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1997/02/15 産経新聞朝刊
【教科書が教えない歴史】(227)日本国憲法(11)
 
 日本国憲法の基本原理を説明する場合、「憲法三原則」という形式で示す慣行がほぼ定着しているようです。
 小学校の教科書では「日本国憲法は、この国民主権とともに、すべての国民に基本的人権を保障すること、軍隊を持たず、永久に戦争しないことを基本原則としています」と記述しています。
 中学校の教科書でも「日本国憲法で、国民主権・基本的人権の尊重・戦争放棄の三原則をかかげ…」というように三原則をはっきり示し、高校教科書も同様に「新憲法は主権在民・平和主義・人権尊重の3原則をかかげ…」とうたっています。こうした傾向は他の教科書でもさして変わりがありません。
 ところが、日本国憲法の中にこの三つだけを基本原理と明示した個所があるわけではないのです。
 一般に憲法の由来や理念などを示すとすれば「前文」に掲げられるはずですが、「前文」を通じて記述されているのは「議会制民主主義」「国民主権」「平和主義」「平和的生存権」などと称される原理です。したがって必ずしも三つに限定されているわけではありません。にもかかわらず、いつの間にか憲法の三原則と呼び習わすようになり、テストでも憲法の原理に関しては、正解としてこの三つを答えなければならないような問題が出題されたりするのです。
 実は一九四七年(昭和二十二年)八月に、文部省から『あたらしい憲法のはなし』と題した小冊子が発行されましたが、この中に似た内容の記述があります。この小冊子は当時の中学生の社会科副読本として発行され、新憲法の精神や中身に関して解説したものです。
 この副読本の中で憲法の前文を解説して「いちばん大事な考えが三つあります。それは『民主主義』と『国際平和主義』と『主権在民主義』です」と記述されています。おそらくは、これがもとになって三原則という枠組(わくぐ)みが設けられたに違いありません。
 ただ、当時掲げられた「民主主義」は、現在では「基本的人権の尊重」に変わっています。どうしてこのような異同が生じたのかわかりませんが、いずれにしても三つに限ってしまうところに無理があるのです。
 一九四六年(昭和二十一年)六月の衆院本会議で、当時の首相の吉田茂=写真=は、憲法改正案の提案理由を説明しました。しかし、このときも三原則だけに限定せず、憲法を支える最重要な原理についてはもれなく言及しています。
 そもそも、憲法の全体構成からいっても第一に挙げなければならないのは、「天皇象徴制度」を採用した点でしょう。また、全体主義とは無縁なことを強調する上からも「議会制民主主義」を取り上げるべきです。
 そうした際立った特色が、何故か切り捨てられて先の三原則だけが取り上げられるのです。これでは現行憲法を成り立たせている基本原理を一面的に理解することになります。
 結局、だれもが自明のこととして疑おうとしない「憲法三原則」なる規定は、いつの間にかできあがった「神話のようなキャッチフレーズ」だと言わざるを得ません。
 憲法を正確に理解するには、せめて五つ程度の基本原理は挙げて説明すべきなのです。憲法を矮小化(わいしょうか)せずに、虚心坦懐(きょしんたんかい)に見るためにも、一般に流布(るふ)している三原則の再検証を提唱するゆえんです。(福岡県立筑紫高教諭 占部賢志=自由主義史観研究会会員)


 
 
 
 
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