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2002/03/09 読売新聞朝刊
[どうなる学力](下)“地域発”改革の試み続々(連載)
 
 埼玉県深谷市の公立小中学校は、完全学校週五日制となる四月からの毎土曜日、希望する生徒を対象に「学習指導」を実施する。いわば公立の“土曜塾”だ。
 「休日に塾に行く子と行かない子で学力差が出るのが心配だ。文部科学省は『ゆとり』と言い続けてきたが、地方にはその地方の特色があってもいいでしょう」。仕掛け人の新井家光・深谷市長は、そう言い切る。
 旧文部省は、長い間「平等」を旗印に、地方をあれこれ「指導」してきた。それがいま、規制緩和の波に押され、文科省は権限を手放し始めている。
 地方分権一括法が二〇〇〇年に施行されて以来、多くの教育権限が国や都道府県から市町村に移った。「横並び四十人学級」が崩れ、自治体の判断で三十人学級も登場。通学区域の緩和で「学校選択制」も広がった。
 学力低下批判に押され、それまで「教える上限」扱いだった学習指導要領を、同省が「最低基準」だと言い出したことも、結果的に、どこまで教えるかを各学校に委ねたことになる。
 新要領による学力低下を早くから懸念していた浪川幸彦・名古屋大教授(元日本数学会理事長)は、「文部科学省の事実上の方針転換で、学力低下論争には決着がついた。現場の裁量が拡大した状況を利用すれば、各地域で自分たちの信じる改革ができるはずだ」と、地方独自の試みに期待する。
 “地域発”の改革には、自治体や学校の動きだけでなく、父母や地域住民の意識改革も欠かせない。
 阿部貴明さん(40)は東京・墨田区の区立小PTA会長として、週三回は校長と話し合う。夏休みのプールの利用法から区が計画している学校選択制への要望まで様々に意見を交わし、時には保護者の希望もはっきり伝える。
 阿部さんは言う。「目の前の公立校に何となく子どもを通わせ、何かあると学校のせいにするようでは地域の教育は良くならない。一番変わらなければいけないのは親ですよ」
 新潟県小千谷市立小千谷小学校では、「参観日」は「参加日」と呼ばれる。親は後ろで見ているのではなく、子どもと一緒に本を読み、教材を作り、「ゲストティーチャー」として自分の仕事について語る。
 東京都八王子市立松木小学校では、コンピューターに強い父親たちが、子供たちにパソコン活用法を教える授業を展開する。
 公教育が良くなるのも悪くなるのも、地域次第。そんな時代が近づきつつあるのかもしれない。
 
◆自治体学校単位 「学習支援」急拡大
 「私立中に行かなくても済む学校に」。埼玉県草加市立松江中学校が掲げるキャッチフレーズだ。
 教える内容が大幅に減る新学習指導要領。その実施を半年後に控えた昨年十月、毎週水曜の午後に、希望者を対象にした「学習相談室」を始めた。
 教師が交代で三人詰めて個別指導や質問に応じるほか、ボランティアの保護者が学習を支援する。「ここに来だしてから、勉強がわかるようになった」「教えてくれる人がたくさんいて、質問しやすい」と、生徒には好評。指導役の母親の一人も、「うちは塾にも行かせていないので、学校でやってくれるのはありがたい」と、笑顔をみせた。
 同校では、鏑木良夫校長(54)自らが、希望者に学習指導を行う早朝の「校長塾」も週一回行っている。四月からは、数学などで習熟度別授業を始める。
 「保護者の不安にこたえ、学力保障の機会を増やしたかった。一斉授業だけでは『個』に応じた指導はしきれない」と鏑木校長。
 
 文部科学省が指導要領を「最低基準」と位置づけ、事実上、「学力保障」の責任を学校現場に委ねたのを機に、学校や自治体では、急速に独自の取り組みが広がっている。
 同省は「土曜に授業の延長のようなことを行うのは好ましくない」との見解だが、深谷市のほか、東京都台東区、茨城県古河市なども四月から、希望者に土曜の学習指導を行う。秋田県は学校や公民館を自習スペースとして開放し、教員OBらが中学生の質問に応じる「自学自習支援事業」を始める。千葉県野田市では、「私立との差に加え、自治体間でも学力差が生じる」(市教委)との危機感から、来年度から小、中学校の算数・数学の副教本を独自に作成する。新要領で削除された小学校の台形の面積の公式、けた数の多い複雑な計算なども盛り込む予定だ。
 自治体独自の学力調査も拡大。東京都、大阪府などをはじめ、市町村レベル、学校単位のものも数多い。
 
 ただ、先駆的に改革を進めている地域にも、少なからず悩みはある。
 小、中学校の学校選択制をはじめ、様々な改革を発信してきた東京都品川区。習熟度別授業や小学校の教科担任制などに早くから取り組み、来年度は区内の全小中学校で独自の学力テストを行う。学力面にも力を入れる小中一貫校の設置も計画している。
 若月秀夫教育長は「私たちが目指すのは、子どもに必要な基礎学力や生きる力を保障する当たり前の学校だ」と強調するが、急速な改革の流れに、「上からの改革が多い」と抵抗感を示す教師も少なくない。今春、区外への異動希望は都内でも目立って多かった。
 独自の副教材づくりにいち早く着手したことで知られる愛知県犬山市では、約一億円の市予算を投じて四十二人の教員を独自に採用、二十人以下の少人数授業を実現させた。
 「国の教育行政が揺れており、県も国の方針待ち。犬山の子は犬山で育てるしかない」(瀬見井久教育長)との決断だったが、税収減が続くなか、自治体の懐は厳しい。大学教授を市立小校長に任命しようとして、県に止められた経緯もある。
 文科省の“揺れ”を横目に学力対策などで独自の路線を歩み出した自治体や学校。“地域発”の改革を支援する環境づくりも必要だ。
 
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《学力低下の不安や新学習指導要領に対応した自治体の取り組み》
土曜教室 小、中学校で教員OBらが指導員になり、希望者に学習指導する 秋田県、茨城県古河市、千葉県野田市、埼玉県深谷市、東京都台東区、岐阜県山岡町など
独自教材 教科書の範囲を超える発展的な内容を含む副教材の作成 栃木県(小、中の算数・数学)、野田市(同)、茨城県ひたちなか市(小、中の算数・数学、国語)、愛知県犬山市(小の算数、理科)
少人数学級 きめ細かい指導のために、小学校低学年などに「30人学級」「25人学級」などを実現 山形県(小全学年)、青森県、秋田県、福島県、茨城県、新潟県、鳥取県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県、埼玉県志木市など
習熟度別学習 生徒の習熟度に応じて、グループに分けて指導 東京都荒川区、品川区など(学校レベルでは多数の学校が導入)
学力調査 子どもの学力を測定するテストなどを実施 岩手県、群馬県、東京都、新潟県、石川県、滋賀県、大阪府、広島県、香川県、福岡県、沖縄県、静岡県浜松市、東京都品川区など
(計画中のものを含む、読売新聞社調べ)

 
 
 
 
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