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1997/02/22 産経新聞朝刊
【教科書が教えない歴史】(233)日本国憲法(17)
 
 この「日本国憲法」シリーズを終えるにあたって、次の二つのことを確認しておきたいと思います。
 その第一は、日本国憲法の成立過程にたとえどのような問題があったろうと、日本人はそのもとですでに半世紀近い年月を過ごしてきた、という事実の重みです。この憲法のもとで日本人は経済の復興をなしとげ、高度成長を達成し、豊かな社会を築き上げてきたのです。このことは、それ自体として尊重しなければならないでしょう。
 しかし第二に、だからといって日本国憲法が万全のものだと思い込んだり、その条文に少しでも手を入れることは許されないと考えたり、さらには憲法改正の議論そのものをタブーにしたりするのは、まったく正しいことではありません。
 現在の日本国憲法が、全体としてアメリカ占領軍に押し付けられたという性格を持つことはあきらかです。それにともなう欠陥や悪影響も大きなものがあります。その欠陥に目をつぶっていては、日本人はいつまでも精神的に自立できません。なぜなら、それは、国の最高法規を自分たち自身で検討することができない、ということを意味するからです。
 そこで、そのような検討のための一つの提案をしてみます。それは、いろいろな前提や思い込みを排して、虚心坦懐(きょしんたんかい)に日本国憲法を読んでみることです。ここでは、問題が集中している憲法九条についてそれを実行してみます。憲法九条の第二項は次の通りです。
 〈前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない〉
 第一文は、普通の日本語としてすなおに読めば、どう考えても軍備をもつことを禁じています。
 現行の教育課程では小学校六年生で憲法を学習します。ですから、日本国の憲法は、小学校六年生くらいの国語力ですなおに解釈できるものであるべきではないでしょうか。憲法の専門家が特別の理屈をこね回さなければ正しい解釈ができないというのは、とてもおかしなことです。
 一九九〇年(平成二年)からの湾岸戦争の時期に憲法九条の学習をしたある小学校六年生の女子児童は、その感想を次のように書きました。
 「わたしは、憲法はおかしいと思います。戦争は放棄、武力はもたない、自衛隊はつくるで、言っていることと行っていることが矛盾していると思う。これは、憲法の書き方に問題があると思います。せめられてしまったら国を守らないとせめほろぼされてしまうから、自衛のための戦争はやむをえないし、しょうがないことだから、もう少し書き方を工夫して『侵略戦争はしてはいけないが、自衛のための戦争はやむをえない』などということをくわしく書けばよいが、今の憲法は少しおかしいと思います」
 第二文も、虚心坦懐に読むと奇妙な文です。だれがだれの交戦権を「認めない」のかがあいまいなのです。自分の権利を自分が「認めない」などという言い方は日本語として成り立ちません。
 だから、唯一の可能な読み方は、「アメリカ占領軍」が「日本国」に対して「日本国の交戦権」を「認めない」ということです。そうすると、この規定は戦争直後の一種の懲罰的な性格をもった条約のようなものだと考えざるを得ません。
 この九条をおしいただいている限り、日本人が精神的に自立できないのは当然だと言わなければなりません。(東大教授 藤岡信勝=自由主義史観研究会代表)


 
 
 
 
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