2002年7月号 正論
「反人権」教育が子供を救う
魔語≠ニしての人権、権利の肥大と義務の縮小がもたらす悲劇・・・日本にはそもそも「道徳」があったのでないか。
高崎経済大学助教授●八木秀次(やぎ・ひでつぐ)
福岡教育連盟事務局長●木村貴志(きむら・たかし)
「人権」への麗しき誤解
木村 のっけから不穏当な発言かもしれませんが、昨今の教育現場では、どうも「人権」という言葉が教師を怯ませているような感じがします。八木さんはご著書の『反「人権」宣言』(ちくま新書)のなかで、数年前に栃木県黒磯市の市立中学で起こった、生徒によるナイフを使った教師刺殺事件について触れられています。事件のあと、緊急避難的に生徒の所持品検査の是非が議論されましたが、マスコミや教育評論家、さらには「人権派」と言われる人たちは一斉に、「生徒のプライバシーを侵害する。子供の人権を守れ」という声を上げ、学校現場もそれにさして異を唱えることなく同調した結果、所持品検査は実施されないままに終わりました。
また同書で、朝日新聞(平成十年二月三日付)に載った神奈川県の私立中学・高校の教師の体験を紹介されていますが、教師とナイフを持っている生徒の次のような会話は、残念ながら今や学校現場において日常的なものと言ってよいかも知れません。
〈「危ないよ、どうしてそんなもの持ってるの?」
「別に。ロープを切ったりとかするだけだし」
チャッと音を立ててバタフライナイフが開いた。
「それ、こわいよ、持ってくるのやめてよ」
「おれが何かすると疑ってるわけ?それって人権侵害じゃん」
これで生徒とのやりとりは途絶えた。
この教師は「人権・・・。教員は、この言葉にどれほど困っていることか」と嘆息した〉
たとえば、この生徒がさらに「人権」を悪用≠オようと思いついたとすれば、二年前の五月に起きた西鉄バスジャック事件の犯人のようになりかねないと思います。報道によれば、当時十七歳の少年は自分のノートにこんなことを書きつけています。
〈十三歳以下は何をしてもいいんだよ/児童相談所に通告されて、はいおしまい/ほんとに、それだけだよ/十六以上は控えめに/起訴されちゃうからね/十八以上は、もう大人/死刑になっちゃうよ/十四歳未満は逮捕されない/やりたい放題やれ/悪いことするなら、今のうち〉
八木 その少年はインターネットの掲示板での会話のなかでも、「二十代前半の少年法の保護を受けない少年嫉妬野郎はトイレでキバッテロ。お前らは十代をねたんでいるだけだろ」などと書き込んでいましたね。
木村 明らかに自分が少年法で保護されていることを意識した上で犯行に及んでいるわけです。わが国の少年法は昭和二十四年に施行されたまま、その後はほとんど手をつけられていない。八木さんには釈迦に説法ですけれど、現行の少年法は、終戦後の混乱のなかで、主にかっぱらいや万引きなどに手を染めた非行少年の保護と更生をめざしたものです。したがって最近の目に余る少年事件の凶悪化、低年齢化には手に負えなくなっているのが実態だと思います。ではその少年法の背後にあるものは何かと言えば、先に挙げた生徒も口にした「人権」ということになる。
生徒のことを思う熱心さのあまり、少しでも厳しい指導をしようものなら、生徒よりも先に日教組の先生から、「それは生徒の人権を侵害しているんじゃないか」と言われたりする。あるいは保護者からそういう非難めいた声を上げられたりする。多くの教師が「人権」という言葉を聞くと、つい及び腰になってしまう。
八木 今の日本を眺めてみると、学校現場だけでなく、会社でも、家庭でも、何かトラブルが発生したときに「人権」という言葉を突き付けられると、事実関係の精査よりも前に、みんな及び腰になってしまう。まるでその効果は水戸黄門の印籠のようです(笑い)。「人権」と口にしさえすれば誰もが押し黙ってしまう、あるいは思考停止してしまう、神聖で侵すべからざる言葉として流通している。
木村 学校現場では、「人権」の意義やそれを尊重することについて学ぶのは不可欠とされていますが、そもそも「人権教育」というのはかつて「同和教育」と呼ばれていたものです。被差別部落の人々に対するいわれなき差別≠なくしていく、その趣旨には私も大賛成ですけれど、残念ながら「同和教育」の名のもとに、糾弾学習会などの場で行き過ぎた事例が、少なからずあったことも私たちは知っておかなければならない。それによって触らぬ神に崇りなし≠ニいった雰囲気が醸成されてしまったのは決して望ましいことではないと私は思っています。「人権」を盾に迫られると、事の理非曲直を云々する前に引き下がってしまう。表現におけるメディアの過剰な自主規制や、行政当局の事なかれ主義も、そうしたことに起因していると言って過言ではないでしょう。
八木 「人権」の影に怯えながらも、同時に、どこかしら「人権」というものに違和感を覚えるというのが、今の普通の日本人の感覚ではないでしょうか。つまりそれは、単なるわがまま勝手な要求や主張が、「人権」の名のもとに行われ、正当化されているのではないかという印象を拭えずにいるということです。しかし私に言わせれば、この違和感なり疑念こそが重要なのであって、そこには十分な根拠があるのです。
わが国で「人権」という言葉が一般化したのはそう古いことではありません。一般化したのは、何より現行の日本国憲法が基本原理として、「基本的人権の尊重」(前文・第一一条・第九七条)を掲げているからです。もっとも憲法の規定のおおもとは、ポツダム宣言(第一〇項)の「言論、宗教及思想の自由並に基本的人権の尊重は、確立せらるべし」という文言にあるのですが、いずれにしても、現在の憲法体制のもとで「人権」という言葉が普及していったのは間違いありません。
日本人の多くは、「人権」という言葉をきわめて好意的に解釈していると思います。「山川草木悉有仏性」という表現に象徴されるような、「生きとし生けるものに対する深い慈愛の念」くらいに理解している。つまり日本人の宗教観に基づいた生命に対する慈しみの情を「人権」に重ね合わせようとしているのです。天皇が国民のことを「大御宝」と呼んだり、国民一人一人も「互譲」や「相身互い」の精神でやってきた歴史を反映して、そうした思いを「人権」という言葉のなかに見いだそうとしている。
しかし、私に言わせればそれは麗しき誤解≠ネんです。「人権」は本来、そのような日本人の感覚とはまったく異質のものです。何より、われわれは「人権」が西洋出自の翻訳語であることに改めて思いを致す必要がある。
木村 そういえばオーストラリア在住の作家、林秀彦さんが、その言葉が昔から日本にあった言葉かどうかは、時代劇の台詞のなかに入れてみるとすぐ分かるとおっしゃっていたのを思い出しました。たとえば、「それがしの人権が傷つけられ申した」なんて台詞はあり得ないと(笑い)。きわめて単純化しておっしゃったわけですが、西洋における「人権」という言葉の背景には、強烈にそれが抑圧されたという歴史があって初めて、それを獲得するという闘争的な意味において「人権」という言葉が生まれ、使われるようになったのであり、そもそも日本の社会においては歴史的にそういう言葉は生まれようがなかったというのが林さんのお考えでした。
闘争の論理としての「人権」
八木 西洋でもかつては、「人権」という表現は一般的ではなかったんです。「人権」という概念が確立する以前は、「古来の自由と権利」、あるいは「○○人の権利」と称していました。イギリスのコモン・ローがその典型ですが、その国に古くから伝えられた自由と権利であり、固有の歴史や文化のなかに生まれ、それを背負っていく人々の自由と権利という意味ですね。あるいはキリスト教的な発想に基づいたいわゆる天賦人権論、権利は神が人間に与えたもうたものと理解されてきた。
それが、今日のように「人権」すなわち「人間の権利」と称されるようになったのは、近代の啓蒙主義の発想によってそのような歴史や文化を否定し、自由と権利の根拠としての神をも否定して、まったく抽象的で無機質な「人間」というものを想定したことによるんです。
端的に言えば、「人権」という言葉が示しているのは、いかなる共同体にも属さず、歴史も文化も持たない、宗教も持たないまったくのアトム(原子)として、砂粒のような存在としての「個人」という人間観、人間像です。「人権」に相当する英語は「ヒューマン・ライツ」ないしは「ライツ・オブ・マン」ですが、このようにあえて「人間の権利」と表記するのはそのためです。加えて、イェーリングの『権利のための闘争』という書名にも表れているように、「権利」という概念も、基本的に力ずくで利益を勝ち取ろうという、いわば闘争の論理というものを前提としている。そこには「生きとし生けるものに対する深い慈愛」や「互譲」などという、日本的な「人権」理解は、まったくもって入り込む余地がありません。まさに麗しき誤解≠ニしか言いようがないのです。
もちろん私は、「生きとし生けるものに対する深い慈愛」や「互譲」という意味で意識されているような日本的な人権観までを否定するつもりはありません。私が「反『人権』宣言」などと言うのは、西洋発の「人権」という概念のイデオロギー性について、日本人に気づいてほしいからです。
木村 確かに今の人権教育では、日本的な「生きとし生けるものに対する深い慈愛」とか「山川草木悉有仏性」といった感覚よりは、闘争の論理≠ェ色濃く出ています。たとえば福岡県内のある中学校の「一学年人権学習指導案」を見ると、「渋染一揆」を題材にした学習の目標を、差別政策やその制度について理解させ、被差別部落の人々が団結して倹約令を撤回させていった勇気や生き方に共感できるようにする。自分と差別との関係を認識させ、自分自身がどう行動していくべきか考えることができるようにするとして、ロールプレイ方式で実際に生徒同士を戦わせるもので、まさに八木さんの指摘されたように闘争の論理を学ばせるものです。
ほかにも例を挙げると桃太郎の童話を用いた人権教育の資料というのがあります。「日本で一番名高い童話はなんですか」と問いかけ、「それは桃太郎の話です」とした上で、「桃から生まれた桃太郎さん、すくすく育って逞しい若武者となり、悪者退治に出かけます。家来は犬と猿と雉児です。犬の真心、猿の知恵、雉子の斥候、大将軍の桃太郎は、絹の陣羽織に黄金の太刀。腰には五色の団子、まるまる太った顔を上げ、くりくりかわいい目をむいて、やあやあ、鬼ども、アメリカ、イギリス、三千年の昔から敗れたることなき日の本の・・・」と続く。なかなか名調子ですね(笑い)。
これはもともと戦前の教材らしいんですが、それを今はどういう解釈で使っているかというと、「欧米の植民地アジアを解放する正義の味方桃太郎とは日本軍のことです。でも、桃太郎はアジア全域を戦場にしてしまいます」という、その後は戦前のすべてを否定するような、お決まりの自虐的歴史観に行き着く。人権も人道も無視してアジアにひどいことをした日本、みなさん反省しましょう、というわけです。
こういう一方的な形の学習指導案やプリントを使った授業は、日教組の教員を中心に学校現場で蔓延しています。そうした情報が一方的に発信されることで、児童生徒だけでなく非日教組系の教師たちも大きな影響を受ける。かくして「人権教育」は「反日自虐教育」になっていく。「人権」を至上のものとする限り、それに反駁を加えることは相当心理的な負担がかかりますから、現場にいる教師の多くが「おかしいな」と思っても実際にはなかなか声を上げられない。
「人権」という衣裳をまとったマルクス主義
八木 三重県に人権生活課人権室という部署があります。そこが作成している「参画型人権学習教材」というものを見るとこんな記述があります。
「差別、被差別体験というと、差別という言葉のイメージからか、『差別といってもそんなことはしたことがない』とか、『差別されたという経験はないなあ』といった答えが返ってくることが少なくありません。しかし、人の言葉や行為によって傷ついたことはありませんか。あなたの言葉や行為が人を傷つけたと思うことはありませんかと聞くと、それならあるなあという答えが返ってきます」
一見、何の問題もない見過ごしてしまいがちな記述ですが、ここには「人権」の名のもとに、日常生活のささいなことにでも差別・被差別という対立を意識させる、そうした感覚を育てるという発想が潜んでいます。ではいったい何と対立し、何に対して闘うのかというと、それは現在の社会体制であったり、日本の伝統文化、慣習、家族や共同体、歴史的価値といったものになるわけです。それらを覆し、崩して、異なる社会をつくろうということですが、そのような発想の基底にあるものは何かと言えばマルクス主義です。冷戦終焉後、多くの日本人はマルクス主義は姿を消したと思っていますけれど、実は姿を変えてしぶとく生き残ってきた。それも厄介なことに「人権」という衣裳をまとっていることが多い。
明星大学の高橋史朗教授が『諸君!』(平成十四年六月号)で、「ファロスを矯めて国立たず」と題した、フェミニズム批判の論文を発表されていますが、そこで高橋さんが指摘されている「家庭科」の教師用指導書の背景にあるものも、明確に闘争の論理≠ナあり、革命思想であり、マルクス主義に淵源を持つ女性解放論です。それは結果的に家族の廃止ないし死滅を主張するもので、マルクスもエンゲルスも、近代家族はブルジョア社会の経済単位として私的所有に基礎づけられ、女性を家内奴隷の地位に閉じ込めている最終的な根拠になっているとし、女性がその状況から解放されるためにはブルジョワ家族、近代家族は廃止されなければならないと考えました。
それで彼らは、家族を廃止して、一つ一つが分立した家内経済を共同の経済に置き換え、家事労働や子供の養育・教育を個別の家族から社会の手に移す必要があると主張した。そうした家族廃止論をそのまま実践し、発展させたのが実はロシア革命なのです。詳しくは拙著『反「人権」宣言』に記しましたけれど、権力を掌握したレーニンがマルクス、エンゲルスの理論に沿って打ち出した家族政策が何を招いたかと言うと、結局は国家の屋台骨を脅かすことでした。
家族関係・親子関係の希薄化は少年犯罪・非行の急増につながり、性の自由化と女性解放という壮大なスローガンは、逆に強者と乱暴者を助けることになり、弱者と内気な者を痛め付けることとなった。何百万人もの少女たちの生活が、いわゆるドン・ファンに破壊され、何百万人もの子供たちが両親の揃った家庭を知らないということになったのです。
木村 すでにそうした社会実験の結果は出ているということですね。
八木 そうです。ソビエト政府は一九三四年になると従来の家族政策、女性政策を根本的に見直して、逆に家族の強化策をとっています。家族を「社会の柱」として再強化し、妊娠中絶を禁止、離婚手続きを複雑化させ、さらには子供の保育・教育における両親の責任を増大させました。マルクス、エンゲルスの理論を実践したために生じたさまざまな弊害を受けて、スターリン時代になってそれを改めたわけで、家族尊重と母性保護の規定を持つスターリン憲法は、このときの政策転換の所産ということになります。
話を少し戻しますが、かつて北海道のある小学校が掲げていた標語に「自分の不利益には黙っていない」というのがあります。そうした権利意識の確認こそが、「人権教育」のめざすところでしょうが、ここで忘れてならないのは、何より「権利」とは「正しさ」「正義」を力でもって勝ち取るという闘争の論理≠前提にした概念であるということです。
従来、人々が自己の「正しさ」や利益を主張するに当たって、自己を振り返る指標としてきたのは、歴史の教訓であり、父祖からの伝承であり、慣習や道徳、あるいは宗教的な戒律、共同体における相互の人間関係だったと思います。人々はそれらに自己の主張を照らし合わせながらその妥当性を推し量ってきた。
しかしながら、アメリカ、フランスの両革命を経て確立した「人間の」「権利」としての「人権」においては、それら制約の機能を果たしてきたすべての要素が否定され、「権利」に本来的に伴う闘争の論理≠セけが残されました。つまり「人権」は制約や自制の原理を持たず、自己の「正しさ」や利益を何によっても制約されることのない、力ずくでもって主張する闘争の論理≠有するものとなったわけです。これは決して無謬の原理ではない、むしろいかがわしいものと見るほうが私はまともな感覚だと思います。
暴走する「子供の人権」
木村 そのいかがわしいものが、教育現場では大いに子供たちに注入されている。結果として教育現場は「子供の人権」に振り回され、学校の秩序さえ確保することができない。凶悪犯罪を犯しながら「少年の人権」の名のもと、あまりにも寛大に処遇され、それを見越したかのように狼藉をはたらく少年。それを援護する「人権派」の大人。さらに、「女性の人権」をかざして公然と家族の解体を唱え、母性を破壊、否定するフェミニスト・・・。「人権」という魔語≠フ社会的連鎖は見事というほかないですね(苦笑)。
しかも彼らは、たとえば一九八九年の第四十四回国連総会で採択され、わが国でも平成六年(一九九四年)に批准した「児童の権利条約」や、「女子差別撤廃条約」(一九七九年=昭和五十四年の国連総会で採択、昭和六十年に批准)といったものを見事なまでに迅速かつ巧妙に援用して、自己の主張の正当化に余念がない。八木さんも触れられた高橋さんの論文は、現行の家庭科教育の異常さ、いびつさを的確に暴き出していますが、そこに記されているように、「女子差別撤廃条約」一つとっても、実は締約国百六十九のなかで、署名国九十七、批准国九十四、加入国七十、承継国五というようにそれぞれの国情に合わせて対応している。アメリカのように批准していない国や署名していない国も多数あるし、男女共学を除外して批准したドイツの例などもある。むしろ、日本のようにフェミニズムの主張に対して無警戒な国のほうが少ないぐらいです。よくもまあここまで、家庭や学校を解体させるような条約を次々と批准して、その曲解を野放しにしてくれたものだと嘆息せざるを得ない。
また「援助交際」正当化論などの背後にある、子供たちの「自己決定権」という主張に「児童の権利条約」が使われていることも看過してはならないと思います。「内外の状況にかんがみれば、青少年については性的自己決定権を認め、青少年が当たり前に性交することを前提にした教育や行政が必要である」(宮台真司「援助交際問題から何を学ぶか」、『論座』平成十年四月号)というような物分かりのいい¢蜷lの意見に同調できないし、すべきでもないと考えますが、どうも今の日本では、私たちの意見のほうが旗色が悪い(笑い)。
八木 「児童の権利条約」の趣旨について、国連人権小委員会の委員として条約の起草にも間接的に関わった国際法学者の波多野里望氏は、「この条約は、そもそも発展途上国における子どもたちの人権環境を改善することを『主たる』目的としている」とし、「けっして、国内法体系のバランスを崩してまで、子どもの権利を突出させることを締結国に要求しているわけではない」と説明しています(『逐条解説 児童の権利条約』有斐閣)。
しかし、こういう条約の趣旨は大幅にねじ曲げられ、条約の批准は従来の子供観をコペルニクス的に一八○度転換させるという主張がなされてきました。すなわち大人が子供を保護するという「保護の客体」としての子供観から、子供も大人並の権利行使の主体であるという「権利の主体」としての子供観への転換をもたらすというものです。
条約の批准が「子供観の転換」をもたらすと主張していた人たちが、この条約の原理であると指摘していたのは、子供も大人と同じ自律した権利の主体であるという「子供の自己決定・オートノミー(自律性)」の思想です。先の宮台氏もそれに依拠している。とにもかくにも子供たちの自主性を尊重し、正当化するという発想ですね。
「児童の権利条約」はそもそも子供が権利を行使する場合に、「その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする」(第一二条)とされ、他者の権利または信用の尊重、国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護といった目的のために、一定の制限を課すことができるとなっているんです(第一三条)。ところがこれらの制限規定に触れることなく、「子供の自己決定・オートノミー」を主張する人たちは、ひたすら子供たちは大人並に権利行使ができる、権利行使の主体であると強調してきたわけです。
その結果、学校生活においてどのような子供たちの権利が導き出されるかというと、「飲酒・喫煙を理由に処分を受けない権利」「つまらない授業を拒否する権利」「職員会議を傍聴する権利」「学校へ行かない権利」「身体測定・健康診断を拒否する権利」「『日の丸』『君が代』『元号』を拒否する権利」「セックスするかしないか自分で決める権利」等々となる(『生徒人権手帳「生徒手帳はもういらない」』平野裕二・苫米地真理・藤井誠二編著、三一新書)。いやはや「子供の自己決定・オートノミー」恐るべしです(笑い)。こんなものまでが生徒の権利≠ニして保障されるのであれば、もはや教育は成り立ちようがない。
「ゼロ・トレランス」で再生したアメリカの教育
木村 より問題なのは、やはり大人たちです。「児童の権利条約」の意図的な♂釈は子供たちを勘違いさせ、教育現場を混乱に陥れるばかりだし、いわんやこうした我がまま勝手を要求する子供たちをたしなめるどころか、逆にさまざま理論的な粉飾をしてそれにお墨付きを与えようとする大人が後を絶たないのですから、これは始末が悪い。宮台真司氏は都立大学の助教授という職をどうわきまえているのでしょうか。
八木 困ったことに法律の専門家にも、政治家や役人にもそうした手合いは驚くほど多いのです。確信犯であれ、単なる無知であれ、この国に害を為すこと大と言わざるを得ない。日弁連編著の『子どもの権利マニュアル―改訂版子どもの人権救済の手引』(こうち書房)なるもののなかには、『生徒人権手帳』記載のものとほぼ同一のものが列挙されています。
しかも、こうした考えとほぼ同一の内容を持つ条例が各地の自治体で制定され始めている。たとえば昨年十月の市長選挙で三十年ぶりに保守系候補が当選するまで革新の実験都市≠ニ言われた川崎市の「子どもの権利に関する条例」(平成十二年十二月制定)を読むと、まさに「子どもは、権利の全面的な主体である」と謳われ、「同時代を生きる地球市民として国内外の子どもと相互の理解と交流を深め、共生と平和を願い、自然を守り、都市のより良い環境を創造することに欠かせない役割を持っている」となっています(附則)。左翼の大好きな地球市民という言葉も織り込まれ、全体を読むと、何とも高邁な理想らしきものが謳われているわけですが、もしこの条例どおりの原理が学校や家庭に導入されたら、どのような状況が立ち現れることか。
第一九条に、「親等は、その養育する子どもに対して、虐待及び体罰を行ってはならない」とあります。わが家では子供が悪いことをしたらゲンコツで痛い思いをさせたり、お尻を張り倒しますから、川崎市には絶対住めませんけれど(笑い)、これを大まじめにやろうとしたら、それは必ず家庭や学校現場から教育力、躾の力を奪うことにつながります。無論、虐待に対するノーは結構ですが、体罰と同列に括ってしまうことに短絡があります。また第一一条で「子どもは、ありのままの自分でいることができる」と言っていますが、当然のことながら自然状態≠ナは人間とは言えない。社会的に訓練し、躾けて、はじめて人間になれる。この常識を「人権」というイデオロギーが見えなくさせてしまっている。
木村 「人権」の前に「常識」が覆されている。あるいは軽んじられている。家庭でも学校でも、その荒廃の原因は、個人としての人権が尊重されていないからだ、というような理屈が説かれています。家庭では親が、学校では教師が、この屁理屈≠ニ闘わなければならない。まさに「反『人権』教育」をしなければ子供たちは本当の意味で救われない。
八木 今日の教育荒廃の真因は、発達段階にある子供を大人と対等であると幻想させ、彼らの我がまま勝手な要求に規制を与えるのではなくて、逆に「自己決定」「自主自立」や「権利」「人権」の名のもとに正当化していることにあると思います。木村さんのおっしゃったように、問題は大人の側にある。
「子供の自己決定・オートノミー」が教育の場に導入されてどのような状況が立ち現れるかについては、学校崩壊≠フ先進国アメリカに先例があります。アメリカでは一九六〇年代からあらゆる既存の体制に対するプロテスト運動が行われ、その一つとして「児童解放運動」なるものが展開されました。その際の原理とされたのが「子供の自己決定・オートノミー」で、実際六〇年代から七〇年代後半にかけて学校に適用された結果、教師と生徒とは年齢や立場が明確に違うにもかかわらず、「対等」の関係にあるとされ、学校が「市民社会」化されたために、法律に反しない限り、他人に迷惑をかけない限り、生徒にはすべての自由・オートノミーが認められることになったのです。つまりは、学校独自の校則や教育的指導が通用せず、学校はストリートと同様になってしまった。
その結果、当然のこととして学校や教師の教育力は激減し、学校の環境も激変、学内で露骨な性表現が氾濫したり、さらには麻薬の売買や使用、暴力行為が増大することになったわけです。日本の現況もこうしたことの一歩手前にあると言って過言でないでしょう。
木村 一九八三年に出された「危機に立つ国家」というアメリカ連邦政府の報告書では、「子供の自己決定・オートノミー」が大手を振っていた二十年間に学力、基本的な読み書きの能力が四〇%から五〇%低下し、実に二〇%近くは文盲であることが明らかにされましたね。日本も学力低下はすでにかなり深刻な状況だと思います。
八木 アメリカが教育改善に乗り出すのは、そうした惨状を前に登場したレーガンのいわゆる保守革命≠ゥらです。今日ではかつてのように子供たちの「自由」「自己決定」に任せるのではなくて、細かく校則を設けて、それを破った者は厳しく処罰する「ゼロ・トレランス」(寛容さなしの指導)という考え方がとられるようになっています。これによってアメリカの教育は立ち直りつつあり、学力も向上しています。今の日本がいったいなぜ、かつてのアメリカの失敗例をそのままたどらなくてはならないのか。
ここまで至ると、やはりレーガンやイギリスのサッチャー首相のような保守主義の強いリーダーが現れて、国を立て直さない限りは徐々に立ち腐れていくのだという気がします。サッチャーが一九八七年のイギリス保守党大会でこんな演説をしているんです。
「私を最も心配させるのは、個々の男の子や女の子の苦境である。われわれの子供たちはしばしば必要な教育を受けていない。その機会は、過激な左翼教育当局や過激な教師たちによって子供たちからまったく奪われている。自分自身を明確な英語で表現できなければならない子供たちが、政治スローガンを教えられている。伝統的な道徳価値を尊重できなければならない子供たちが、自分たちが浮気をする権利を持っていると教えられている」
これはまさに今、日本中で行われている教育ではないでしょうか。本当に日本人として必要な、身につけなければならない教育を受けずに、きわめてイデオロギッシュなことばかり教えられている。国旗掲揚・国歌斉唱を拒否すべく学校主催の卒業式・入学式を生徒の大半が欠席した埼玉県立所沢高校の騒動や、卒業式の際、校舎の屋上に国旗を掲揚した校長に対して、小学六年生が土下座の謝罪を求めた東京都国立市立第二小学校の騒動など、みなそうしたことの典型でしょう。
今、教えるべきは「身を修める」こと
木村 そうした意味で言うと、先ほど八木さんが取り上げられた川崎市の「子どもの権利に関する条例」など勘違いも甚だしいですね。保障されなければならない権利として第一一条に掲げられている「自分の考えや信仰を持つこと」だとか、「秘密が侵されないこと」「自分に関する情報が不当に収集され、又は利用されないこと」「安心できる場所で自分を休ませ、及び余暇を持つこと」など、いずれも学校や家庭という教育、躾の場と市民社会を完全に混同し、しかも子供と大人の区別をしないままに大人の論理を適用しています。
それこそサッチャーさんが言うように、伝統的な道徳教育が必要な段階なのに、それをせずに権利の主張とその正当性ばかり保障している。条例の中身を常識で検証すれば、親はカギのかかった個室を子供に与えねばならず、子供は携帯電話で自由に外と交信し、親には何も告げなくていいと、「君たちにはそういう権利がある」とお墨付きを与えているようなものです。人間としての基礎的な立ち居振るまい、言動を教え込む時期にそれをしないで、それで荒れる学校≠ネどと騒いでも、本当に本末転倒だと思います。
結局、「人権」が内包している闘争の論理を考えると、やはり日本人にはなじまない。それとは違う価値、すなわち「道徳」があると私は言わざるを得ない。人としての美しさであるとか、互譲の精神であるとか、本来日本の社会に歴史的な蓄積として備わっていた「道徳」を、親として、教師としてもう一度子供たちの世界に取り戻してやることが急務ではないかと思うのです。
八木 同感です。レーガン政権の最後の教育庁長官を務めた人物にウイリアム・ベネットがいます。ベネットは教育庁長官を辞めた後、一九九三年に自ら編纂した『道徳読本』(The Book of Virtue)という本を刊行しました。その内容は「自己規律」「思いやり」「責任」「友情」「仕事・勉強」「勇気」「忍耐」「正直」「忠誠」「信仰」という十の徳目によって章が構成され、それぞれの徳目の説明とともに、関連する古今東西の民話や寓話、偉人・賢人の逸話や随筆を短くまとめたものが掲載されたものです。八百三十二ページという大部ながら、九四年から九五年にかけて二百五十万部を売る大ベストセラーになり、今ではアメリカ家庭の第二の聖書≠ノなりつつあると言われています。
木村 まさにアメリカ国民必読の道徳読本、アメリカ版修身≠ニいったところですね。
八木 いささか手前みそになってしまいますが、逆に日本版The Book of Virtue≠つくってみようじゃないかということで、『明治・大正・昭和・・・親子で読みたい精撰尋常小学修身書』という文庫(小学館)を監修させていただく機会を得、五月に出したばかりなんです。「修身」教科書は、明治三十七年から昭和十六年までの五期にわたっているのですが、ベネットのものを参考にして私が設定した徳目別に現代にも通用する話を精撰して、なるべく読みやすい構成にしました。ワシントンの桜の木の話だとか忠犬ハチ公の話なども出てきます。
木村 確かに今の子供たちは、「尊敬できる人格」とか「美しい生き方」「優れた人格」についての具体的なイメージが湧かなくなっていると思います。ただでさえメディアは人間の暗部をフレームアップしたような話ばかりを伝えていますから、道徳的で教訓的な逸話によってそれに抗うというか、日本人のあるべき姿を具体的に示してやることは、オーソドックスですけれど、子供たちにとって最も必要なことだと思います。むしろ新鮮なものに映るかもしれない。
八木 戦後の日本は、それらを教えることを躊躇してきたわけです。その結果われわれはどれだけのものを失ったでしょうか。今教えるべきは「人権」という闘争のイデオロギーではなく、文字どおり「身を修める」という意味での「修身」の内容であると思います。時代錯誤と進歩派や左翼から言われても一向構わない。ためらわずにそうすべきときが来ているのです。
◇八木秀次(やぎ ひでつぐ)
1962年生まれ。
早稲田大学大学院博士課程で憲法を専攻。
人権、国家、教育、歴史について、保守主義の立場から発言している。著書は「論戦布告」「誰が教育を滅ぼしたか」「反『人権』宣言」、共著に「国を売る人びと」「教育は何を目指すべきか」など。「新しい公民教科書」の執筆者。フジテレビ番組審議委員。
◇木村 貴志(きむら たかし)
1962年生まれ。
山口大学人文学部卒業。
凸版印刷、福岡県立高校教諭を経て現在、福岡教育連盟事務局長。
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
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