日本財団 図書館


1998/02/01 産経新聞朝刊
【教育再興】緊急報告 黒磯北中の教諭刺殺事件(13)「普通の子」(下)
 
 映画や格闘漫画の影響で十代の少年の間に広まったバタフライナイフ。栃木県黒磯市の市立黒磯北中で、中学一年の男子生徒(一三)が女性教諭(二六)を刺殺した事件では、この流行のバタフライナイフが殺人の道具として使われた。
 女性教諭を刺殺した少年は先月初め、黒磯市街の玩具(がんぐ)店でバタフライナイフ(刃渡り十センチ)を購入した。大型スーパーの前にあるこの店では、六種類のバタフライナイフを二千−四千八百円の価格で販売し、月に十本は売れたという。「地元の中学生や高校生がよく買いに来ていた。今は全部売り切れです」と店員は話した。
 「かっこいいだろう」。少年はそう言ってナイフを見せびらかしていた−と同級生は話している。制服のポケットに入れていたという。
 
 黒磯北中はこのバタフライナイフが生徒の間で流行していた事実を把握していた。
 「以前から、生徒が学校にナイフを持ってきているといううわさがあった」(塩山元久校長)
 「昨年、近くの小学校の校庭でうちの生徒がナイフを見せびらかし、同小から連絡を受けた」(豊田充教頭)
 学校は朝会で「ナイフを学校に持ってこないように」と生徒に口頭で注意したり、保護者向けの学年便りで注意を促したりしたが、持ち物検査まではしなかった。
 塩山校長は会見のたびに「ポケットの検査は生徒の人権上、問題があるので行っていない」と「人権」を強調した。持ち物検査をしない根拠を問うと「確か、教師向けのマニュアルか何かに・・・」と答えた。
 事件当日の先月二十八日夜に開かれた臨時保護者会には、四百人近くの保護者が集まった。
 出席者によると、学校に刃物を持っていく生徒がいることについて、約二十人の父母が「知っていた」と手を挙げた。保護者の中から「生徒がナイフを持っていなかったらこんな事件は起きなかった。持ち物検査をすべきだ」という意見が出され、反対する人はわずかだったという。
 栃木県教委の古口紀夫教育長は持ち物検査について「校長判断で行われる」としている。
 町村信孝文相は三十日の閣議後会見で「盛んに『子供の人権』といわれる中で、学校現場は憶病すぎるのではないか。何で(ナイフを)学校に持ち込む必要があるのか」と毅然(きぜん)とした生徒指導を求めた。
 
 今回の事件は「バタフライナイフ」のほかに、もう一つのキーワードがある。「保健室登校」。学校には来るが、常時、保健室にいるか、特定の授業に出席できても、主として保健室で過ごす状態だ。「不登校予備軍」ともいわれる。
 少年は三学期に入って、この保健室登校を六回も繰り返した。刺殺事件が起きた二十八日も、休み時間に他の三人の生徒と保健室へ行き、帰りにトイレに寄って授業に遅れたことを女性教諭に注意されたことが事件の引き金になった。
 「子供に聞くと保健室はいつもいっぱいで、保健室登校とよばれる生徒も何人かいたみたい」と話す保護者もいる。
 しかし、塩山校長は「最近はインフルエンザにかかる生徒も多く・・・」と言い、保健室登校の実態を十分にはつかんでいなかったようだ。
 校舎から那須の山々を望む黒磯北中は十二年前にできた歴史の浅い学校だ。
 長女が同中の一期生だったという自営業の男性(四六)はたき火にあたりながら「開校当時、PTAのみんなで校舎の植木を植えたりした。昔からある学校の木と違い、植木ひとつにしても水をやったり、ちゃんと世話をしないと枯れてしまう。それを校長や先生たちが守ってきた。また、一から立ち直ってほしい」と話した。
 
●バタフライナイフ
 柄の部分を二つに広げると、内側から刃が出てくる折り畳み式ナイフ。刃渡り十センチ前後。値段は安いもので千円、高いものだと二万円。タレントの木村拓哉さんがテレビドラマで使ったこともあって、中学・高校生を中心に人気が出た。アウトドアショップでも売られ、ファッション感覚で購入する若者が多い。静岡県藤枝市の市立藤枝中で先月二十八日、二年生の男子生徒が別のクラスの男子生徒にけがをさせた事件でも、このナイフが使われた。


 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION