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1999/05/19 読売新聞朝刊
[論点]憲法調査会と共産党、社民党
西修(駒沢大学教授)
 
 日本国憲法の改正手続きを定めている第九六条は、次の通りである。
 「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。」
 この条項から明らかなように、憲法改正案は国会によって国民に提案され、国民がその承認を行う。最終的に国民の承認が必要とされているのは、主権が国民に存しているからにほかならない。
 ところで、四月九日付の本紙世論調査によれば、国民の53%が憲法改正に賛成し、改正反対の31%を凌駕(りょうが)している。また、政党や有識者の間で憲法を論ずることを望ましいと思っている人が73%であるのに対し、望ましくないと思っている人は、わずか16%にすぎない。
 国民の「厳粛な信託」を受けている国会は、このような国民の声を無視し続けることは許されない。本来ならば、常任委員会として、たえず憲法問題を議論するのが望ましい。なぜならば、社会の進展は憲法と密接な関係があり、常時、憲法問題を審議する必要があるからであるからだ。スウェーデン、フィンランドなどで常設の憲法委員会が設けられているのは、憲法論議の重要性が認識されているからであろう。
 現在、国会に「憲法調査会」を設置することに反対している政党は、社民党と共産党のみである。マスコミの報道によれば、これら両党は「護憲」の立場から設置に反対しているという。しかしながら、このような位置づけは、少なくとも二重の過ちを犯している。
 第一に、「護憲」政党であれば、「憲法調査会」の設置に反対しないはずだ。前記の条項に規定されている通り、国民に憲法改正案を提示できるのは、国会だけである。いわば国会の特権といえる。特権には、義務と責任を伴う。もし本当に護憲政党であるというならば、憲法第九六条の趣旨に照らし、国会のなかで憲法問題を検討し、いつでも国民に提案できる準備を整えていなければならない。とくに圧倒的多数の国民が憲法論議を望んでいるにもかかわらず、それに背を向けることは反憲法的行動ですらある。
 第二に、両党はもともとこの憲法に反対していたことだ。まず社民党の前身たる社会党は、一九四六年八月二十四日、衆院における憲法審議の最終日、前文に「搾取と窮乏」を挿入すること、「私有財産は国会の議決により無償で収用できるようにする」ことなど、約十か所にわたる修正案を提出した。
 その修正案は日の目をみなかった。このため、憲法施行記念号というべき同党の機関誌『社会思潮』(四七年五月一日発行)には、「われわれ日本社会党が、政府原案に対して幾多の修正を行ったが、なお二、三の点においてわれわれの主張を容(い)れられなかった事実を顧みるとき、これが完成を更に後日に期しておる所以(ゆえん)である」との記述があり、近い将来の憲法改正に期待を寄せている。現行憲法が資本主義を前提としてできあがっているため、社会主義政党として改正を主張するのは当然のことである。しかしその後、社会主義イデオロギーと護憲との関係が一度も総括されていない。
 共産党は、昨年九月の中央委員会総会で、象徴天皇制を当面容認する幹部会報告を承認した。だが、同党は四六年六月に発表した「日本人民共和国憲法(草案)」を今でも大切にしている。そこでは当然に天皇制の廃止がうたわれている。宮本顕治氏は「わが党の目指すものは、天皇制との妥協の方向ではない」と明言し、人民共和国のみが真の民主主義であると断言している(『前衛』四六年三月十五日号)。同党が主張しているのは憲法改悪阻止であって、同党作成の憲法草案こそが憲法改正案なのである。この点も、あまり一般国民に認識されていない。同党は、みずからの憲法改正案を広く国民にアピールすべきではないか。
 この際、憲法制定の歴史的経過を再吟味し、憲法論議をめぐるさまざまの欺瞞(ぎまん)、迷信を払拭(ふっしょく)しなければならない。これまでの経緯を踏まえると、共産、社民両党は積極的に憲法調査会へ参加すべきなのである。
 
◇西 修(にし おさむ)
1940年生まれ。
早稲田大学大学院修了。政治学博士。
現在、駒沢大学教授・法学研究所長。


 
 
 
 
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