1998/06/05 産経新聞朝刊
【教育再興】(62)広島の教育(2)「道徳」の授業がない
昨年二月、「日の丸・君が代」を批判する広島県福山市立城北中の人権学習指導案に反対し、国旗・国歌の尊重を求めたビデオ教材「世界の中の日の丸・君が代」を生徒に見せるなど独自の授業を行った三年のクラス担任の佐藤泰典教諭(三六)=社会科=は、職員会議などで「人権学習の狙いを無視し、天皇制賛美の授業を行った」などと批判された。
その詳しい経過を追うと−。
平成九年二月十七日 校長に呼ばれ、授業内容を聞かれる。
二月十九日ごろ (佐藤教諭の)授業を見ていた副担任が資料と授業を記録して広教組(広島県教職員組合)職場会へ出す。
三月十二日 学年会で広教組組合員から質問される。
三月十四日 職員会でも同組合員から質問される。
三月十九日 職員会で再び、同組合員から質問される。会議は午後三時から八時半まで五時間半に及ぶ。
三月三十一日 福山市教育委員会から呼び出しを受ける。
市教委の事情聴取は佐藤教諭が同市立加茂中に転任した後も続き、四月七日の始業式から同月十七日までの間、担当の社会科の授業ができなくなった。
市教委は「『日の丸』『君が代』等に関する授業の反省」と題する次のような“反省文”を作り、佐藤教諭に同意を求めた。
《結果として、一方的内容の授業になったというだけでなく、私の心の奥底に自分の思想・信条を子どもたちに伝えたいという思いがあったことに気づきました。…皆さんが色々と指摘されることは当然のことだと考え、申し訳ないことをしたと深く反省しています》
佐藤教諭は拒否した。
福山市内の市立中学に通う生徒の保護者は昨年、子供の時間割を見て疑問を持った。
月曜日の時間割は(1)数学(2)日本語(3)体育(4)音楽(5)技術(6)技術。月曜から土曜までの時間割を見ても、国語が「日本語」になっていたほか、週一時間あるはずの「道徳」の時間も見当たらなかった。市内の別の中学のクラスの時間割は(1)人権(2)社会(3)技術(4)技術(5)理科(6)国語−と「道徳」の時間がなく、「人権」に変わっていた。
広島市の中学に通う生徒の父親は時間割の中で、土曜日の二時限目の「M」という文字を見つけ、子供に「何の授業か」と聞いた。子供は「M」について「席替えなどをする時間」と答えた。「M」の意味は子供も分からなかった。
実は、「M」は英語の「モラル」の頭文字だった。
文部省がこの四月末から五月にかけ、子供が持ち帰った時間割などを調べたところ、平成九年度に道徳の時間を「人権」「M」といった名称に変えていた学校は広島県全体で小学校七校、中学三十六校の計四十三校に上った。
しかし、各市町村の教育委員会に提出された教育課程承認願には「道徳」と表示され、虚偽報告の疑いが強まっている。
福山市では今年度、道徳の時間を「人権」に名称変更した学校はなくなったが、同じ広島県の尾道市では今春から道徳の時間を「人権」に名称変更した学校が出てきた。広島市では、今年度も中学二十一校が道徳の授業を「M」と表示している。
広島県での人権学習は、道徳やホームルームの時間を使って行われている。
福山市立城北中の人権学習指導案には、こう書かれていた。
《日本の侵略戦争で「日の丸」の果たした役割と、戦前、学校教育が利用され、儀式を通して天皇を尊ぶ思想が植え付けられたこと。そして、今、また過去と同じわだちを踏もうとしていることをおさえていく》
また、同市立加茂中の平成七年度の人権学習指導案の「ねらい」には、こうあった。
《日の丸・君が代が、現在学校の入学式、卒業式に強制されている現実を知らせる。日の丸・君が代の歴史を簡単に学習する中で、日の丸は国旗ではないし、君が代も国歌ではないことを知らせ、日の丸・君が代の強制に対してどう思うか、考えを交流しあう》
文部省はこの五月二十一日に発表した福山市の調査結果の中で、「福山市内の人権学習指導案で、反『国旗・国歌』などの内容を含む事例が存在する」とし、佐藤教諭に反省文を求めた福山市教委の対応を戒めた。
城北中は九年度の指導案を変更し加茂中の今年度の指導案からもこうした文言は消えた。
週一回の「道徳の時間」は昭和三十三年から特設されたが、日教組などの反対で政治闘争に巻き込まれ、授業自体が形がい化した。
「子供たちが社会生活を営む上でのマナーを身につける貴重な時間」(文部省)が恣意(しい)的に使われているケースは広島に限らない。
■道徳の時間
戦前は古今東西の偉人の伝記などを教えた「修身」という教科があった。敗戦後、GHQ(連合国軍総司令部)によって禁止された後、昭和33年、「道徳の時間」が特設された。中学校の学習指導要領は道徳の内容について(1)自分自身(2)他の人とのかかわり(3)自然や崇高なものとのかかわり(4)集団や社会とのかかわり−に分け、「友情の尊さを理解して心から信頼できる友達をもち、互いに励まし合い、高め合うようにする」「世界の中の日本人として自覚をもち、国際的視野に立って、世界の平和と人類の幸福に貢献するよう努める」など約20項目の目標を示している。修身は成績評価が行われたが、道徳は評価は行われない。
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