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2000/12/23 産経新聞朝刊
【主張】教育国民会議 奉仕を有意義に生かそう 子供には貴重な体験となる
 
 森喜朗首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」は、児童生徒の奉仕活動や教育基本法改正などを求めた最終報告をまとめた。戦後教育が避けてきた問題にも触れられ、二十一世紀の日本の教育の指針が示されている。
 占領下に制定された教育基本法をめぐっては、「日本人としてのありようが書かれていない」「伝統文化を尊重する文言がない」といった批判があり、何度も改正論が浮上したが、憲法と同様、改正はタブー視されたまま半世紀が過ぎた。
 
◆戦後のタブーへの挑戦
 教育改革国民会議はそのタブーに挑戦し、(1)新しい時代を生きる日本人の育成(2)伝統文化の尊重と宗教的情操教育の重要性(3)教育振興基本計画の策定−の三つの観点を柱として教育基本法の改正を求めた。そして、「国家至上主義や全体主義的なものになってはならない」ともクギを刺した。
 現時点では、これがバランスのとれた妥当な提言だろう。今後、教育基本法の具体的な改正作業は、同法に基づく戦後教育が子供の権利や自由を過度に強調した面などの是正をめぐって、文部省の中央教育審議会などに移る。教育改革国民会議の提言がそこでの議論にどう生かされるか、注目していきたい。
 十八歳以上の奉仕活動については、「義務化」の文言が外され、中間報告より少し後退した。しかし、学校教育では、中間報告と同様、「小・中学校で二週間、高校で一カ月間の奉仕活動を全員が行う」ことが求められた。事実上の義務化である。
 マスコミや教育界の一部には、「義務化は強制につながる」「ボランティア活動ならよいが、奉仕活動は戦前・戦中の勤労奉仕をほうふつさせるからよくない」などと反対意見がある。しかし、奉仕活動を学校教育の一環として位置付ける以上、児童生徒の全員が参加しなければ意味がない。個人の自発性に基づくボランティア活動はやりたい子だけやればいいが、奉仕活動はみんなでやるものだ。「奉仕が嫌な子は参加しなくてもいい」というのでは、教育は成り立たない。
 
◆生きた実践例に学ぼう
 兵庫県では、阪神大震災や神戸市の児童連続殺傷事件を契機に、平成十年秋から「トライやる・ウイーク」という地域体験学習が始まっている。中学二年生の全員が、地域の農業や漁業、製造・販売業などの仕事を一週間だけ体験する試みである。遅刻した生徒は容赦なくしかられる。仕事を怠けた生徒が殴られることもある。
 その結果、ある中学校では遅刻者がゼロになった。不登校の生徒も参加し、自ら汗を流す就労体験を通じて閉ざした心を徐々に開き始めたという。
 同じような試みは、他の自治体にも広がっている。富山県では、「社会に学ぶ『14歳』の挑戦」が昨年七月からスタートした。病院実習に行った中学生は、高齢者のリハビリ訓練の難しさを実感したという。千葉県の中学生は就労体験で、あいさつの仕方や人の話を聞くときの姿勢を厳しく注意され、それが授業態度にも反映している。
 総じて、子供たちに甘い戦後日本の学校教育では得がたい生きた社会教育といえる。地場産業や伝統工芸に触れることによって、郷土愛もはぐくまれている。
 「強制に反対」「戦前の復活」などと騒ぎ立てる前に、こうした実践例を素直に見習ったらどうか。
 学校で奉仕活動を行うにあたって、担任の教師や子供に任せるのではなく、校長や教育委員会が「地域で何ができるか」「それによって何が身につくか」などについて計画を立て、受け入れ側の理解も得たうえで、実行に移すべきだろう。受け入れ側には、ありがた迷惑なことがあるかもしれないが、地域の子供のためと思って、協力を惜しまないでほしい。
 家事や学校の清掃など身近なところで奉仕を習慣付けることも大切だ。
 以前は、どの学校でも掃除当番が決められ、放課後には教室やトイレなどを分担して掃除していた。今は、トイレの汚れが目立ち、業者に掃除を任せている学校もかなりある。これでは、子供を校外の奉仕活動に連れ出せない。共同で使うトイレ掃除くらいは、子供にやらせるべきだ。
 教育改革国民会議で奉仕活動を提案した曽野綾子委員は今夏、「日本人へ」と題して呼びかけた文章の中で、奉仕の志についてこう書いている。
 「今までの教育は、要求することに主力をおいたものであった。しかしこれからは、与えられ、与えることの双方が、個人と社会の中で温かい潮流を作ることを望みたい」
 世のため人のため、役立つことの意義を、子供たちが学校や家庭で学んでおけば、社会に出てからも、自然な気持ちでボランティア活動に参加するようになるのである。


 
 
 
 
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