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1993/02/13 産経新聞朝刊
【正論】国連全面協力の筋道つけよ
田久保忠衛(杏林大学教授)
 
国連とイラクの対決
 米海軍のペリー提督が開港を迫るため来日したのは嘉永六年(一八五三年)だから、今年はちょうど百四十年目にあたる。この二月十五日に訪日する国連のガリ事務総長は平成の日本に新たな開港を要求する。井伊大老ならぬ宮沢首相は後世に評価される適切な対応ができるであろうか。首相およびその周辺の人々の発言を聞いていると、二十一世紀にかけての日本の進むべき道について揺るぎない信念があるのかどうか、いささか心配になる。
 米ソの冷戦体制が解消したあと国連の役割が飛躍的に大きくなったことは誰もが実感できよう。湾岸戦争で、イラクのサダム・フセイン大統領も悪いが、ブッシュ米大統領の態度も遺憾であったなどとアンパイヤ面よろしく論評をしたいわゆる権威が日本には少なからず存在したが、対イラク関係の措置は国連安保理事会における十四の決議に基づいて取られた事実を知らなければなるまい。国連対イラクの対決だったのである。PKO(国連平和維持活動)だけでもカンボジア、ソマリア、ボスニアへと活躍の範囲は拡大し、モザンビークでも平和への努力が払われようとしている。
 幕末の尊皇攘夷論、当世風に言えばファンダメンタリスト的な国連への協力反対論は、与党を通じて見当たらないようだが、相も変わらず「総論賛成、各論反対」という狡猾(こうかつ)な反対論が横行している。例えば去る二月七日のフジテレビ報道番組「二〇〇一」に登場した河野洋平官房長官は、「PKOの軍事面における協力だけを問題にするのはおかしい。国連には社会経済委員会など日本が協力できる多くの分野があるはずだ」との趣旨の発言をしていた。宮沢首相も同じ意見であろう。つまり、「日本が国連に協力するのはやぶさかではないが、日本には日本なりの特殊事情があるので、非軍事面での協力をしたい」との論法である。
 
「日本国憲法」が口実に
 湾岸戦争で日本は同じ論法に基づいて百三十億ドルにも上る国民の税金をはき出し、米国に口先だけの感謝はされたが、腹の中では侮辱されたのではなかったか。その反省が河野官房長官の発言には微塵も窺えなかった。ダーティワークはほかの国にお願いし、わが国は手の汚れない仕事に専念すると公言している厚かましさに気付かないのであろうか。各論反対を唱える人々がその口実に使っているのが「日本国憲法」にほかならない。では、国連憲章に合わせて日本国憲法を改めるつもりかというと、そんな気はさらさらない。同時に、国連から出ていけ、と言われないよう総論賛成を強調する。こういったうまい世渡りがいつまで続くのであろうか。
 ガリ事務総長は三日にニューヨークで共同通信と会見し、日本は国連のすべての活動に、より大きな役割を担うべきだと述べ、「内政に干渉できないが、私の希望は日本が憲法を改正して平和執行作戦に参加することだ」と言明したという。ところが、朝日新聞は五日に同事務総長とインタビューし、「(改憲を促すなどとは)決していってない」との発言を引き出し、「『改憲要望』を否定」という見出しをつけた。何のことかと戸惑っていた私は七日付産経新聞に掲載された千野ニューヨーク支局長によるガリ事務総長との会見記事の要旨「私にとって大事なことは日本の参加だ。だからもし憲法を変えることなしにそれが可能なら、それを歓迎する。もし変えることが必要なら、それも歓迎する」を読んで納得がいった。国連のどの分野なら参加する、しないでなく、全分野に協力してほしい、そのため憲法改正が必要かどうかは日本がお決め下さい−に尽きる。
 PKO法の目玉とも言うべきPKF(国連平和維持部隊)を凍結し、いわゆる五原則で手足を縛り、何を根拠にか人数にも二千人という限度を設け、国際情勢が激変しているというのに三年間は見直しをしないなどという日本しかやらない規制をした背景には、「平和憲法」に手をつけたくないとの前提があるからだ。こんなヘッピリ腰で国連常任理事国になりたいと希望しても安保理や総会で認められるか、とガリ事務総長に問い詰められたら、宮沢首相はどう答えるのであろうか。
 
首相はステイツマンたれ
 去る一月十一日にガリ事務総長はボンでドイツのコール首相と会談した際、国連主導のあらゆる形態のPKOに対し、一刻も早く完全参加してほしいと要望した。これに対してコール首相はドイツは国際貢献するとの政治的意思があると述べ、NATO(北大西洋条約機構)域外への派遣が可能になるよう憲法改正の努力を払っているところだと説明した。総論賛成、各論反対などという小賢しい言い回しをコール首相はしていない。
 私は日本で憲法改正がすぐできるなどとは思っていないが、国連には全面協力できる筋道だけをはっきりしておかないと他国の侮りを受けると考える。そのうえで、具体的に何をするか、しないかは日本の国益をにらんだ政策の判断に属する。平成の黒船役は国連、改憲論は開港論、護憲論は鎖国を守る頑迷 固陋(ころう)な旧守派のレッテルになりつつある。宮沢首相は 覚醒(かくせい)し、ステイツマンになってほしい。
 
◇田久保 忠衛(たくぼ ただえ)
1933年生まれ。
早稲田大学法学部卒業。
時事通信社・那覇支局長、ワシントン支局長、外信部長、編集局次長を経て、現在、杏林大学教授。


 
 
 
 
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