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2002/10/07 毎日新聞朝刊
[新教育の森]競争再考・第5部 学校は変わったか/1 絶対評価で成績バブル
 
◇「5」「4」連発…内申書軽視も
 緩やかなカリキュラムで子供にゆとりを持って勉強させ、確かな学力をつける。小中学校で4月に実施された新しいカリキュラムは学習内容を減らし、自分で考え、行動する力の育成を目指した。公立校では土曜、日曜がすべて休みになった。しかし、詰め込み型教育に慣れ親しんだ現場の戸惑いは大きく、子供の学力が低下するという不安も強い。「平成の教育改革」から半年。果たして学校は変わったのか。
 「こんなもので合否を決めていいのか」「学力の指標として信頼できない」
 高校入試を目前にした中学3年生の父母や先生に不安が広がっている。原因は、高校に選抜資料として提出される調査書(内申書)である。
 中学校の成績評価は4月、集団の中の順位をもとにした「相対評価」から「絶対評価」に変わった。来年度の公立高校入試では、33都道府県が内申書にも絶対評価を採用する。
 相対評価では、5段階評価なら「5」は7%、「4」は24%と比率が決まっていた。このため、いくら頑張ってもほかの生徒が良い成績を取れば、成績は上がらない。絶対評価では他人とは関係なく、学ぶべき内容を身につけたかどうかを評価する。努力すれば、そのまま成績アップにつながる。生徒の意欲や関心を重視する学力観に沿った評価方法である。
 しかし、評価する基準は学校や教師によって異なり、主観も入りやすい。みんなが学ぶべき内容を身につけたと思えば、全員に「5」をつけることも可能で、生徒に「配慮」して評価が甘くなる可能性もある。
 実際はどうか。多くの学校は1学期の成績評価の結果を公表していないが、横浜市立洋光台第二中は各教科で5〜1の「評定」を何人の生徒につけたかを保護者に公開した。
 3年生の数学は、123人の生徒のうち81人(66%)が「5」と「4」だった。相対評価なら「4」以上がつくのは38人(31%)だから、成績上位者が一気に倍増したことになる。生徒の評定の平均(9教科)も3・38と、相対評価の平均(3・0)より大幅アップした。
 板橋剛校長は「1学期の数学は計算問題が中心で、生徒に理解しやすい内容だった。図形の証明などが出てくる2学期は、そんなに高くならない。ほかの教科も学校が設けた基準に従っただけで、甘いとは思わない」と話す。
 しかし、横浜市の大手学習塾の調査では、中学2、3年生の1学期の成績は、同じ生徒の昨年1学期の成績より全般に上昇した。首都圏の別の学習塾の調査でも、千葉市では同じ通塾生の9教科の評定平均が昨年の4前後から4・5前後に跳ね上がった。「絶対評価によるバブル現象」と関係者は言う。
 学校による違いも大きい。神奈川県横須賀市の中学では、1学期の3年生の評定平均(9教科)が3・40、市内の別の中学は3・14だった。両校の差(0・26)を神奈川県の公立高校の学力試験に換算すると、評定平均の低い中学の生徒は5教科(250点満点)で約15点のハンディを背負うことになる。
 「客観性、公平性が保てない」として、大阪府や愛知県は絶対評価の内申書への導入を見送った。千葉県や滋賀県では、高校が各中学校に評定の分布状況を提出させてチェックする。
 「信用できなくても、中学校の評定をそのまま使うしかない。それで合格するはずの生徒が不合格になっても、中学校の責任だ」と埼玉県の公立高校教諭は突き放す。
 首都圏の大手学習塾では「進学校の受験生は、みんな『5』ばかりで差がつかない。結局、学力試験の結果で合否が決まる」と予測する。
 知識偏重からの転換を目指した絶対評価が、かえって学力試験の比重を高めるという皮肉な結果をもたらすのか。来春の高校入試は手探りのまま本番を迎える。<文・横井信洋/写真・西村剛>=つづく


 
 
 
 
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