1993/01/16 読売新聞朝刊
[社説]先生に求めたい意識の変革
学校教育が転換期にある、という認識は十分にある。けれども、それを現場で、どう具体化していくか、となると、戸惑いと消化不良ぶりを否めない。
秋田市で開かれた日教組の第四十二次教育研究全国集会は、そうした印象が強く残る集会だった。
いま、教育界はかつてないほど大きな課題を目の前にしている。
偏差値依存の教育からどう抜け出すか、学校五日制をどう根づかせるか、そして、改訂学習指導要領の趣旨を、授業の中でどう生かすか、などである。
いずれも、教師の意識の変革を抜きには、実現できないものばかりだ。
これらのテーマについて、文部省の政策や方向と、基本的にはさほどの対立は見られなかった。今年の集会の際立った特色だろう。つい数年前までは、何かにつけ異を唱えていただけに隔世の感がある。
このことは、横山委員長の全体集会あいさつにも見て取れる。
そこでは「競争と効率」の教育を憂え、教師自身も、画一主義・効率主義・管理主義に陥っていないか、教育実践の質の問い直しと意識変革を強調している。
だが、分科会での具体的な教育論議となると、熱心ではあったが、物足りなさと迫力不足は否定できない。
偏差値問題では、埼玉の教師から「生徒や親を黙らせるために、偏差値を持ち出す教師に、想像以上の不信感が寄せられている」との問題提起がなされた。
だが、多くの教師が偏差値に依存しているためもあって、現状の打開策については論議が煮え切らないままに終わった。
ただ、少なくとも正常な状態ではないという認識では一致したこと、建前と本音のギャップを正面から見据えようとしていることは、評価されていい。
学校と教師の努力だけで解決のつく問題ではないが、高校入試の改革なども含め、行政当局とも連携した努力を求めたい。
学校五日制をめぐる論議についても、いま一つの感を免れない。
休日の過ごし方に「介入」するようなリポートが見られたほか、単に授業時間のやり繰りに追われる対応などが目立った。
「学校依存」と、裏返しの「抱え込み」の問題への踏み込みがあまいし、曜日で固定する週単位の時間割を弾力的に組むなど発想の転換も求められる。
改訂指導要領は、自ら考え、判断し、行動できる力の育成に重きを置く「新しい学力観」を柱にしている。この点への理解はかなり進んできたようだ。ただ、中学校での選択教科の拡大に対する拒否反応が見られたのは、納得しかねる。
選択の自由の拡大は「個性の教育」から見て、必然の流れである。生徒の主体的な選択眼を培うことに努力するとともに、仮に現在の教員配置状況で無理があるなら、早急な手当てが必要だろう。
これらの課題はいずれも、これからが正念場だ。なお論議と実践を深め、現場を知る者ならではの提言につなげてほしい。
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