1993/05/18 産経新聞朝刊
【正論】解釈で疑義の出ない憲法に
田久保忠衛(杏林大教授)
◆わい曲された政府解釈
日本国憲法に関して同じ考え方をしてきた友人、知人の口から「にわか改憲論者」という言葉が飛び出すたびに、私もその一員と見られているのかもしれぬ、と苦笑している。「国際貢献」との表現にはいささか抵抗があるが、世界の平和におカネ以外で役立ちたいと考えると、どうしても憲法第九条が障害になってくるから、これを改めたいと思っているに過ぎないのだが、同憂の士と思ってきた人たちから水をかけられるのは決して愉快ではない。
米国から憲法を頂戴(ちょうだい)し、国にとって一番大切な安全保障をそっくり米国にお預けした日本を普通の国に戻すのは容易でない。できれば憲法も全文を書き改めたいと考えるのだが、どのような手順と方法でそれが出来るのか。改憲はこうあるべきだとのファンダメンタリスト的発言も無意味とは言わぬが、こんがらかって手の付けられなかった糸を具体的に解すきっかけを第九条に求めてもいい時期に来ているのではないかと私は判断している。
国際貢献なら従来の誤った政府解釈を改めるだけで十分ではないか、との意見もしばしば耳にする。確かに集団自衛権は認められているが、その行使は憲法上認められないなどというふざけた政府解釈は一日も早く改めてもらいたい。「行使の認められない権利」があると言われれば、子供でも笑い出そう。自衛隊の合憲性をめぐる議論も、「自衛権は自然権だ」と解すれば片が付く。自衛隊の国連軍への参加は「その国連軍の目的・任務が武力行使を伴うものであれば、自衛隊の参加は憲法上許されない」などと政府はもったいをつけているが、一体憲法の何条が自衛隊の参加を拒否しているのであろうか。
従来の歪曲(わいきよく)されてしまった政府解釈を改めることは可能であろうか。押されれば引く、相手が引けば出るといった政府の無定見の姿勢は解釈に一本のスジ道をつけることを極度に困難にしている。おまけに現行憲法は人により受け取り方があまりにも多様である。私にとれば何の問題もない自衛隊の合憲性についてもいまだに一部野党には違憲の声が強いし、去る四月二十五日のテレビ朝日報道番組に出た自民党の石原慎太郎代議士は「自衛隊は明らかに第九条違反だ」と明言していた。立場の対照的に異なる人々が同じ解釈をするほど曖昧(あいまい)なところもあるのだ。
◆軍隊であることを明記
PKO(国連平和維持活動)協力法の審議で、憲法解釈をめぐり政治的混乱が生じるのを、国民はいやと言うほど見せつけられた。であればこそ疑義の生まれないよう憲法を改正すべきではないのか。憲法九条第一項は一九二八年の不戦条約に基づき、侵略戦争や征服戦争を禁止していると考えるのが国際的な定説であるからそのまま残し、これまで常に論争の的になってきた第二項「前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」を削る。その代わりに自衛隊は刑法や警察法の適用を受ける警察予備隊ではなく、国の防衛を主要な目的とする軍隊であることをはっきりさせ、その最高指揮権は内閣総理大臣が持つと書けばいい。集団自衛権の行使も、日本の平和および安全維持のためには可能である旨を記してもよかろう。
これで国連憲章と憲法との整合性がはかれる。そのうえで、今度は防衛三法との関係をすっきりさせるよう手直ししていけば汗も血も流す覚悟を国際的に披瀝(ひれき)できる。カネだけの貢献では不十分だから汗をかくところまで努力するというのも国際的な常識からすればずい分と得手勝手であって、血を流すつもりだと明言しなければなるまい。
◆国益と能力考え慎重に
あとは政策上の判断の問題だ。国際貢献、改憲、自衛隊の派兵と聞いただけで「世界のあらゆるところに自衛隊を出すつもりか」と青筋を立てて怒る向きがいる。いまの国連のPKOがあまりにも手を拡げ過ぎ、国連自体も財政、組織でいろいろ難問をかかえているのは承知している。目を覆いたくなるような蛮行が続けられていながら、欧州各国がどうしていいか手をつけられず、米国もまた確固とした決断を下しかねているボスニア・ヘルツェゴビナに自衛隊を送れるはずはないし、その必要もあるまい。日本の国益と能力を慎重に計算し、行動しないとの判断を下す場合もある。国連が無力だったときには「国連中心主義」を唱え、国連の役割が初めて重視され始めたいま、「ガリ国連事務総長の協力要請には毅然(きぜん)たる態度でNOと言うべきだ」と胸を張るのはいかにも滑稽(こつけい)ではないか。
評論家の福田恆存氏がいまから二十八年前の六五年八月号「潮」誌に書いた「當用憲法論」を読むと、そのいまなお新鮮で正確な指摘に驚く。福田氏の亜流的改憲論者から「にわか改憲論」などと叱られてもピンとこないが、お互い日本人、仲間うちの足の引っ張り合いはやめて、改憲にはどこから手を着けたらいいのか、具体的な段取りを考えようではないか。
◇田久保 忠衛(たくぼ ただえ)
1933年生まれ。
早稲田大学法学部卒業。
時事通信社・那覇支局長、ワシントン支局長、外信部長、編集局次長を経て、現在、杏林大学教授。
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
|