め、この任務に「習熟」していく決意をこそ固め直すべきなのだ。
 ところが、憂慮すべき事態が生じた。当初は冷静に対応していた公明党が、停戦合意の実態面に疑義を示し、危険地域では文民警察官の任務中断を検討するよう求めた。現在のPKO協力法は、自民、公明、民社三党の妥協によって生まれたものである。妥協ゆえに、自衛隊のPKF(平和維持隊)本隊参加を「凍結」するなど、本来好ましくない制約を課している。
 だが、重要なのは三党が「自衛隊とは別組織」のPKOから議論を開始しながら、結局、よく訓練された専門家集団である自衛隊を活用するしかないという結論に達したことである。考えてみれば、文民警察官も同じではないか。捜査、規律などすべての面で日本の警察の能力は世界から最高度の評価を受けている。UNTACの重要な一員であることは論を待たない。
◆公明党は初心に帰れ
 三党は人的な国際貢献が不可欠とした「初心」を忘れてはならない。とくに公明党はPKO法の必要性を説くにあたって「ノーブレス・オブリージュ」を理念に掲げた。字義どおりなら「高い地位に伴う道徳的・精神的義務」を指す。真の国際貢献の在り方について、政治も世論もまだ熟成せぬ日本の現状からみて気恥ずかしいが、事実上世界一の経済大国になった日本に大きな責任があることを自覚するべきである。
 まずまず平和であった戦後世界の最大の受益者として、通商を妨げられることなく、日本は繁栄を遂げた。「ノーブレス・オブリージュ」のもっとも初歩的な実践とは、UNTAC任務を完全に果たすことにほかならない。
 
 
 
 
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