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2001/09/21 産経新聞朝刊
【第二部 学力低下は誰のせい】いま学校は(6)成績良しあしは「差別」
 
◆子供から「学ぶ情熱」奪う
 「子供のランク付け・差別につながる」として教科評定を形がい化させてきた大阪の教育現場。評価や競争を忌避するための“悪平等”ともいえる極端な例は、かつての広島県にみることができる。
 「差ができることは悪いこと。勉強も同じで、成績の良い悪いは『差別』につながるとされた」。広島県呉市立中学校の男性教員は話す。
 学習指導要領を逸脱した教育が行われているとして、平成十年度に旧文部省から異例の是正指導を受けた県内の学校では、つい最近まで「人権学習」「平和学習」を主要五教科の学習より重んじる風潮が残っていた。
 五教科は児童・生徒の学習能力の差がはっきり数字として出るから、というのがその理由だった。
 「突出して成績のいい生徒が出てきてはだめ。勉強のできる児童・生徒は評価しないという、今から思えばおかしな空気が学校にあった」
 特に平成元年ごろからそのような風潮が著しくなり、是正指導が行われるまで続いた。
 結果として広島県の公教育のレベルは低下した。「勉強をしたい子は私立学校へ」という保護者は珍しくなくなった。
 県東部にある福山市では、市内の学校を避け、隣の岡山県の中学・高校へ通う“脱出組”の子供が続出した。
 
 別の公立中学の社会科教員は「『平等』を目指す教育の根底には、過熱した同和教育があった」とはっきり言う。
 この教員が以前勤務していた学校では、週に二時間以上の「人権学習」の時間を設けることが、校長の主導で決まっていた。
 人権学習では、同和問題や平和問題などが盛んに取り上げられた。授業の遅れを心配して五教科の補習時間を設けた教員は、それだけで「『人権学習』をおろそかにしている」と非難されたという。
 広島市内の公立中学の社会科教員も「自由な発想や想像力をつけさせる授業は『善』、単純な計算力や暗記、繰り返しの学習は『悪』という構図がこれまではあった」と話す。
 しかし、時代の名称や基本的な史実の知識がなければ、生徒は歴史の魅力を知る応用力や思考力を身につけることはできない。基礎学力の時間を省略したことで、「授業中、教師の話を聞かずにうつぶせたり、退屈そうにする生徒が逆に増えた」という。
 
 文部科学省や県教委が一応の区切りとした三年間の是正指導が終わった現在はどうか。
 公立高校の教員は「勉強は無理やりさせない」という風潮は依然根強いと指摘する。
 「『競争社会』に加担するような受験指導はしたくない」という教員が少なくない。予習や復習を進んでする生徒がいても、「本人の気持ちを大切にする」という理由で、指導はしない。
 文科省は、十四年度から公立中学の授業時間を三割近くカットする。
 是正指導の効果がじわりと表れ、ここにきてようやく県内の学校現場でも「学力が低下するのでは」という危機感が広がってきた。「基礎学力をつけさせる授業」の必要性が見直されている。学校に対する保護者の発言力が強くなり、「進学できるよう、学力をつけさせてほしい」という声も高まっている。
 だが、ある県立高校関係者は「同和問題しか教えたことのない教師は、自分で教科の勉強をしていないから難問を解けなくなった」と教師の「学力低下」も問題視する。さらに、補習を増やしたり、プリントを作ったりと、労力が増えることに難色を示す教員もいるという。
 「生徒間に『差』を作る勉強は『悪』」という風潮は、「学ぶ情熱、教える情熱」を児童・生徒、教師から奪った。(教育問題取材班)


 
 
 
 
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