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1991/04/22 毎日新聞朝刊
[社説]個性を伸ばす教育の実現を――中教審答申
 
 戦後日本の学校教育は、教育の機会均等保障のため、学校の量的拡大を図ってきた。その結果、国民の九割が「高卒」、四割が「大卒」の学歴を取得するようになった。
 しかし、同じ「高卒」「大卒」といっても、偏差値輪切りによって学校間格差、言い換えれば学力差がある。それを無視して同一の学歴が与えられている。つまり形式的平等主義である。
 それを、個性を尊重した実質的平等を保障する教育に変えていこう――というのが先週発表された第十四期中央教育審議会答申の教育改革のねらいである。それに異存はない。
 個性を伸ばす教育の必要性は、かねてから教育界その他から主張されており、臨時教育審議会の答申も「個性重視の原則」を教育改革の柱に据えていた。
 今回の中教審答申も、その延長線上にある。ただ「実質的平等の教育」というキーワードを使っている点が目新しいといえようか。
 答申の内容は、昨年十二月に公表された「審議経過報告」から、ややトーンダウンしているものの、基本的には変わっていない。その公的文書らしからぬ感情的表現をちりばめた記述も、ほぼそのままである。
 「特定高校から一大学への入学者制限」という大胆な提案も、東大などから強い抵抗があったが、入試の一方法として例示するかたちで残された。
 「経過報告」との違いを、あえてあげれば、検討課題だった四年制高校を「現時点では、その必要を認めず」と結論づけたことぐらいだ。
 答申は「子どもの心を抑圧している」受験競争の背景には「他人と同じ存在であろうとするための競争があった」と分析、これからは「他人と違う存在であろうとして競争すべきだ」と述べている。つまり個性による「ヨコ一線」の競争で、有名校志向の受験競争の流れを変えようというわけだ。
 そのため入試は受験学力偏重でなく、多元的な評価のモノサシを用いるべきだとしている。東京のある私立大学がキャッチフレーズにしている「偏差値」よりも「個性値」重視ということだろう。
 その発想に異論はない。しかし受験界に偏差値ががっちり食い込んでいる現状を考えると、そう簡単に、流れを変えられるかどうか。選抜する側に、答申の趣旨を生かした意欲的な取り組みが望まれる。
 答申は「受け皿」の大学、高校の改革も提案している。大学に対しては学部・学科に異なった特色を持たせて競い合う「多峰型の知的高山地帯」を形成することを求めている。
 高校に対しては、生徒の能力、適性、興味、関心などに応じて選択の幅を広げられるよう、多様な学科と学習内容を用意する必要があるとし、普通科と職業科を総合した学科、新タイプの高校、職業学科の再編成などを拡充するよう提案している。
 総合学科以外は、すでに具体化が進んでいるものだ。それを一層、奨励しようというわけだ。その際、答申の趣旨をくんで、生徒の希望を尊重した進路指導が大切である。
 答申はまた行きたくない高校へ不本意入学した生徒に、学校・学科を移動することや、中退者に再入学の機会を与えることにした。ぜひ実現してほしいものだ。
 また学習意欲に欠ける生徒が多い教育困難校に教員を増やすことも求めている。これは学級編制基準の枠を超えた弾力的な措置で、賛成だ。
 答申のねらいである子どもの「心の抑圧」を軽くし、個性を伸ばす教育の実現に向けて、大人みんなで協力しあいたい。


 
 
 
 
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