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2002/08/04 産経新聞朝刊
【正論】武庫川女子大教授 新堀通也 教育基本法読み直しの勧め
 
◆きわめて低い知識や関心
 平成十二年末、教育改革国民会議は「教育を変える十七の提案」を発表し、その最後で「新しい時代にふさわしい教育基本法を」と題する提案を行い、国民的な議論と合意形成のもとで教基法の「見直し」を国家至上主義的、全体主義的なものにならないよう留意しつつ行うよう求めた。
 この提案を受けて現在、中教審は「教育振興計画の策定」と「新しい時代にふさわしい教基法の在り方」をその基本問題部会で審議しており、文科省も教基法改正案をあたためつつある。
 こうした動きの中で教基法改正について賛否の論議が高まってきたが、一般の国民、いや一般の教員の間でさえ、教基法に関する知識や関心は極めて低い。しかし教基法は教育の憲法と称されるし、現在の教育が数多くの問題をかかえていることはすべての国民が認めているのだから、このさい教基法をよみ直し、現在の教育を検討してみる必要は大きいといってよい。二つだけ指摘したい。
 
◆教育立国論を高らかに謳う
 第一は教基法の前文と第一条(教育の目的)とである。前文は「日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育を確立するため」、教基法を制定すると述べている。教基法にとって憲法は親(おや)法であり、各論に対する総論たるの地位を占める。その憲法は冒頭第一条で「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であると規定している。ところが教育現場では、国民統合の象徴を国民不統合の象徴として教える教師がいる。国家のもう一つの象徴は国旗だが、教基法、さらに遡(さかのぼ)れば憲法を遵守すべき学校で、国旗・国歌(日の丸・君が代)を日陰者扱いする教育を「良心」や「自由」の名のもとで強行する教師もいる。
 教基法前文はまた「われらはさきに日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」と宣言している。それはまさに教育立国論といってよい。さらに教基法第一条では「教育は…(中略)……心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」と謳(うた)われているが、その場合、国民とは日本国民を指すことは疑いない。
 ところが教育立国論という考え方を偏狭なナショナリズムと解し、国民としての自覚や責任、国家への愛着と誇りを故意に忘れさせようとする教育(いわば教育忘国論)が推進されて、大量の自己中心主義者が育成された。教育忘国論が教育亡国論を現実のものとさせないとはいいきれない恐れが出てきた。「指導力不足」教員が問題になっているが、「教育忘国論」実践における「指導力過剰」教員の成果を忘れるわけにはいかない。
 
◆外国からの「教育たたき」
 国民的規模でよみ返し考えてほしい教基法のもう一つの条項は、その第十条(教育行政)である。そこでは教育は「不当な支配に服することなく」行われるべきであると謳われている。
 教育は貿易や産業や外交などとちがって「外圧」や「日本たたき」を受けにくい分野だし、諸外国から見ても「市場開放」を求めるだけのうま味、魅力を欠いた分野である。
 ところがその教育に、「内政干渉」と受け取られかねない「外圧」や「日本たたき」が起き、機会あるごとに振りかざされる「カード」が生まれた。それはかえってその発信国に対する日本の「国民感情」を傷つけ、真の「友好関係」を害するが、その事実を伝えることさえ遠慮する。
 いうまでもないが、今や恒例となった「歴史教科書」検定に対する「近隣諸国」からの抗議がそれだ。日本の教科書は国定でもないし、その検定は法に基づいて行われている。抗議が「不当」であるかどうかはさておき、国際的な慣例から見ても、日本だけをねらった「不均衡」なものであるという印象を多くの日本国民が抱くのも無理はない。
 特に都合がわるいのは、こうした「外圧」が実は、日本の国内からの「御注進」によるところが大きいこと、また「外圧」を利用して、教科書の採択選定に「内圧」を加える勢力が存在することである。
 いや教科書選定だけでなく、先に述べた教育忘国論の実践者が学校の内外から、強力な支配力を行使することが多い。しかも圧力を加える側は、それを「不当」と考えるどころか、「正当」と信じて疑わないところに問題の根深さがある。教育における「不当な支配」とは何か、教基法をよみ直しての国民的論議が必要だ。(しんぼり みちや)
◇新堀通也(しんぼり みちや)
1921年生まれ。
広島文理科大学卒業。
広島大学助教授、広島大学教授、広島大学教育学部長を経て、現在、武庫川女子大学教授。


 
 
 
 
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