1997/06/23 産経新聞朝刊
【正論】憲法改正では基本を正せ
佐藤欣子(弁護士)
◆根本的欠陥を見過ごすな
つい最近まで、憲法改正を論ずることはタブーであった。改憲論者は、「タカ派」、「右翼」などのレッテルを貼られ、ゆえなき攻撃非難にさらされた。
しかし、今や、どの世論調査でも改憲論者は過半数を占めるようになった。
国会でも「憲法調査委員会設置推進議員連盟」に参加する議員は衆議院二百六十六名、参議院百三名に達したとのことである。これは、考えてみれば驚くべき変化である。
憲法改正に限らず日本の国では何ごとにおいても、初めの一割に達するまでは、ほとんど絶望的に困難に思えたことも、賛成派が、四割、五割に達するや雪崩現象を起こすのが常であるから、いずれはかえって、改憲に反対などと言える空気ではなくなるようになってしまうかもしれない。
しかし、この改憲論が、わが国の憲法が半世紀にわたって一行も改正されていないのは、もはや時代遅れで、まともな国なら何回も改正をしているとか、「環境権」や「国際協力」などについて規定がないのは遅れているというような、俗耳に入りやすい論議に止まっているのなら、それはこの憲法の根本的な欠陥を看過しているというべきである。
この憲法は日本の敗戦後、ただちに占領軍によって起草されたもので、言わば日本の詫び証文であり、ポツダム宣言の受取証であることは明らかである。
すなわち、「日本国民は、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」(憲法前文)のであり、したがって日本の戦力保持や交戦権は認められないのである。
◆国民は「国家」を失った
日本国や、日本政府を悪とし、また日本国民はその政府の行為によって悲惨な戦争にかりだされた哀れな被害者であり、占領軍は、そのような政府から国民を解放したものであるとするのが、占領軍の方針であり、その方針はこの憲法によって見事に貫かれたのである。日本国民は自国の政府を否定し、国家権力と戦うことが人権を守ることであると教えられたのである。日本国民はその教えに忠実であった。そしてその帰結として日本国民は、本来は忠誠の対象であるべき国家を失ったのである。
また、それは革命を意図する諸勢力の主張に適合的でもあったのである。「国家は悪だ」、と言う主張が上から下まで浸透し、この強烈なイデオロギーは、いまだに日本国民を呪縛している。
国家から手厚い特権を与えられ、税金から膨大な政党助成金を受け、高額の歳費を支給されている国会議員が、テレビでぬけぬけと「私は国家は悪だと思っている」といい、著名なテレビのキャスターが「私もそう思っている」とたちまち同調するのを聞いて、私は憤激した。
これでは日本は同じ過ちを犯すであろう。国家は必要なのである。国家は悪であってはならず、国家権力は有効適切に行使されなければならないのである。「国家は悪だ」と、うそぶく国会議員によって、国家権力が行使されることは恐ろしいことである。
◆責められるべきは怠慢
わが国の国家権力の仕組みは憲法に定めてある。しかしながら、そのシステムが極めて不完全であり、多くの修正を要することは言うまでもないであろう。
例えば行政権については、国会議員が国会の議決で首相になることとなっており、またほとんどの大臣が国会議員から選ばれる「議院内閣制」は維持されるべきであろうか。
国会議員になる能力、資質は、高度に複雑で国際化した行政各部の長として必要不可欠な能力とは必ずしも一致していない。しかも国会議員はいつの日か、出世して大臣になることを夢みて当選回数を重ねている。激しい競争の後、図らずも何らかの大臣の職にありついたとしても、彼らは到底その任にたえないことが多い。尸位素餐とは、このようなことを言うのであろう。
しかもこの不完全な行政のシステムは選挙という票と金をかぎりなく必要とするシステムと癒着し腐敗の温床となる。
国連総会で短い英語の演説をするために、ホテルに閉じこもって練習を繰り返したある総理の姿は涙ぐましくもあり、また涙がでるほど滑稽でもある。一億の日本人の中に首相に相応しい人物はほかにいないのであろうか。誰もいないとは思いたくない。それを見い出すシステムがないだけではなかろうか。この点で私は中曽根元首相の首相公選論に賛成する。
現在の日本の憂うべき事態は、マッカーサー憲法が導いたとしてアメリカを非難するのは、やめるべきである。
日本人は昭和二十七年四月二十八日に独立を回復してからでもすでに四十五年の歳月を徒過しているのである。責められるべきは日本人の怠慢である。
◇佐藤 欣子(さとう きんこ)
1934年生まれ。
東京大学、米ハーバード・ロースクール卒業。弁護士。
東京地検検事任官、のち横浜地検、東京高検各検事、法務総合研究所教官、国連アジア極東犯罪防止研修所次長、内閣官房参事官を歴任し、現在、秀明大学教授、弁護士。
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
|