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2001/05/16 産経新聞夕刊
【和田秀樹のべんきょう私論】計算をあなどるなかれ
 
◆数学センス養う思考力に好影響
 来春から始まる新学習指導要領のなかで、最も論議を醸しているのが計算力の軽視である。
 3桁以上の掛け算や割り算を小学生で教えなくなったり、電卓の使用を奨励するという内容である。電卓があるのに、複雑な計算はムダだと言わんばかりである。
 私の個人的経験を言わせてもらうと、計算力には随分助けられた。実は、私は小学校を6回も転校したためか、そこかしこでいじめられた。4つ目の学校だったと思うが、学校外の自己実現の場として、算盤塾が用意された。私はこれにはまって真剣に算盤に取り組み、1年で3級にまで昇進した。
 当然、計算は速くなる。小学生の子どもにとって、計算が速ければ、それだけで算数の点数がとれるし、算数ができるかのような錯覚も生まれる。おそらく、その後、算数が大好きな少年でいられたのは、これがベースになったと私は信じている。
 ついでに言うと私の弟は小さい頃、体が弱かったこともあって半分、学習障害児のようになっていた。母親は私を算盤に通わせて成功したのに味をしめて、弟も算盤に通わせたが結果は失敗だった。左利きのために、うまく珠を扱えないのだ。結局、計算がいいのだろうと公文に通い、初めて努力によって成績が上がる体験をした弟は、劣等生を脱出することができた。
 そういうわけで我々兄弟にとっては、計算サマサマなのだが、それから30年以上たって、最近、計算力の大切さを再認識させられた。
 塾もない兵庫県の山村部に、子どもにみっちり計算をやらせることで学習意欲を高め、卒業生が素晴らしい大学合格実績をあげている小学校があると聞き、ジャーナリストの櫻井よしこさんと見学に行った。
 聞きしに勝るとはこのことで、その山口小学校では、100マスの計算を1分そこそこでやる子どもがごろごろしている。家に帰ってうちの娘にやらせてみたが、私が計算が大切と考えて、それなりに練習させているはずなのに3分もかかった。
 インドでも、小学生に2桁の掛け算を暗記させるところがあるくらい、計算重視のカリキュラムを用いており、現在、コンピューターのソフト開発では世界の脅威になるほど、数学的センスがいい若者を次々生み出している。
 理屈以上に現実では計算力がモノを言っているのだ。
 私もさまざまな形で受験生の教育に携わってきたが、計算力が大いに思考力に影響を与える点が一つある。
 それは、複雑な数学の問題を解く際に、計算力のある子どもは、一つ目のやり方でできなかった時に、別のやり方を試すのをおっくうがらないが、計算力がない子は、それを面倒がって、あれこれと別のやり方を試さず、すぐにあきらめてしまうことだ。
 よほどできる子でない限り、どんな問題でも1回目のやり方で正解が出るほどひらめきはしないものだ。私はよく「思考力とは試行力だ」というが、だめでもあれこれとやり方を試して問題に取り組む姿勢が最終的に数学力をつけるものなのである。
 面倒な計算をやらされているうちに工夫するようになるごとく、計算は単なる技能ではなく、思考に直結するものなのだろう。そうでないと、これまで世界中の教育でこれほど計算力が重視され続けたはずがない。それをインドや山口小学校が証明しているのだろう。
 まさに可愛い子には計算をさせよである。(精神科医)
◇和田 秀樹(わだ ひでき)
1960年生まれ。
東京大学医学部卒業。
東京大学医学部付属病院精神神経科助手を経て現在、一橋大学経済学部非常勤講師、東北大学医学部非常勤講師、川崎幸病院精神科顧問などを務めるかたわらマスコミにて積極的な言論活動を展開している。精神科医。


 
 
 
 
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