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1998/06/23 読売新聞朝刊
[社説]生きる力を根づかせるために
 
 文部省の教育課程審議会が二十二日、審議のまとめを公表した。その全体に流れるものを、ひと言でくくれば、「知識の量」から「問題解決型学習」へと、教育の基調の転換を図ろうとするところにある。
 授業時数の縮減以上に教育内容を削り込んでゆとりを作ったのも、例えば「読み・書き・算」などの基礎を繰り返し学習したり、体験的な活動に充てるためだ。
 その意味で、内容の「厳選」は、単に五日制の完全実施に対応しただけのものではない。この趣旨を国民が共有し、子供たちに豊かな人間性と社会性を培い生きる力につなげていかなければならない。
 このことは、従来の学力観に従えば、その水準は低下することを意味する。だが、基準の改善のねらいである「知の総合化」と選択の拡大を生かすことで、現状を上回る力をつけていくことが求められる。
 そうした趣旨を実現するための手段として、大幅な自由化、つまり基準の大綱化と弾力化がさらに進められようとしている。その分、学校と教師の裁量にゆだねられる。腕の振るいどころが増える。
 新しい基準が実施に移される二〇〇二年まで、残された時間は多くない。各学校は直ちに準備に入る必要がある。
 今回の改善案は、学校教育の枠組みの変革を迫るものだ。それを象徴するのが「総合的な学習の時間」の創設だろう。
 教科を超えて横断的・総合的に学ぶ、あるいは、児童・生徒の興味や関心に基づいた学習を展開する。それを通じて、自ら課題を見つけ、考え、判断し、表現する力をつけていこうとするものだ。
 それも、単に複数の教科にまたがればいいというものではない。展開の仕方によっては、道徳やボランティア活動などとも密接なかかわりが生まれる。
 学習内容やテーマは、国際理解や環境、福祉などの例示にとどめ、具体的にはそれぞれの学校の判断で設定できる。
 そこでは、地域を教材にし、地域の人びとの支援を求める場面が増えるはずだ。それ以前に、異なる教科の担当教師による連携が前提となる。要は、学校の内外で「チームの教育」を進めることである。
 基準の大綱化・弾力化は、総合的な学習の扱いにとどまらず、時間割の編成にも及ぶ。短時間と長時間の授業を組み合わせるとか、時間割を週ごと、学期ごとに変えていくことも可能になる。
 すべての教師に、自分の担当教科や自分のクラスだけでなく、教育課程全体を見渡す広い視野が必要になる。
 生きる力の教育の趣旨は、指導の仕方や評価、入試のあり方にも反映されなければならない。日本の教師は「教え上手」だが、子供と共に学び考えるタイプの指導が比較的苦手だ。意識の変革を促し、指導法の転換につながる研修が欠かせない。
 教員定数の充実など行政による支援のほか、これまで学校に依存しがちだった親や国民一般が、学力観の転換を理解し、特色ある学校作りを支えていく姿勢が必要なことは言うまでもない。

 
 
 
 
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