1995/08/31 産経新聞朝刊
【日教組は変わるか】(下)「日の丸・君が代」棚上げの新方針に内部不満も
一九九一年(平成三年)のソ連共産党とソ連邦の崩壊は世界の枠組みを大きく変えた。教育をなおざりにして政治闘争に明け暮れてきた日教組の最近の柔軟化路線も、こうした世界情勢の変化に沿ったものとみられる。
◆あすから定期大会◆
日教組の従来の運動方針は日の丸・君が代問題について「学校現場への強制には反対」と明記していたが、今回はそれを棚上げした。
「われわれは頑張って運動してきたという自負があったのに、今回の新運動方針案でそれが否定された。文部省とはうまくやっていくべきと思うが、基本的な方針を変える必要はない」。九月一日から始まる定期大会で、執行部案に対する修正案を検討している広島県教組の組合員の一人はこう訴えた。
このほか、大分、北海道、沖縄、長崎などの各単組が運動方針の修正案提出を表明している。
横山英一委員長は「今までの大会でも、たくさんの修正案が出ているし、異なる意見があるのは、健全な民主主義の集団だから」と話す。
日教組の書記長を九年、委員長を十二年間務めた槙枝元文氏も「現場では(日の丸をめぐって)トラブルもあったろうが、私も国際会議では、席上に日の丸をたてたものだ。天野貞祐さんは文相のとき、日の丸について『学校にも会社にも印がある。国にもあってしかるべきだ。過去を反省して使えばいい』と説明した。これには日教組も納得していた。今回、棚上げしたのは賢明」と話す。
だが、渡久山長輝書記長は「各県で運動の実態はまちまち。だから統一方針を出しても、その通りになる状況ではない。日の丸・君が代は戦前の軍国・国家主義のシンボル。その歴史を忘れてはいけない。そういう意味では、方針を転換したわけではない」とややトーンが違う。
◆教師の倫理綱領◆
「日教組は倫理綱領問題をあいまいなままにしている。文部省はけじめをつけさせるべきだ」。七月末、日教組の運動方針転換が報じられ、政府や文部省に歓迎ムードが広がると、元文相で新進党政権準備委員会(明日の内閣)の西岡武夫・総合調整担当はこうクギを刺した。
日教組が昭和二十七年に定めた『教師の倫理綱領』は「教師は日本社会の課題にこたえて青少年とともに生きる」「教師は労働者である」「教師は団結する」など十項目からなる。
当初の「まえがき」は「生産を高め、人間による人間の搾取を断った平和な社会をもとめようとするわれわれ人民の念願は、労働者階級の高い自主的な成長」というイデオロギー性の強い内容だった。
昭和三十六年以降、「搾取」「階級」などの言葉を削除、説明調に改訂されたが、大筋は現在も変わっていない。
西岡氏は「社会主義社会は自由主義社会に負けたわけだから、日教組もその事実を率直に認めた上で、倫理綱領を改めるなり破棄するなりすべきだ。運動方針転換でごまかしてはいけない」と指摘する。
これに対し、日教組の横山委員長は「倫理綱領ができた時代背景も違うし、今の時代にあうように見直しをしたらという意見は組織にもある」と言い、渡久山書記長も「倫理綱領の精神は生きているが、今は倫理というのはあまりはやらない」と言葉を濁す。
◆現場に戸惑い◆
日教組のこれまでの活動を総括・反省せずに、「現実的対応」をうたう執行部に、現場の教師たちはとまどいを隠せない。
「(日教組の活動の)総括はそれなりにしている。全然総括をしないで運動方針を変えられるわけないでしょう。今の若い人が魅力を感じる組織にしないといけない」と横山委員長は強調する。
だが、高橋史朗・明星大教授(教育学)は「日教組はこれまでの活動をきちんと総括していない。また、各単組にきちんと説明をしていないから、反発があるのも当然だ。社会党と同じで、思想的総括をしないまま、表面的に文部省と妥協しても末端は納得しない」と話す。
「日本が一方的に悪かった」とする従来の近現代史教育の見直しを提唱する藤岡信勝・東大教授(教育学)は「ソ連崩壊のとき、日教組の先生たちは、ショックを受けるだろうと思っていたら、そうでもなかった。世界の動きに無感覚、無関心になっている」と分析、「反国家闘争一筋でやってきた人には、考えの切り替えが難しいかもしれないが、教育者は自分の世界観と違う現実に虚心坦懐(たんかい)に触れ、考え直す謙虚さがほしい」と指摘している。(日教組問題取材班)
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