2003/10/20 産経新聞東京朝刊
【正論】憲法改正を「やる」という勇気
佐瀬昌盛(拓殖大学海外事情研究所長)
■方向だけで政治責任は果たせず
≪9条改正は国家原理問題≫
ここ二週間ほどに限っても、田久保忠衛氏と公文俊平氏が本欄で憲法改正問題に触れている。いずれにも大筋賛成だが、局所的には異論がないわけではない。まず田久保氏は、小泉首相が「平然として」結党五十周年までに自民党の憲法改正案を作るよう指示した点を評価している。私とて、歴代首相との違いに気付かぬわけではない。
だが私には、憲法改正は記念行事なのかと訊(たず)ねたい気がするうえ、小泉首相がわざわざ「ただし、小泉政権下では改憲はやらない」と予告したことの方が重大だ。私なぞ、政治家とは自分で実行する気もないことまで「やる、やる」と言い張る人種だ、と誤解してきた。不明を恥じる。
つぎに公文氏は、必要な改正は憲法九条にとどまらないと述べている。これもそのとおり。ただ、それが九条問題の深刻さを相対的に薄めてしまわないか。九条問題は、公文氏が挙げる連邦国家制や「集団情報権」などとは次元が異なり、同列に論じられないものだからである。
巷間(こうかん)、総選挙を前にマニフェスト論議が喧(かまびす)しい。それを政権公約と呼び換えても、各党が並べているのは要するに政策論である。「政策の優劣で争う選挙に」というわけだ。その言やよし。ただし、政策以前の原理についてはどうする。九条はまさにそれ、つまり、国家原理の問題なのだ。
政策比較とは要するに性格論である。優しいか、厳しいか。せっかちか、のんびりか。効率的か非効率か。他方、国家原理とは骨格論なのだ。魚、鳥、獣の骨格は違う。ある動物がそのいずれなのかは、その骨格で決まる。国家というものには、国家としての骨格がある。それは性格とは別のものだ。骨格と性格を同列に論じてはならない。
日本は国家らしき骨格を有するが、その骨格は残念なことに不正常である。その不正常さは憲法九条に、とりわけその二項に表れている。同条同項はもともと米国の対日占領政策に出ている。それは3D、つまり非軍事化(デイミリタリゼーション )、民主化(デモクラティゼーション)、(経済)集中排除(デイセントラリゼーション)で構成されたが、なかで日本非軍事化こそがすべてに優先した。
≪国際法と憲法で解釈乖離≫
辛うじて憲法解釈でわが国の「自衛権保有」は認められてきたものの、さて、国連憲章が「個別的」と並べて国家「固有の権利」としている「集団的」自衛権はどうなのかとなると、「国際法上は保有、憲法上は行使不可」という珍解釈。珍というのは、憲法上の保有、非保有が不明なためだが、不明の淵源(えんげん)はやはり九条にある。国家としての骨格が疑わしい所以(ゆえん)だ。
マニフェスト合戦とはいえ、この骨格是正、つまり九条改正にまで踏み込んで発言している政党は(保守新党をやや例外として)ない。言及は精々のところで「憲法問題」どまりである。しかも、「自分の政権で改憲はやらない」首相とか、「政権を取って『論憲』から『創憲』へと議論は向けても、改憲は手掛けない」と予防線を張る大野党「代表」ばかり。公明党は完黙。与党二党と民主党が憲法問題に言及したのは、そこに問題があることを認めている証拠なのだが、自民党も民主党もつぎの国会任期で改憲には手をつけない。誰が、いつ、「やる」と言うのだ。
とくに偽善的なのは民主党である。まず「創憲」という言葉。まるで無憲だからそれを「創る」みたいな虚語ではないか。そのため、「国民的な憲法論議を起こす」ともいう。自党内でさえ徹底した論議ができないのに、どうして国民的論議を「起こせる」のか。実は国民的論議にはとっくに火がついているし、また、その旨を百も承知のはずなのに、よく言えたものだ。
≪よし途半ばで倒れるとも≫
政治には、「やる」と言っても、こと志とは違って、途半ばで終わることが多々ある。だが、「やる」と言明しないで難事業が成りはしない。いわんや改憲、わけても九条改変は、「やる」と言明する指導者の出現がまず前提となる。指導者とは、読んで字のごとく「指さして導く者」にほかならない。憲法問題を「指さす」政治家はわんさと出てきた。田久保氏が言うように、いまや首相までもが「公然と」、いや「平然と」それを指さすまでになった。だが、「オレがやる」といって導く姿はまだ見えない。
公文氏が言うように、小泉首相がなお五年も六年も政権にいて、ついには憲法改正まで果たすという事態は考えにくかろう。だが、同氏も別の言葉で示唆しているが、日本が、いま必要とするのは、「やる」と言明して志半ばで倒れる悲運にもたじろがない指導者のはずなのである。
佐瀬 昌盛(させ まさもり)
1934年生まれ。
東京大学大学院修了。
成蹊大学助教授、防衛大学校教授、現在、拓殖大教授・海外事情研究所長、防衛大名誉教授。
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