日本財団 図書館


1991/05/03 読売新聞朝刊
[社説]国際貢献に多面的な憲法論議を
 
 日本国憲法が施行されてから四十四年。国家間の相互依存関係が深化する中で、わが国は、その国力にふさわしい国際的責任と役割を果たすことを求められている。
 「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という憲法前文の宣言が一段と重みをましている。
 湾岸戦争では、国連憲章に定められた国連の平和維持、平和回復のための共同行動に、日本が加盟国としてどこまで協力できるか、その手段、方法論をめぐって右往左往し、憲法と憲章の調和という問題をつきつけられたまま今日に至っている。
 国連平和維持活動(PKO)に協力するための新組織作りの与野党協議も、ほとんど前進していない。
 冷戦構造を前提とした旧思考の国会論議では、激変する国際環境に対応しきれないことが明白になった。過去の狭い憲法解釈に縛られて、自らを袋小路に追い込むようなことは、改めるべきだ。
 憲法の最高理念である国際協調主義を充実、発展させる方向で憲法論議を深め、新しい世界秩序形成に積極的に貢献していくことを考えなければならない。
◆憲法の理念を実践する時
 戦後、日本がまだ小国時代の一時期、他国のことまで顧みる余裕はなかった。憲法が施行された昭和二十二年、ガリオア・エロア資金によって日本は、国家予算の半分に相当する額の食糧、物資援助をアメリカから受けていた。
 憲法は「健康で文化的な最低限の生活を営む権利」を国民に保障しているが、法を厳正に守って「配給米」だけに頼っていた東京地裁の判事が、同じ年の秋、栄養失調で死亡したと報ぜられ、話題となった。
 そうした状況下で、戦争の惨禍を体験した日本の反省と、日本軍国主義復活の可能性を完全に除去したいという国際社会の考えが合致して、九条の戦争放棄条項が大きくクローズアップされた。
 それが行き過ぎて、自国だけが平和であれば、という一国安泰主義を醸成し、前文の崇高な精神に反して国際貢献に背を向ける結果になっている。
 受け身の外交から能動的な外交への転換に際して、私たちはこのような歴史的背景に目を向ける必要がある。積年の間に、知らず知らずに染み付いた内政偏重の閉鎖体質からの脱皮を急がなければならない。
 「憲法は風化した」というが、むしろ憲法の理念をやっと実践できる段階に到達した、という見方ができる。そういう姿勢で国際社会の信頼を得るよう努力することを心掛けたい。
◆内閣の責任で軌道を正せ
 憲法に先立って制定された国連憲章二条にも、憲法九条の第一項と同じようなことが書かれている。両者の理念は、軌を一にしているが、実態的にも、世界が平和でなければやっていけない貿易立国日本が、国際平和の実現に全面的に協力するのは当然である。
 憲法九八条は、締結した条約の順守を規定し、わが国は、一貫して国連中心主義を唱えてきた。湾岸危機では、国連の機能が久し振りによみがえったが、日本は人的貢献ができず、最近になってようやく掃海艇派遣に踏み切った。
 日本は特殊な国だからできない、だから侵略者の排除は米英仏や周辺国にやってもらう、というのでは、日本の平和主義は普遍性を持たないことになる。「金で平和を買う小切手外交」と批判されたが、諸外国には随分、身勝手な国と映るだろう。
 金だけでなく汗も流して、国際貢献を自ら積極的に果たしてこそ、初めて国際社会において名誉ある地位を占めることができるのだ。
 国際紛争解決の手段として武力行使をしないというのは、要するに侵略戦争はしないということだ。この点さえしっかり踏まえていれば、現行の憲法下でもかなりのことをやれるはずである。
 何をしてはいけないか、ではなく、何をしなければならないか、という視点が極めて重要である。
 ポスト冷戦の秩序作りという新しい状況にあわせて、これまでの政府統一見解や国会答弁を見直す必要がある。そうでないと、国際情勢にまったく応用がきかない。湾岸戦争では、政策決定が遅れ、国際的な評価が半減した。その愚を再び繰り返してはならない。
 内閣法制局や省庁の官僚は、立場上、政府見解を修正することはできない。それは内閣の責任で行うべきだ。首相および国務大臣が政治生命をかけて、国民や議会に訴え、結果については責任をとるという心構えが重要だ。
 わが国と同様、憲法上の制約があるドイツは、いち早く湾岸に掃海艇を派遣、さらにクルド難民の救済に陸軍を送り出した。野党も支持している。日本の野党も、もっと目を見開いてもらいたい。
◆国民の憲法感覚に変化の兆し
 大方の国民世論は、海上自衛隊の掃海艇派遣に賛成している。一部には、自衛隊への偏見がいまだに根強く、今回の行動が海外派兵の突破口になると反対しているが、憲法下で文民統制は確立されている。
 自衛隊のあらゆる活動は、他からの命令、要請、依頼に基づいて行われ、自らは動かない。軍部の専横を許した旧憲法時代とは、根本的に異なっている。
 日本の民主政治についての私たちの現状認識は、軍国主義、警察国家の復活や言論統制の再現はありえない、ということだ。
 読売新聞社の世論調査を通じて、国民の憲法感覚に変化がくみとれる。かつての復古調的な改憲論議にかわって、国際貢献の在り方との関連で、憲法が論じられるようになってきた。
 タブーを排して、多面的な角度から憲法論議を進めるべきだ。
 
  国民総生産
(単位10億円)
貿易収支
(単位100万ドル)
昭和 22年(憲法施行) 1,309 ▲266
  31年(国連加盟) 9,446 ▲131
  39年(OECD加盟) 29,446 375
  54年(東京サミット) 221,824 1,845
平成 2年 429,028 63,856
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。

「読売新聞社の著作物について」








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION