1986/10/23 読売新聞朝刊
[教室は変わるか・12年ぶりの授業改革](3)習熟度別授業(連載)
◆上級学年ほど熱心◆
英語の授業を前に、三年三組と四組の生徒がガタガタと席を立った。教科書とノートを手に一方は「スピードクラス」に、一方は「じっくりクラス」に。
埼玉県杉戸町立広島中は、昨年から、二、三年生を対象に、英語、数学で、学力に応じた「習熟度別授業」を実施している。
二十一日の四時間目。英語の得意な生徒の「スピードクラス」は、前回の授業の理解度を試す簡単なテストのあと、答えあわせもそこそこに、この日のねらいである修飾語の授業に入った。
隣の教室で行われた「じっくりクラス」も、簡単なテストで始まった。こちらは答えあわせにたっぷりと時間をかける。
教科書の進み具合は同じだが、「スピードクラス」では、その日に習った文型や単語を使って、隣の席同士、英会話を行う余裕も。
クラス選択は、生徒の判断にゆだねる。飯塚幸平校長は「跳び箱は、自分に合ったものを選んで跳ぶ。それと同じで、理解の速い子、じっくり考える子のタイプがある。自分に合った勉強をするから、じっくりクラスの上位の子はスピードクラスの下位より成績がよい」と語る。
数学について、クラス分けの前と後でテスト結果を比較したところ、「スピード」クラスは偏差値平均五八で変わらなかったが、「じっくり」は四〇から四三に伸びた。
東京・足立区立十六中も三年前、広島中と同じ方式を試みたことがある。この時、さまざまな調査を行った。
「コース別に分けることは良い」と答えた生徒は一年生二六%、二年生三六%、三年生三九%と、上級学年ほど習熟度別学習を認めていた。
選択したコース内容が「自分にあっていた」と答えたのは、一年で六二%だったのに対して、二、三年生は七六%に上った。
一方、教師側は、八八%が「能力適性に応じた指導が可能になった」と評価、父兄もまた、四四%が賛成し、反対はわずかに五%だった。
◆4か月で逆戻り◆
同じ習熟度別学習でも、四年前、千葉県松戸市立六実中が試みた学習法は一風変わっていた。成績と行動面で生徒を五段階評価し、「1」と「5」の生徒を組みあわせたクラス、「2」と「4」を組みあわせたクラスなどを作った。「1」を窓側、「5」を廊下側としたため、生徒の間では「窓際族」というレッテル張りが横行した。
かつて校内暴力、非行問題に悩んだ同中では、その要因を「学習の遅れ」にあるとして、学力別編成に踏み切った。だが、生徒の意向や体面、教科内容を無視し、五段階評価一本で色分けした手法は父兄の反発を招き、わずか四か月で通常のクラス編成に戻した。
教室で、できる子とできない子の二極分化が確実に広がっている。受験シフトがもたらしたひずみともいえる学力差。
◆肯定派父兄増える◆
六実中の習熟度別学習廃止運動に参加した主婦田辺倭文子さん(51)は「詰め込み教育が、一方で授業についていけない子を、他方で塾に頼る子を作り出している」と指摘する。能力による差別との批判が強かった習熟度別指導に、父兄の中に肯定派が増えたのも、“落ちこぼれ”救済への切実な願いが込められているからだ。
教育課程審議会の中間まとめは「中学校では、教科により習熟の程度に応じた指導を検討する必要がある」と、さらりと書いている。しかし、無神経な導入の恐ろしさは、六実中のケースが証明する。
ここでも、理念だけ掲げて現場にボールを投げた審議会。これを教室でどう処理するか。広島中でも、足立十六中でも、少数意見ながら「差別的な面が心配」「授業参観に行きにくい」との父兄の声があった。
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
「読売新聞社の著作物について」
|