2001/04/11 産経新聞夕刊
【和田秀樹のべんきょう私論】受験勉強は心に悪いのか? 課題与える効用
◆精神的に安定も
前回、私が2人の娘を私立小学校に通わせていると書いたことで、受験勉強は他人事と考えていると思われたかもしれないが、事実はまったく逆である。
今後、本コラムでその理由を書くつもりだが、私は受験勉強そのものが、子どもの発達のために好ましいと考えている。受験勉強をさせて希望の学校に入れず、公立中学に入ることになっても、その勉強は無駄ではないのである。
私自身、上の子どもを中学受験をさせずに系列の中学校に進ませることになるはずだが、それでも、とある名門中学受験塾に小学4年から通わせている。成績の面で妥協は許していないし、宿題はすべてやらせるようにしている。
受験勉強に効用があるかどうかの前に親が悩む問題として、受験勉強のストレスで子どもをおかしくしないかという問題がある。
精神科医の立場からすると、通常の受験勉強をさせておいて、子どもがストレスでおかしくなることはないと断言できる。
ただし非常にストレスに弱い子どもは確かにいる。しかし、そういう子どもは、失恋や学校のストレスでも精神的におかしくなってしまう。つまり受験勉強だけに弱いという子どもはいないのである。
現実に、同じように受験勉強をしていて、95%以上の子どもは精神的な問題を起こさない。受験勉強が心に悪いというなら、その理由を説明しないといけないだろう。
おそらくは、受験勉強でおかしくなる子どもというのは、先天的にストレスに弱かったり、あるいはこれまでの親子関係、人間関係に問題があったのだろう。
たとえば、小さい頃から愛情をかけてもらえなかった子どもが、たまたま勉強ができて、教師や周囲からほめられると親が掌を返したように可愛がり始めたとしよう。すると、その子どもは、万が一、勉強ができなくなると親にまた愛してもらえないと感じるはずだ。こういう場合は、勉強ができないことに過剰なプレッシャーを感じる。
これまでの愛情が十分でなかったり、親子関係が悪い場合、感情のコントロールが悪く、不安も強い子どもになりがちなので、受験競争のようなストレスに弱い可能性はあり得る。この場合、ほかのストレスにも弱い子どもなのだ。
ただ、そういう脆弱な子どもに対しても受験勉強が精神的にプラスである可能性もあり得る。というのは、受験戦争が激しかった時代のほうが、自殺率などが下がっていたという統計もあるからだ。
世界中の先進国がかなり自由な教育を進めた1960年代後半からの20年間は、子どもの精神衛生は最悪の時代だった。アメリカでは15歳から19歳までの自殺率が3倍になり、先進国でも軒並み自殺率は急増した。
ところが、その期間に日本だけは、自殺率が下がっている。65年に人口10万人あたり7・4人だったのが、85年には5・1人になっている。
この時期の日本の受験競争の激しさは今の比ではなかった。学力も今よりはるかに高かった。ところが、自殺率は下がっているのだ。
恐らく、不安定になりやすい思春期の子どもには、何らかの明確な課題を与えた方が精神的に安定するのだろう。
中学受験はこの年代より若い層ではあるが、少なくとも受験勉強が心に悪いという統計上、医学上の根拠はない。余計な心配より、親が自信をもって勉強をさせたほうが、子どものメンタルヘルスにはよいと信じて、よい教育ママ・パパになってほしい。
◇和田 秀樹(わだ ひでき)
1960年生まれ。
東京大学医学部卒業。
東京大学医学部付属病院精神神経科助手を経て現在、一橋大学経済学部非常勤講師、東北大学医学部非常勤講師、川崎幸病院精神科顧問などを務めるかたわらマスコミにて積極的な言論活動を展開している。精神科医。
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