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1996/05/07 世界週報
集団的自衛権行使は避けて通れない クリントン来日で蜜月に入った日米関係
博報堂特別顧問(元駐タイ大使)
岡崎久彦
冷戦後の安保論争に決着つけたナイ・リポート
 クリントン米大統領を東京に迎えて、四月一七日に行われた日米首脳会談は、私の記憶している限り、最近では一番良い首脳会談だった。
 中心議題となった安全保障については、一昨年ごろ、日米経済摩擦がひどくなり、日米の安保防衛関係者は、経済が日米同盟に悪い影響を与えないかと心配した。それで、ジョセフ・ナイ米国防次官補(当時)が一昨年二月に来日し、有識者の意見を聴いて回った。当初は、一年ぐらいかけて、日米安保同盟の再定義をする計画だったが、予定より早く結論が出た。それが昨年二月のナイ・リポート(米国防総省の「東アジア戦略報告」)だ。
 このリポートが冷戦後の安保論争に一応の決着を付けた。冷戦後は「ソ連の脅威がなくなったのだから、もう軍事同盟はいらない」という議論になって、ペンタゴンが出すリポートも「軍事力削減」ばかりだった。ところがナイ・リポートは「削減は終わった。これから先は現状を維持する」という姿勢を明確にした。ナイ氏は別の場所で「孤立主義には戻らない。アジアから徹兵もしない。それを宣言するのがリポートの目的だ」と注釈している。
 また、日米経済摩擦の悪化で、米国では「どうして、こんな黒字を出している国を守らなければならないのか」という空気が強まっていたが、ナイ・リポートは「日米同盟は米国の世界戦略の要」と言い切った。
 その年の一月に、当時の村山首相が訪米してクリントン大統領に会い、今回と同じように「日米同盟はアジア太平洋の平和と安定のためだ」と表明しているが、ナイ・リポートは「世界戦略の要」とまで言明したわけだ。
 さらに「経済摩擦は日米同盟の基礎を揺るがしてはならない」という立場も明確にしたのがナイ・リポートだ。
リンクしている有事協力と普天間返還
 その上に立って、昨年一一月にクリントン米大統領が来日して、今回と同じような声明を出すべく双方が準備していた。ところが、沖縄問題が起き、大統領来日も延期された。当時の首相官邸が村山首相をはじめ、社会党で固められていたこともあって、それまでは「米軍がアジアから撤退しないのは結構だ」などと評価するはずだったのに、「沖縄米軍削減」とか「基地の固定化反対」とか言い出した。
 それが今年になって、内閣が変わり、今度の首脳会談の一カ月ほど前から、また風向きが変わった。その一つは、連立与党の態度。太田知事以下、沖縄の人たちは従来も「日米安保条約には賛成だが、安保条約が大事というなら負担も平等にしろ」と言っていたが、この言い分は与党三党が全面的に支持するところとなり、その延長線上で、普天間飛行場の返還が合意に至った。
 普天間は平時は全然使われていない。「有事には、普天間だけでなく日本全国の飛行場を使わせることにし、本土と沖縄の負担を平等にしないかぎり、普天間は返ってこないし、沖縄問題も解決しない」という判断が自民、新党さきがけあたりでコンセンサスになり、社民党も反対しなかった。有事研究というのも実はそこから出て来る。
 米側もこれなら、普天間返還に乗れる。日本が有事協力までやるというのは大変な変化であり、米国としても沖縄の少しぐらいの基地返還には代えられない。それでトントン拍子で進んだ。去年の秋まで一年以上かけて作った追い風が沖縄事件で逆風になり、急にまた追い風になった。
米国民が安保の実態知れば同盟関係は吹き飛ぶ
 その結果、今度の日米首脳会談は日米同盟にとってものすごいプラスとなったわけだが、今後の課題として、集団的自衛権行使の問題がある。朝鮮半島有事の場合、米軍から水と食糧を融通してくれと言われて「ダメ」と言うのかどうか。米軍に負傷者が出た場合、現地に日本から医師を派遣して治療するのか、日本へ送って治療するのか、これらも戦闘行動への参加と言えば言えるが、どこまでが戦闘行動なのか線を引くのは難しい。そのへんを詰める作業が始まっている。
 そこで大事なのは、何を目標に考えるかということだが、目標は日本の安全と繁栄だ。日本人が豊かに暮らしていられるのは、日米同盟があるからであり、これは米国民が日本は信頼に足る同盟国と思っている間は続く。
 しかし、現在の憲法解釈では、例えば、日米の駆逐艦が一隻ずついて、日本の駆逐艦が外敵から攻撃された場合、米国の駆逐艦が助けにくるが、逆の場合は、日本は助けに行けない。このことを知っているのは米国民の一%だ。それを米国民みんなが知るようになれば、日米同盟は吹き飛んでしまう。
 大統領来日直前に締結された「物品役務相互提供協定」(ACSA)は平時に限っているが、有事になったら食糧をやらないとは言えないだろう。ACSA締結まで来た以上、集団的自衛権は避けて通れないと思う。
 最後に、今度の日米首脳会談は、いつになく経済問題の比重が低かったが、これは、米側が昨年六月に日米自動車交渉を決着させ、評判の悪い日米包括協議から撤退したからだ。昨年夏から、日本の貿易黒字が縮小していることもある。
 大統領選挙キャンペーンでのクリントン大統領の態度は「日米包括協議は大成功」というもの。少なくとも大統領選挙が終わるまでは、経済摩擦沈静化の状況が続くだろう。日米関係は大変良い時期に入ったと言える。
岡崎久彦(おかざき ひさひこ)
1930年生まれ。
東京大学法学部中退。英ケンブリッジ大学大学院修了。
東大在学中に外交官試験合格、外務省入省。情報調査局長、サウジアラビア大使、タイ大使を歴任。
現在、岡崎研究所所長。
 
 
 
 
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