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1990/08/30 読売新聞朝刊
[踏み出した日本](上)新秩序への模索必至 避けられぬ法整備(連載)
 
 湾岸情勢が緊迫する中で、内外の注目を集めていたわが国の「貢献策」第一弾が二十九日夜、決まった。「憲法の制約」を理由に直接行動を控えて、カネを出すことで「国際的責務」を済ませてきた日本が、今回初めて紛争周辺地域にヒトと輸送用航空機などを派遣、多国籍軍への支援を打ち出すなど、平和と秩序回復に向けた具体的行動に一歩踏み出した。国際的要請にこたえて平和維持活動に本格的な貢献を果たすためには、さらに新規立法などの法体系の整備も避けられない情勢だ。戦後日本を象徴する「平和憲法」の見直し論も有力政治家から出はじめており、わが国はいま重大な試練にさらされている。
 海部首相が発表した「中東における平和回復活動に係る我が国の貢献策」は、戦後日本外交にとって画期的意味合いを持っている。初めて紛争周辺地域に医療チームを派遣するほか、多国籍軍への資金協力、政府チャーターの民間航空機、船舶を使っての輸送協力を打ち出した。
 この結果、今後の軍事情勢の展開次第では紛争に巻き込まれる恐れも否定できない。野党側から「集団的自衛権行使を禁じた憲法に抵触する」との批判が出てくるのは必至だ。
 三年前のイラン・イラク戦争時のペルシャ湾危機の際は、政府部内で海上自衛隊の掃海艇や海上保安庁の巡視船派遣問題が論議されたが、結局、国連の平和維持活動への資金援助などで済ませたことと比べると、日本を取り囲む国際情勢が劇的に変化、政府は「現行法体系の枠内」(海部首相)ギリギリの決断を迫られた。
 「日本の憲法の制約は承知しているが、とにかく目に見えるものにして欲しい。ペルシャ湾に日の丸の旗が翻らないと、大変なことになりますよ」
 マイケル・アマコスト駐日米大使は、貢献策作りが大詰めを迎えた二十七日から二十八日にかけて、金丸信・元副総理や安倍晋太郎元自民党幹事長はじめ政府・自民党関係者を精力的に説いて回った。
 一方、湾岸危機をめぐる米国内の空気を海部首相、党首脳らに伝えるため二十五日に一時帰国した村田良平駐米大使は、日米両国の緊迫感の差にがく然とした。米国は民間航空機三十八機を、中東への兵員、軍事物資輸送作戦のため史上初めて徴用。さらに予備役まで一部招集して、ベトナム戦争以来、最大規模の実戦部隊をサウジアラビアなどに展開、まるで「第二次大戦前夜」の様相を呈している。そして、ブッシュ米大統領と「グローバル・パートナーシップ(地球規模の協力)」を確約した海部首相がどんな貢献策を打ち出すか、固唾(かたず)をのんで見守った。
 ところが−−。「具体的貢献策策定の陣頭指揮を執るため」(坂本三十次官房長官)、首相の中東五か国訪問を延期したはずなのに、憲法、自衛隊法に関する歴代政府見解や解釈をめぐる論議ばかりで中身の詰めはほとんど進んでいなかった。
 イラクのクウェート侵攻(二日)に端を発した今回の湾岸危機は、戦後四十五年間続いてきた冷戦構造崩壊後、世界が新たな国際秩序を模索する中でぼっ発した。いわば「イラク対世界」(中山太郎外相)というのが基本構図だ。
 中東地域に原油供給の七割を依存、先進各国の中でこの地域の平和と安定の最大の受益国であり、米国に次いで、世界第二位の経済大国である日本の姿、形が一向に見えてこないことに米国内のイラ立ちや不信感も徐々に募っていた。
 日本と同様、戦後、軍事力行使に制約がある西ドイツのほか、韓国ですら米国に軍需物資輸送用の船舶を提供している。
 軍事力による貢献ができないわが国が、全く新たな国際情勢の下で、国連中心の平和維持活動にどこまで積極的な関与が可能か。自衛隊派遣も含めてできることと、できないことの限界はどこか−−今後の国家目標、理念と行動を含めた国家的論議が問われていると言えそうだ。
 
 
 
 
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