1986/10/26 読売新聞朝刊
[教室は変わるか・12年ぶりの授業改革](4)生活活動(連載)
新潟県上越市立大手町小で、「子どもまつり」が二十五日から始まった。主役は、一年生が飼っているメスの子ヤギ、ポポちゃんだ。
今年五月、一年生が入学して間もなく、郊外の農家から、もらわれてきた。プールの裏の空き地を竹囲いした動物村で、ウサギ五匹、ニワトリ四羽と一緒に飼っている。子どもたちが当番を決め、えさは、原っぱで刈ってきた草と、近くのスーパーからもらった野菜クズ。
同小は五十七年から独特のカリキュラム「生活活動」を組んでいる。一、二年生で週六時間ある社会、理科、道徳、特別活動の四教科すべてをこの生活活動にあてる。「社会の一員としての意識を持たせる」「生物に親しむ」という現行指導要領の目標のワク内で、より一層の効果をあげるためだ。
ポポちゃんは、いろいろな形で、生活活動の授業に登場する。動物村の大掃除も、授業の一環だ。クラス総出で掃除し、フンはバケツで、学校菜園のたい肥所に運ぶ。ポポちゃんを教室に入れ、保健室から持ってきた体重計で重さをはかり、胴回りを測定して、成長の様子をノートに記録する。聴診器でポポちゃんの心臓の鼓動を聞くこともある。ドックン、ドックンと聞こえる生命の音に、子どもたちは、「ぼくと、おんなじだ」と嘆声をあげる。
一年生の生活活動には、ほかにも、アサガオ栽培、四季のカレンダー作り、校外を散歩しながらの地域調査などがある。小学一、二年生の社会、理科に代わる「生活科」を提言した教育課程審の先取りともいえる。
「生活科」新設には、「小学校低学年では、系統的な授業より、生き生きとした体験を大切にしたい」(文部省幹部)との狙いが込められている。一、二年の社会、理科の授業が、教科書中心の画一的な授業に陥りがちだったという反省もある。
関東地方の小学校長を対象とした全国連合小学校長会の調査では、全体の六四・二%が、「生活科」を必要と答えている。だが、二つの教科の内容を合わせて授業するには、教える側の力量と熱意が要求される。現行指導要領でも、合科的指導を薦めてはいるが、横浜国大の五十八年の調査だと、実践しているのは、全国の小学校のわずか一七・六%。理想と現実のギャップは大きい。
さまざまな実践で知られる筑波大付属小(東京都文京区)には、四十七年に「総合活動」の時間を設け、社会と理科を吸収しながら結局、九年後に復活させた苦い経験がある。体験学習を通して「自ら学ぶ力」をつけさせるという狙いが、教師側の理解不足もあって、空まわりに終わったのだ。
「子どもたちは生き生きと活動したが、かんじんの社会、理科の基礎的な力が育たなかった」と、総合活動研究部長の野崎浩教諭(48)。
基礎学力の養成と体験学習を両立させることは、教育課程審が言うほどやさしくはない。しかも、新設の生活科に予定されているのは週三時間で、現在の社会、理科の合計より一時間少ない。
同小では今月初め、プロジェクト・チームを発足させ、再びこの問題に挑戦する構えだが、その中心メンバーでもある野崎教諭は「週三時間では、結局、形を変えた詰め込み教育になりはしないか」と懸念する。
再び大手町小。教務主任の小林毅夫教諭(43)は今、ポポちゃんの行く末に注目している。すっぽりと雪に埋もれた冬の間、子どもたちはポポちゃんをどうするか。飼育をあきらめれば、ポポちゃんは、元の農家に戻る。
「子どもたちにポポちゃんを飼いきる力がついているかどうか。それは子どもたちに判断させます。駄目なら駄目で、何かを考える。それが体験学習の決め手です」。生活科に求められているのは、結果を急がない、ゆったりとした教育である。
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