日本財団 図書館


2001/08/10 毎日新聞朝刊
[社説]「骨太」を考える 人材大国 「型」ではなく多様な個性を
 
 人材大国と科学技術創造立国を実現するために、知的資産を倍増するという観点から、教育改革を進めるとともに……(「経済財政運営の基本方針」から)
 「人材」、または「人材養成」なら、なじみの言葉だ。近代教育がスタートして以来、日本は、国家社会のための人材養成に力を注いできた。しかし、「人材大国」となると、まだ何となく耳慣れない。
 「人材」、すなわち「才知ある人物。役に立つ人物」(広辞苑)をたくさん生み出し、抱える国、ということになるのだろうか。ただ、今ひとつピンとこないのは、国家社会に役立つべき「人材」の中身が、はっきりしないからである。将来どんな人材が必要なのかが、昔に比べて、よく分からない時代、社会になってきている。
 かつては明りょうだった。明治以降教育の目的は、富国強兵、殖産興業に資する人材を養成することにあった。戦時中は、「皇国民の錬成」が教育の目的となった。
 敗戦により、価値観は大きく転換。目標は、先進諸国に追いつき追い越す経済発展となり、教育の目的も、そのために役に立つ人材の養成になった。もっとも直截(ちょくせつ)に表現したのが、経済界の出した数々の教育提言であり、文部省もバックアップしてきた。いずれの時代もあらかじめ設定された「型」にフィットし、目標を効率的に実現する人材を求めたといえる。
 しかし、型通りの人材供給のための教育は、頓挫しかけている。近代化を終え、一丸となる目標を見いだせなくなった今、かつてのような、粒ぞろいではあっても、同じタイプの画一的な人材だけでは、国も会社も持たない。魅力ある社会を築き上げるのは難しいことがはっきりしてきた。
 中央教育審議会も経済界も近年一人一人の個性をはぐくむ教育、それを生かせる社会の構築を提言している。それが、教育改革の根本課題との認識によるものだ。
 しかし、「人材大国」論からはそうした香りがうかがえない。骨太の方針は、「教育改革を進めるとともに、ライフサイエンス、IT、環境、ナノテクノロジー・材料の4分野への戦略的重点化を図る」と続くから、特に4分野の人材養成を目指すとも取れる。が、それだと、対象分野は目新しくても、型に合う人材を大量に養成するという旧態依然のシステムと変わらないことになる。
 骨太の方針において、教育改革は付け足しというのであればともかく、人材大国実現のためのポイントの一つと位置付けているのなら、その認識は甚だ心もとない。目の前のことしか想定しない、視野の狭い、底の浅い戦略から、得られるものは少ない。
 これからの時代に必要なのは、多様な人材である。個性輝く多様な人材を生かす集合体こそが、未来を開く。そのために、今、何ができるのかの視点から、改革の道を探らなければならない。


 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION