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2001/04/04 産経新聞夕刊
【和田秀樹のべんきょう私論】なぜに中学受験? 授業時間の削減 評価法にも疑問
 
 4月は、新学期の声を聞き、いろいろな進学塾の募集広告を見るにつけ、中学受験をさせるべきかどうか悩む時期だろう。
 私自身、2人の子をもつ親であり、上の子は今年小学校6年生、下は1年生になる。たまたま両方とも私立学校なので、多少はのんきにしていられるのだが、文部科学省が方針を変えてくれない限り、人さまには中学受験を勧めざるを得ないと考えている。
 というのは、昨年4月の1日と2日に、東京で主要8カ国の教育大臣会合が開かれ、その報告を見てがくぜんとしたからだ。
 この会合の報告書では、今後、きちんとした学力を身につけないと「社会的・文化的生産活動に必要な収入を得る見通しも立たない状態で、かつてない疎外の危険に直面している」と明言されている。
 さらに、この会合では、国際的に比較可能な学力の指標を開発することも合意がなされた。つまり、国際的な学力テストがすでに準備段階に入ったのだ。
 実際、諸外国では、子どもの学力を上げるために大幅な教育改革がなされている。アメリカでは、小学校や中学校にまで卒業試験が課されるようになり、イギリスでも、7、11、14歳の時点で全国共通試験を受ける。そして、軒並み、授業時間が増やされている。
 しかし、日本のたとえば中学3年生の年間授業時間は、900時間弱で、アメリカ、イギリス、フランスが1000時間近いのと比べ先進国で最低レベルである。2002年からの「ゆとり教育」を志向する新学習指導要領が導入されると、さらに2割減らされる。これからの高度知識社会で最も必要と考えられる理科と数学の授業時間が、アメリカの半分程度となってしまうのだ。
 こんなお粗末な教育しか受けられないのでは、国際社会で通用し、国際学力テストで十分な点をとるのは絶望的としか言いようがない。
 中学校では、2002年以降、もう一つ厄介なシステムが採用される。指導要録(内申書や通知表の原本)のための学力評価の方法も変えられるのだ。
 実は、89年の学習指導要領改訂でカリキュラムが削減された際も、学力評価法が変えられている。これは、新学力観と呼ばれ、各科目の評価を期末テストなどの結果ではなく、生徒の「関心・意欲・態度」や「技能・表現」などのいろいろな観点からみた総合点でつけようというものだ。
 耳触りのいいアイデアであるが、教師の主観によって内申点が大きく変わるのは確かだ。それまでは、課外活動などで内申点を気にしていればよかったのが、一般科目でも、テストで何点とっても教師次第では、内申点がよくならないシステムになったのだ。
 今回の評価法の改訂では、これをさらに徹底して、生徒同士の相互評価も活用するとされている。まさに周囲の目を気にし続けていないといけないストレスだらけの学校生活になり得るのだ。
 実際、新学力観が採用されてから校内暴力が急増し、生徒の学力低下が問題になった。頑張っても、内申点が保証されないだけでなく、心のストレスも増すということなのだろう。
 外国で目標とされる学力向上とは、ペーパーテストの点数の上昇のことなのに。
 こんなお粗末なカリキュラムと危険な評価法が、来年から公立学校で採用される以上、不本意ながら私立の受験を勧めざるを得ないというのが、私の真意である。
◇和田 秀樹(わだ ひでき)
1960年生まれ。
東京大学医学部卒業。
東京大学医学部付属病院精神神経科助手を経て現在、一橋大学経済学部非常勤講師、東北大学医学部非常勤講師、川崎幸病院精神科顧問などを務めるかたわらマスコミにて積極的な言論活動を展開している。精神科医。


 
 
 
 
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