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2002/11/18 毎日新聞朝刊
[新教育の森]基本法見直し 「日本人」をつくる/上 「国を愛する」って何?
 
 中央教育審議会は14日、教育基本法の改正を求める中間報告をまとめた。戦後半世紀以上、教育の理念を支えた「憲法」の見直し。「心豊かでたくましい日本人」の育成を掲げる21世紀の教育改革の周辺を探った。
 
◇具体論なく進む法制化
 「最近は子供が自分中心になっている。改めるには国民全体の意識改革が必要だ」
 10月17日、東京・南青山の会議場で開かれた中教審の基本問題部会。河村建夫副文部科学相(自民)は基本法見直しの必要性を訴えた。
 ところが、直後にあいさつした池坊保子政務官(公明)は「愛国心というと何か違う気がする。教育の荒廃と基本法は関係ない。今の基本法で困ることはない」と正反対の見解を述べた。審議がまとめに入った段階で示された文科省幹部の食い違い。「どうなっているんだ?」。会場の委員らに困惑が広がった。
 この日の審議では、元日教組書記長の渡久山長輝委員が、中間報告の素案にあった「愛国心」の表現をやり玉に挙げ、「偏狭なナショナリズムになってはいけない」と主張した。
 その結果、翌週示された素案では「愛国心」は「郷土や国を愛する心」に変わった。「国家至上主義的考えや全体主義的なものになってはならない」という一文も加わった。
 渡久山氏は沖縄・石垣島に生まれ、小学生時代に戦火の中を台湾に疎開した。「愛国心には戦前に強制されたイメージがある。それがない者は非国民といわれた歴史がある」と話す。
 しかし、「愛国心」と「国を愛する心」はそんなに違うものなのか。
 「議論がまとまらないから表現を変えただけ。意味に違いはない」。梶田叡一委員(京都ノートルダム女子大学長)は、記述の変更が批判をかわすためだったことをあっさりと認めた。
 
 今年7月、福岡市では、69の市立小学校が6年生の1学期の通知表で「国を愛する心情」を評価していたことが分かった。市小学校長会が、社会科の学習指導要領に示された「国を愛する心情を育てる」という目標を通知表に転載した。
 市民団体は「子供の内面を評価するのか」と反発し、削除を求めた。しかし、多くの学校では「愛国心」を評価したわけでなく、郷土学習に取り組む意欲などを評価したと説明する。市教委は「思想や生き方を評価するわけではない」と要求を突っぱねた。
 神道の精神に基づく教育を掲げる私立皇学館中学・高校(三重県)では、国旗・国歌の由来を教え、毎朝、生徒が日の丸を玄関前のポールに掲揚する。建国記念の日の前には講演会を開き、祖先に感謝する意識を持たせる。
 「学習指導要領に従っているだけで、特に愛国心を育てる教育をしているわけではない。しかし、公立学校は学習指導要領が求めている歴史や伝統を大切にする教育に消極的だった。基本法が変われば、うちの実践が参考になるのでは」
 三輪尚信教頭は胸を張った。
 
 中教審では「国を愛する心」が何を意味するのかの議論はほとんどなかった。
 ある委員は、記者の質問にしばらく考えた後で「外国に行った時に日の丸を見てうれしいと思う気持ち」と言った。別の委員は「愛という言葉は気恥ずかしい。日本を好きだと感じることかな」と表現した。
 それぞれが漠然と抱くイメージの肉づけ作業を欠いたまま、法制化が進もうとしている。


 
 
 
 
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