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2001/09/25 産経新聞朝刊
【第二部 学力低下は誰のせい】いま学校は(9)「ゆとり」負のイメージ
 
◆戦後“悪平等主義”も背景
 文部科学省は今年に入り、「ゆとり」=「学力低下」というイメージを、払しょくしようとする姿勢を明確にしている。小野元之事務次官はことあるごとに「ゆとりはゆるみではない」と強調。来年度予算にも全国約千校の小中学校を学力向上の実験校に指定する新施策を盛り込むなどイメージチェンジに懸命だ。
 新学習指導要領の導入に向けて作製されたパンフレットにも、“誤解”打ち消しの意図がありありとうかがえる。例えばパンフレットの末尾には、次のようなQ&Aが列挙されている。
 Q=新学習指導要領で円周率は3になるといわれていますが、本当でしょうか
 A=誤りです。現行と同様、3・14を使うことが明確にされています
 Q=台形の面積を求める学習はしなくなるのですか
 A=三角形の面積を組み合わせて自分で工夫して台形の面積を考える学習は行われます
 Q=小学校で学習する漢字の数が減るとの指摘を聞いたのですが
 A=小学校で指導する漢字は千六字で、これまでと変わりません
 
 昭和三十二年(一九五七年)十月、旧ソ連が世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功した。国力の象徴ともいえる宇宙開発競争で後れを取った米国では世論が沸騰し、その結果理数系科目に力を入れ、内容を高度化したカリキュラムを登場させるなどの教育改革が行われた。いわゆる「スプートニク・ショック」である。
 これを受けて日本でも、四十三−四十五年改訂の学習指導要領でカリキュラムの高度化、悪くいえば「詰め込み教育」化が行われた。
 その結果、授業についていけない子供たちが続出し、文科省はカリキュラムの見直しを迫られた。「ゆとり路線」の源流は、ここにある。五十二−五十三年の学習指導要領改訂で、文科省は「ゆとりある充実した学校生活の実現」を掲げた。
 「ゆとり」の意図は学力のレベルダウンではなかった、と文科省は弁解する。「ゆとりで生じた時間を、基礎基本の定着や考える力の育成に振り分け、一人ひとりに応じて学力を伸ばすのが狙い」(教育課程課)。事実、平成元年の学習指導要領改訂でも、中学校で「習熟度別の指導」を、小学校で「個に応じた指導」を打ち出している。
 にもかかわらず、ゆとり路線に学力低下のイメージがつきまとうのはなぜか。文科省の幹部の一人は、戦後の教育をゆがめてきたともいえる“悪平等主義”を理由の一つに挙げる。
 「学習進度の速い子もいれば遅い子もいる。この差を認めずに、結果の平等にこだわるような授業をすれば、全体の学力レベルは必然的に下がるだろう。何でも平等という意識こそ、子供たちにとって授業を無味乾燥なものとし、つまらなくさせる元凶だ」
 教育内容が三割減となる新学習指導要領でも、重点は習熟度別授業など「個に応じた指導」にある。
 「例えば小学校の算数では、授業時数の八割で教科書の範囲を終えるように設計されているが、残りの二割は遊んでもいいということではない。学校現場の工夫で、発展的な学習や繰り返し指導に努めてほしいということ。ゆとり路線は、教師のためのゆとりではない」
 
 第二部の連載一回目に紹介した、「読み・書き・計算」を徹底して繰り返す陰山学級は、「ゆとり」路線に挑戦するかのような取り組みだが、当の文科省は意外にも「優れた取り組みと思っている」と称賛している。
 「陰山学級の取り組みは、児童に基礎基本をしっかり身につけさせるうえ、自ら意欲的に学習にのぞめるよう、工夫されている。これは新学習指導要領の基本的な狙いとも一致する」(教育課程課)からだという。(教育問題取材班)


 
 
 
 
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