日本財団 図書館


1997/05/31 毎日新聞朝刊
[教育21世紀へ]「平等主義」の転換を促す――中教審の審議のまとめ
 
◇“エリート校化”なお懸念
 ◇「中高一貫教育」「飛び入学」−−行政の「説明」不可欠
 公立校への中高一貫教育の導入、大学への「飛び入学」、入試の学力偏重打破……。30日、第16期中央教育審議会(文相の諮問機関)が公表した審議まとめは、「一律と同質」を最重視してきた戦後教育システムに一石を投じている。前期中教審が昨年の答申で示した「学校教育のスリム化」とともに、一連の中教審提言は21世紀初頭のこの国の「公教育のかたち」をほぼ素描し終えたことになる。これが基本理念である「ゆとり」「生きる力の育成」「個性伸長」にどう結実するか――。審議まとめを特集する。
 1947年の戦後教育スタートから半世紀後の節目に中教審が提案した改革は、平等主義を基調としてきた日本の教育システムの転換を促すものだ。公立校への中高一貫教育の導入や大学への「飛び入学」。戦後の教育風土にはなじみが薄い、教育の複線化を目指す改革には、反発や摩擦も予想され、行政側の説明と支援が求められる。
 公立校への中高一貫教育の導入提言は、71年の中教審答申、85年の臨時教育審議会答申も触れていたが、受験競争の低年齢化への懸念が根強く、具体化されなかった。
 今回、長年の懸案事項が具体化に向かったのは、いじめや不登校の増加などで、硬直化した学校制度への批判が高まり、6年間の「ゆとり」ある教育への期待が高まったことがある。少子化の進行で、行政も教育の量的拡充から質的充実に目を向けるようになった。しかし、人気が高まれば、何らかの選抜を行わざるをえなくなる。受験エリート校化への懸念は依然根強い。
 才能や学力のある子供が学年を越えて進級、進学することを認める「教育上の例外措置」にも「差をつける教育」として抵抗感が強い。毎日新聞の世論調査では63%が「飛び級」に反対だった。
 このため、中教審は「余りに早期な入学は全人格的成長に不適切な影響を及ぼす恐れがある」として、大学入学年齢制限を従来の18歳から1歳引き下げるだけにとどめ、対象者も数学か物理に突出した才能を持つ者に絞り込んだ。
 「画一的平等主義に風穴を開ける意義は極めて大きい」と第2小委員会座長の木村孟・東工大学長は強調するが、日本数学会などにも異論があり、運用について未知の要素が少なくない。
 審議のまとめが最も分量を割いた入試改革は、選抜方法の多様化、評価尺度の多元化など、従来の路線に沿って細かな提言をするにとどまり、抜本的な改革に踏み込まなかった。大学入試センター試験で一定の点数を獲得した者を志望大学に入れるようにする同試験の「資格試験化」も、「収容力など現実的な問題が生じる」として否定されたが、論議不足の感は否めない。
 入試事務局「アドミッション・オフィス(AO)」の設置や、受験機会を増やす秋季入学、調査書、論文、面接、実技検査、推薦文の活用なども提起されたが、少子化に伴う受験者数の減少で財政不安を抱えている各大学にとって、改革に伴う負担は大きい。
 21世紀に向けた教育改革を実効性あるものにするためには、行政の財政支援が不可欠であることを重ねて指摘したい。【城島徹】
 
◇教育現場−−関心と不安が交錯
 ◇都道府県・政令市教育長「変化は必要」「現状是正を」−−本社調査
 毎日新聞が30日まとめた全都道府県・政令指定都市教育長の公立中高一貫教育導入の意向調査は、関心の高まりの一方で不安も浮き彫りにした。
 「芸術、古典芸能、体育系など現在の学校教育であまり扱われない分野をじっくり教育するので、受験競争に関するデメリットはない」。東京都の市川正教育長は、公立の一貫校と受験校化した私立一貫校との違いを強調。将来は各学区に1校ずつ設置したいと希望を述べた。
 岩手県の細屋正勝教育長も「今の学校制度には変化が必要。個人的にはやってみたい」と話し、県内9ブロックに各1校ずつ一挙に9校設置するという“夢”を語る。しかし、過疎と少子化で学校の統廃合が課題になっている現状で、財政負担をどうするかなど、具体的な検討はこれからだ。
 一方、鳥取県の田渕康允教育長は「県内に中高一貫校を1、2校設置すると、その学校だけが特別化、差別化する。設置するつもりはない」と明言。和歌山県の西川時千代教育長も「学歴社会が是正されない現状で導入すれば、受験エリート校になる。公立高校の役割はエリート養成ではない」と強調した。
 「設置は未定」とした教育長の中にも「本当にメリットがあるなら、少なくとも中学、高校の半分くらいを一貫校にすべきだ。国民にそんなニーズがあるとは思えない」(群馬県)と、慎重なところから「ゆとりが生まれ、優れた科学者を育てる観点からもメリットは大きい」(静岡県)と見方はさまざまに分かれる。
 現在でも中学2年生が「中だるみ」になって学習、生活指導が難しくなるという現場の実感を反映して、6年間に生徒が目的を見失う恐れや、年齢差の大きい生徒が一緒に学ぶことによる指導の困難化を心配する声も目立った。【福沢光一】


 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION