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2003/02/13 産経新聞朝刊
【正論】高崎経済大学助教授 八木秀次 まずは教育基本法の“欠陥”を埋めよ
 
◆規定されなかった教育理念
 中央教育審議会は昨年十一月に教育基本法を見直すべきとする中間報告を公表し、三月にも最終報告を発表する見通しである。
 政府はこれを受けて基本法改正作業を本格化させるという。現行教育基本法制定から五十六年、ようやくにしての見直し作業であり、まずは歓迎したい。
 そもそも現行基本法にはその成り立ちからして“欠陥”がある。以前、本欄でも指摘したことだが、現行基本法の起草者は教育勅語を普遍的な教育理念として肯定していた。勅語と基本法との両立を考え、道徳教育の理念は勅語に任せ、新憲法との関係で勅語には足りない理念を基本法で補うという認識だった。基本法が教育の目的とする「人格の完成」も勅語に謳う徳目を受けた表現だった。
 しかし基本法の制定から一年三カ月後、占領軍の圧力によって衆参両院で排除・失効確認決議が挙げられ、勅語は否定された。これにより基本法には敢えて規定されなかった愛国心や公共心、家族の意義などは教育理念として消えることになった。
 その後、“欠陥”を補うため、昭和二十六年に天野貞祐文相が「国民実践要領」を、昭和四十一年には中教審が「期待される人間像」を示したが、いずれも教育界や言論界から反発を受け、実らなかった。“欠陥”は依然として補われていない。
 
◆国家至上主義的な考え方?
 であれば、基本法見直しは何よりこの本来的な欠陥を補う作業でなければならない。その意味では中間報告が「現行法には明確に規定されていない重要な理念や原則を盛り込むことが必要」とし、そこに「家庭の教育力の回復」「公共心、伝統や文化を尊重する態度、郷土や国を愛する心の涵養」を挙げているのはむしろ当然すぎる。
 にもかかわらず原案にあった「愛国心」という表現は日教組出身委員の発言で「国を愛する心」に修正された。私には両者の違いが分からないが、我が国に対する愛着や帰属意識、忠誠心を少しでも弱めようという趣旨だろう。北朝鮮をはじめとする社会主義国に肩入れをしてきた組織の人間ならではの発言である。
 中間報告では「国を愛する心」が「国家至上主義的な考え方や全体主義的なものになってはならない」との限定も付せられている。しかし今、日本の一体どこに「国家至上主義的な考え方」があるというのか。国家意識も同胞意識もなく、涵養する教育もなかったからこそ、拉致を許し、四半世紀も被害者を見殺しにしてきたのではなかったのか。真摯(しんし)な反省に立った見直しを求めたい。
 基本法見直しに乗じて怪しげなイデオロギーも盛り込まれようとしている。中間報告は現行の第五条「男女共学」を「男女共同参画社会の実現や男女平等の促進に寄与するという新しい視点」から「教育の基本理念として規定することが適当」と明記している。「国民一人一人が性別に基づく固定的な役割分担意識を見直し、男女共同参画や自立の意識を有することが不可欠」「学校、家庭、地域など社会のあらゆる分野における男女共同参画の視点に立った教育・学習の推進、情報の提供」との表現もある。男女の区別を一切なくしてしまうことを目的とする「男女共同参画=ジェンダー・フリー」を教育を通じて強制しようというものだ。
 
◆便乗する「男女共同参画」
 これは女性委員全員によって提出された意見書を受けてのものだが、他の委員が「ジェンダー・フリー」を正確に知ってこれらの表現を許したとは思えない。ジェンダー・フリーとは男女の特性を是認した上で文字通り社会に参画することを言うのではない。男女の違いは妊娠の可能性の有無のみであり、それ以外は全く違わないとする発想である。雌雄同体のカタツムリを理想とし、結婚や出産を嫌悪し、家庭を憎悪する。中間報告がいう「家庭の教育力の回復」とは対極にある発想だ。委員諸氏にはジェンダー・フリーなるイデオロギーを正確に理解された上で審議に当たって頂きたい。
 その他、現行法には宗教教育全般を教育から排除する解釈を許す第九条第二項や、文部科学省や教育委員会の指導を「不当な支配」として排除し、教職員組合の専横を許してきた第十条などの問題規定もある。
 中教審には現行法はそもそもどのような性格のもので、どう機能してきたかを厳しく検証し、それゆえにもたらされた今日の教育の“危機”を乗り越えるべく、大胆な提言を求めたい。(やぎ ひでつぐ)
◇八木秀次(やぎ ひでつぐ)
1962年生まれ。
早稲田大学大学院博士課程で憲法を専攻。
人権、国家、教育、歴史について、保守主義の立場から発言している。著書は「論戦布告」「誰が教育を滅ぼしたか」「反『人権』宣言」、共著に「国を売る人びと」「教育は何を目指すべきか」など。「新しい公民教科書」の執筆者。フジテレビ番組審議委員。


 
 
 
 
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