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2003/06/11 毎日新聞朝刊
[記者の目]有事3法成立と自衛隊=宮下正己(政治部)
◇統制する政治こそが重要−−「安保」過剰反応は危険
 「何かあるとみんな同じ方向に向かってしまう。今の状況を我々の方が怖く感じているかもしれない」。知り合いの幹部自衛官の言葉にハッとした。有事法制関連3法が衆参両院とも約9割の圧倒的多数の賛成を得て成立したことへの皮肉ではあるが、一面の真実を言い当てていると思った。
 自衛隊の発足から49年。自衛隊がありながら有事でも動けない。「軍隊」として、いびつな構図が続いたのは、第二次大戦の反省から生じた国民の軍事アレルギーからだろう。放置してきた政治の怠慢も大きいかもしれない。今回、圧倒的多数の賛成で、いびつさを解消させた原動力は何だったのだろうか。
 防衛庁を担当して2年になるが、すべては一昨年の米同時多発テロ「9・11」から始まったと思う。
 あの時、私は防衛庁内で数人の自衛官と雑談をしていた。テレビを見ると、青空にそびえ立つ世界貿易センタービルから煙が上がり、2機目がビルに突っ込んだ。「テロだ。とんでもないことになったぞ。アメリカは黙っちゃいない。必ず戦争になる」。一緒にいた自衛官が叫んだ。
 あまりの衝撃に、私は気が動転していた。それから4日間、防衛庁に泊まり込んだが、なかなか眠れない。「同盟国の日本も狙われる可能性がある。象徴的な防衛庁のビルが標的となるかもしれない」。自衛官の言葉が頭から離れず、正直、怖かった。
 9・11は警察力を超えていた。多くの国民も同じ恐怖心を持ったと思う。「テロに対して自衛隊は何ができるのか」。不安と期待がごちゃまぜとなり、政治家からも自衛隊に問い合わせが相次いだ。私も頼るのは自衛隊しかないと思った。
 だが、多くの自衛官は「自衛隊はなんでもできると勘違いしている」と戸惑った。テロは犯罪行為と位置付けられ、あくまでも警察の仕事とされてきた。自衛隊は「越権行為」として訓練さえ許されず、タブー視されてきた。
 自衛官の頭越しで、政治は堰(せき)を切ったように自衛隊の活動、権限の拡大に動き出した。自衛隊初の戦時下派遣を認めたテロ対策特措法▽在日米軍基地を警備する警護出動▽治安出動下令前の情報収集▽治安出動時の武器使用――など、9・11後の法整備ラッシュはすさまじい。
 自衛隊の米軍支援が実現し、国際的に高い評価は受けている。だが、政治の慌てぶりは明らかだった。自衛隊に能力がないのに、与党内から「地雷処理のためにアフガニスタンに派遣すべきだ」との声が上がった。緊迫した事態は過ぎたのに一部の政治家から警護出動を求める意見も出た。
 ある幹部自衛官は「我々の能力、国民への影響も考えず、なんでもかんでも自衛隊を出せばいいという感じだ。自衛隊が何かしようとすれば、それこそ軍国主義の復活などとたたかれてきたのに」と、豹変(ひょうへん)ぶりに複雑な心境をのぞかせる。
 その後も奄美大島沖で工作船銃撃事件が起き、北朝鮮の核開発問題や弾道ミサイル問題が深刻化するなど、国民の危機意識を高まらせる事態が続いた。国会では、自衛隊に敵基地攻撃の能力を持たせるべきだとの意見が当然のように飛び出し、政府内にも専守防衛見直し論すらある。
 具体的な安全保障論議を避け、米国の傘の下で、無関心とも受け取れる風潮は「平和ボケ」と言われても仕方ない。現実の脅威に直面し、ようやく国防意識に目覚めたのは確かだろう。だが、不戦の誓いからこれまでに歩んできた道のりを考えると、9・11後に、短期間で国民意識は極端にぶれたのではないだろうか。
 冒頭の自衛官の言葉は、最近の朝鮮半島情勢も含めて、過剰に反応し過ぎる安保論議の危険性を指摘したものだろう。
 日本は不戦憲法を掲げ、日米安保条約で日本が「盾」、米国は「矛」という関係を築いてきた。これまでの安保体制が、今の脅威に通用しないのなら憲法や日米安保を含め、新しい安保体制をどうするのか真剣に検討することが必要だ。だが、新たな脅威への対処を含めた総合的な防衛力整備をどうするかについて、国民の合意と支持を固めるために、政治は合理的で、十分な判断材料と論議を国民に提供しているだろうか。9・11以降も、目の前の脅威への場当たり的な対症療法の域を出ていないような気がしてならない。
 有事法制は自衛隊が行動するうえでのルールを定めたに過ぎない。重要なのは自衛隊を統制する政治がどれだけ機能し、信用できるかだ。問われているのは自衛隊よりも政治である。
 
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