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2003/09/26 産経新聞朝刊
【正論】東京都教育委員、永世棋聖 米長邦雄 全国の教員よ、つくばに集おう
 
■意義ある地方の垣根越えた研修
<<師の更なる資質向上に>>
 国の改革は思うように成果を挙げていないかのように見える。このまま借金まみれ、赤字だらけで良いものか。そこで考えついたのが、国営のものを民営化と独立行政法人化の二通りで経営のスリム化を図るという“踊る大作戦”。だが、こんな時にはとんでもない悪手が出やすいので緊急提言をしたい。
 茨城県つくば市にある教員研修センターは、全国の先生方の長期型の研修を行ってきたところである。大山康晴先生も百回は講師を務め、私も二十回近くは行ったことがある。謝礼は薄謝(失礼)。
 全国から教師が集まり、長いものは三十二日間の研修をする。それがお互いの交流になって、意義のある教師の資質向上につながっている。この研修センターが独立行政法人になった。自民党の行革本部から「お問い合わせ」が出ている。研修内容を見直し、存続の必要性を明示せよと。
 争点は二つある。一つは、教師の研修は都道府県の教育委員会独自でやればよいのかどうか。すなわち、研修の内容が重複したりするので、研修業務自体を廃止するか、あるいは地方公共団体に委ねるべきかどうか、である。
 東京都にも立派な研修センターがある。特筆すべきは来年度から「東京教師養成塾」を設置したことだろう。教員を養成している大学と連携して開塾する。これは東京都教育委員会の指導部の発案によるもので、石原慎太郎知事も称賛した画期的な塾である。定員は百人で四十日以上の教育実習から十日間くらいのものまで、いくつかのバリエーションがある。
 
<<“井の中の蛙”からの脱却>>
 ただし条件があって、東京都の公立小学校教員を強く希望している者とある。当然、既存の研修カリキュラムはある。更なる資質向上はもちろん、指導力不足等の教師の研修もここで受けさせて現場に復帰させるのである。東京の研修センターは内容的にも外見上も立派なものには違いはないが、やはり東京には東京の限界もある。
 教師の世界は江戸時代の藩と思ってもらってよく、各県ごとに特色がある。それぞれが独立していて、教育の世界のみは合衆国の形態というべきであろう。他県の教育問題を語り合い、研究の成果を発表し合い、時には酒食を共にする。この人と人との交流は国が果たすべき役割であって、地方自治体にはできない。他県の実情を知り、見聞を広めることこそ大切な研修成果である。
 
<<費用対効果で計れぬ教育>>
 私が時折、講師を務めたものは、校長研修、教頭研修、中堅と何通りかあった。三十二日間の長期研修。講師陣は各界各層から呼んでいて、バラエティーに富んだ陣容になっている。私個人は、この研修は国でなければできないものと固く信ずる。理由は人の交流があるからだ。教師には社会の変化に対応した幅広い視点に立つことが極めて重要であり、幅広く豊かな教養や教育的愛情に満ちた豊かな人間性が求められるからである。
 北海道の教師が沖縄の現状を聞き、南国の教師が雪の中の通学の苦労を聞く。地域による差異を知るという最も基本的なことをおろそかにして、教育の成果も日本の未来もないと考える。
 争点はもう一つ。教育そのものを金で計算してよいものかどうか。教育の世界に費用対効果などという分析を取り入れても良いのかどうか。これは大いに論ずべきである。
 独立行政法人になった以上は、職員の削減、業務見直し、民間と共同してのプログラム作りなど、改善もしくは配慮すべき点は多々あるはずである。研修内容は県別のものとは全く異なっている。つくば市にある研修センターに来る教員は出張扱いで集うのであり、都道府県の教育委員会が経費を出している。
 経費を切り詰め、内容を充実させるのは当然だが、どのように工夫努力しても教員の研修は赤字になる。しかし、教育は国家の根幹であるから教師には大いに元手をかけて養成し、現場で頑張ってもらわなくては困る。
 私が緊急提言したのは、つくばの研修センターが廃止される可能性もあると仄聞(そくぶん)したからである。政治の世界と勝負の世界は、まさかという結果が出ることがあるので私の考えを力説した次第である。
 文部科学省が新しく打ち出した“ゆとり”も誤解を招いている。ゆとりを持って教育するのであって、ゆとり教育とは似て非なるものである。財政的な大局観から事が決められるだろうが、教育は費用対効果では計れぬという“ゆとり”を政治家には持っていただきたい。(よねなが くにお)
◇米長 邦雄(よねなが くにお)
1943年生まれ。
中央大学経済学部中退。
永世棋聖、東京都教育委員会委員。


 
 
 
 
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